117、虎福丸の作った平和
永禄四年(1561年) 十二月中旬 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
雪が降っている。寒いな。目の前の男も寒そうにしている。
「三河に来て欲しい、だと?」
目の前の少年が頷いた。頑固そうな男だ。本多平八郎忠勝、十四歳。松平元康の使いとして来た。おいおい、大物じゃねーか。島津義弘の次は本多忠勝かよ。
「はい。今川上総介様を宥めていただけませぬか。もちろん礼として名馬を差し上げまする」
今川氏真か。あいつだけ頑固に俺に会いたがらんよなあ。
ま、武田信玄や上杉政虎が変わり者なんだろうが。
「宗兵衛殿(水野忠重)が三河に帰ってから、蔵人佐殿とも疎遠になりました。平八郎殿、今畿内は大事なところでござる」
「分かっておりまする。ただ松平家は元々伊勢の家人。伊勢家によって三河に根を張っていたのでござる。西に織田、東に今川で殿もお困りでして」
平八郎が苦笑いする。本多忠勝は猛将のイメージが強いが、交渉事も上手い。史実では徳川と天敵の真田を結び付けたしな。
「今川に力はありますまい」
「とんでもございませぬ。義元公の遺臣がおりますし、武田が代替わりしたこともあって、今川の力が増しておりまする」
そうか。史実じゃ武田義信はクーデターを起こさなかったからな。
「御存知の通り、殿の御正室は義元公の養女であります。つまりは今川上総介様と殿は義兄弟に当たる。さらに氏真公と殿は御幼少の頃よりの朋友。殿は今川家を裏切ることもできず、されど織田殿も人質時代の友でございますのでますます殿の苦しみは増しております」
松平は友情の間でも揺れている。苦しい立場だな。
「さらに家中には不穏な動きあり。殿を討とうとする不忠もおりまする。畿内を制した虎福丸様がお側にいれば、殿も安心して家中の敵を討つことができまする」
俺が松平元康の側に、ねえ。武田が今川と組めば、松平は織田と戦うことになる。織田・松平で泥沼の戦いになるだろう。勝つのは織田だろう。松平はまだ三河を統一できていない。
ただ松平は伊勢家の臣下。見捨てることはできん。
「畿内の様子を見て、蔵人佐殿に会いたい」
「ありがとうございます。殿もお喜びになられます」
本多平八郎が嬉しそうにしている。情勢が悪ければ、松平一族には京に来てもらうか。土地にこだわる必要はない。また取り返せばいいのだからな。
永禄四年(1561年) 十二月下旬 京 御所 伊勢虎福丸
雪が降り積もっている。寒いわ。御所に三好筑前守義長が来た。和議を結ぶためだ。河内国は畠山の領地となる。それ以外は三好家に領地を返還させる。三好は三好豊前守義賢が責任を取って三河の松平元康のところに送られることになった。遠い三河に行けば、悪だくみしないだろうということだ。安宅摂津守冬康は毛利の吉田郡山城に送られる。毛利元就は冬康を歓迎するという。
三好は骨抜きになった。義輝は喜んでいる。義輝は女に溺れ、後継者育成に夢中になっている。自分に子ができないのがコンプレックスになっているようだ。
今日も義輝は小侍従のところに行っている。
「虎福丸殿、和議に力を尽くしてくださったそうでありがとうございまする」
筑前守が頭を下げた。俺は末席に座っているのにみんな俺を見る。待てよ、俺は義輝代理じゃないぞ。
「虎福丸殿なくば、和議も相成らん」
六角右衛門督が俺を褒める。
「真に。虎福丸殿はこの世に平安を齎さんと遣わされたのかもしれぬ」
畠山尾張守がうんうん頷いている。皆が口々に俺を褒める。ようやく畿内の騒動も治まったかな? 俺も肩の荷が降りるってもんだわ。