118、進む縁談
永禄五年(1561年) 十二月下旬 京 山城国 御所 伊勢虎福丸
溜め息が出た。三淵弾正左衛門が目の前にいる。俺は奉行になったから仕事が増えた。まあ仕事といっても幕臣たちの揉め事処理だ。うちの娘が幕臣の下人に攫われた、百姓が年貢を払わない。幕臣たちの横暴に国人衆がクレームを付けてくる。まあ、ひどい。ひどい。中世の日本って揉め事のオンパレードだな。休む暇もない。
下剋上が当たり前になっているから、ルールなんかあってあきに等しい。武家のルールは御成敗式目で定められている。名政治家だった北条泰時の遺産だ。それなのに幕臣たちはやりたい放題している。私兵を雇い、鉄砲を購入し、その土地のドンになる。やっていることは現代の独裁者と変わらない。
この辺りは戦国時代だなと感じる。
民兵化し始めた幕臣たちを三好も黙って見ている。足利とその家臣たちは世を乱れさせた。山名も細川も畠山も応仁の大乱を引き起こした。足利の統治はよく言えば、自由にやるということだ。大大名の力も削らない。あるのは関東公方だが、これも反乱を起こした。
ただなあ、家臣たちに任せるのもいいが何代も経つと家臣たちにも野心が芽生える。徳川のように結城秀康や御三家といった一族に領地を与えるべきだっただろう。足利は真面目過ぎた。あと一族も寺に入れたりした。徳川のように一族で国を動かしてしまえば、世は乱れずに済んだだろう。
今、義輝は家康のように子作りに夢中だ。ただやり過ぎだろう。小侍従が過労で倒れた。薬師の曲直瀬道三を呼んで大変なことになった。義輝は涙を流して詫びていたな。幕臣たちももらい泣きしていた。阿呆だ。女に負担をかけてどうする?
「なるほど、公方様のお子を日本各地に配するのですな? ただ今の世はいいですが、この後百年二百年の後、返り忠することもありましょう」
弾正左衛門に足利が世を治める方法を話した。何だか三歳児の割に頼りにされているな。俺は。
「平相国の死後、平氏は滅びました。関東の武士たちを抑える身内がいなかったからでしょう。伊豆の北条は執権となりましたが、後醍醐帝の意を受けた足利や新田に滅ぼされました」
「一族を国中に配しても、盤石というわけには参りますまい」
弾正左衛門が懸念を口にする。
「そうですが、このまま大友も毛利も放っておけば、いつまでも戦は続きます。公方様が仲裁するしかありませぬ」
弾正左衛門が頷く。畿内の戦が終わっても、地方は戦続きだ。お互いを滅ぼすまで終わらないだろう。気の長い話になる。それまで義輝が我慢できるか……。ま、無理だろうな。
永禄五年(1561年) 十二月下旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
目の前の女が目を丸くしていた。容姿は良い。美少女だしな。器量も良いし、礼儀作法もバッチリだ。伊勢の分家の娘で玉という。年は十四。同じ年の細川六郎に嫁ぐのには丁度いい。細川六郎は管領の兄に当たる。細川晴元の長男だ。武芸を好み、学問も嗜むという。ただ賢いので今回の管領には選ばれなかった。義輝は操り人形が欲しいのだ。六郎では操ることができない。
ただ俺は六郎に目を付けている。弟の管領とも仲が良いし、性格が良いので敵も少ない。
六郎と縁を結べば、伊勢家にとって有利に働くだろう。
「六郎殿、一体どんな殿方なのでしょうか。会うのが楽しみですわ」
玉は自分でも文章を書くという。それくらい賢い女だ。見せてもらったが、武家に生まれた娘が女官となって奮闘する小説だった。これがなかなかに面白い。玉には文才がある。小説を出版してやるのもいいだろう。六郎は才気走った男だ。玉を気に入るだろう。縁談は順調に進んでいる。伊勢の閨閥をもっと作ろう。身内を増やせば、俺も動きやすくなる。