114、推しの武将
永禄四年(1561年) 十二月中旬 堺 伊勢虎福丸
筋肉質な男が船から出てきた。おまけに美男子だ。戦国きっての猛将・島津義弘であるとすぐに分かった。
「源太どん、この方が虎福丸どんでごわっそ?」
「御意。伊勢守殿が言っていた御方でごわす」
男が柔らかい笑みを浮かべた。人なつっこいな。人から好かれそうな男だ。
「島津又四郎忠平でごわす。虎福丸どん会いたかったでごわす」
忠平が頭を下げてきた。俺も頭を下げる。のちの島津義弘だ。くぅー、落ち着け俺。生義弘とか最高かよ。
「しかし、諸国の大名も仰天しているでごわっそ、足利千寿公が大軍率いたことあれど、これだけの兵を動かすとは……」
忠平が感嘆の声を漏らす。
「寄せ集めにござる。それに皆、足利を支えたいという熱き思いもあります。これはすべて公方様の人徳のなせる業と思いまする」
「なるほど、民の義侠心にごわすな?」
忠平がうんうんと頷いている。そうだな。戦をやめさせたい。京を平和にしたい。今回集まった者たちの志気は高い。
「薩摩では伊勢守様と一緒に釣りを楽しみ申した。虎福丸どん、薩摩では神算鬼謀の童子と皆が虎福丸どんのことを噂しております」
薩摩でも俺が……。そんなに有名人になったのか。
「それだけではなか。明でも虎福丸どんのこと噂になっているようでごわす。凄い童子がいると」
明まで……。まあ、俺も三歳なのにド派手にやったからな。
「虎福丸殿。密書にあった話ですが……」
伊集院源太が声を潜めた。そう、密書だ。島津又四郎忠平、伊集院源太忠金は琉球を通して交易ルートを持っている。その利権に俺も加わりたい。東南アジアの国々も豊かだからな。
今は大内義隆の持っていた利権の取り合いになっている。細川晴元、義輝たちは出遅れている。俺は奴らを出し抜いて、島津に接触した。
義輝は御台所との仲が悪い。御台所は近衛の姫で近衛と島津は関係が深い。御台所から義輝に話が伝わる可能性は低い。
「その話は屋敷でしよう」
堺には伊勢の屋敷がある。俺は二人をそこに案内することにした。
「立派なお屋敷にごわす。さすがは足利家に代わってこの国の政をしてきた伊勢家の屋敷。女中も忍びでごわすな」
忠平が言う。そうだ。さすが島津義弘だな。若い女ばかりだが、手練れのくノ一を配置してある。俺も暗殺を恐れている。義輝は俺を殺さないという保障はない。義輝も元々は三好長慶を殺そうとした男だ。警戒するに越したことはない。
客間に二人を招いた。二人が腰を降ろす。鍛え上げられた肉体。普段筋トレに励んでいるのが分かる。ムキムキだ。
「これが三好修理大夫の密書、これは細川右京大夫晴元様から送られてきた密書にごわす」
忠平が俺に密書を渡す。
三好も細川も島津家と誼を通じたい。大友家は信用できんと書いている。
「我ら島津に琉球王国や高山王国の仲立ちに入って欲しいとのことにござった。殿。又四郎様のお父上のことなのですが……」
伊集院源太が言いにくそうに俺の顔を見る。又四郎の父親は島津貴久のことだろう。
「三好と細川の仲立ちはできぬ、と?」
「はい。お二人とも島津をうまく使おうと考えていると。畿内の争いに巻き込まれたくないとも仰せでした」
三好長慶も細川晴元も策謀家だ。島津貴久が政争に巻き込まれたくないというは分かる。
「父上は虎福丸どんなら仲立ちしても良いと考えているでごわす。上杉家を上洛させたのは虎福丸どんの力。父上は虎福丸どんを高く買っており申す」
忠平が口を挟む。そうか。島津貴久がねえ。これはいい。琉球に顔が利く島津貴久を使えば、明、台湾とも交易できるだろう。ヨーロッパ、インドとも交易できる。島津忠平が味方についてくれたことは大きいな。また伊勢の家が栄える。
三好と細川をうまく出し抜けたな。お爺様と父上が薩摩で人脈を作ってくれたおかげだ。貿易で儲ける。そして三好を京に戻す。畠山と六角は足利と縁を結びたがっている。縁談話が進むだろう。
忠平が湯飲みに手を伸ばした。しかし、憧れの島津義弘に会えたんだ。胸が熱くなる。英雄っていうのはこういう男のことを言うんだろう。




