110、波乱の船出
永禄四年(1561年) 十二月上旬 和泉国 岸和田城付近 伊勢虎福丸
「虎福丸殿、三好の大軍が南下したわ」
どかっと床几に座る畠山尾張守、隣には安見美作守がいる。
「六角なのだが、京から動かず。公家衆に工作をしておるようじゃ。三好筑前は芥川山城に入った。父親の三好修理大夫と合流し、松永弾正少弼久秀、三好日向守長逸が加わっておる。岸和田城に向かい、我らを叩く腹積りよ。三好は退く気がない。勝つつもりであろう」
尾張守が早口で話す。
「尾張守殿とも話したが、三好には寝返ると申し出ておいた。三好筑前はのこのこと出てきた。一揉みに潰してくれよう」
美作守が高笑いする。謀略の男だな。三好を罠に嵌めるか。
「それは良き策と思いまする。三好筑前守も信じ込むでしょう」
安見美作守は裏切りを繰り返してきた。今は畠山と手を結んでいる。その美作守が再び寝返るというのも信憑性がある。
ただ相手は三好だ。ごまかしが利くとも思えん。
おそらく三好は策を見破る。畠山は十万の兵を率いていると噂が出ている。実態は六万程度だ。三好には勢いがある。止めることは難しいだろう。三好筑前守は退くのではないか。そう思う。阿波で再起を図る。ただ義輝の力が増している。容易に三好が帰ることはできなくなるだろう。
「京。すぐそこまで来たぞ……」
美作守が熱っぽく言う。尾張守は笑顔だ。熱気だけはある。ただ政はどうなるか……。
永禄四年(1561年) 十二月中旬 山城国 京 伊勢虎福丸
女たちの黄色い声が上がった。三好は兵を退いた。阿波に逃げたようだ。松永久秀は摂津滝山城に籠り、弟の内藤宗勝は大和信貴山城に籠っている。徹底抗戦の構えだ。京女たちが騒いでいる。
畠山尾張守も安見美作守も馬上で胸を張っている。誇らしいだろう。
ただ俺の見たところ、畠山の天下は長くは続かない。何たってトラブルメーカーで疫病神の六角右衛門督がいるからな。自信家で美男子の畠山高政、強欲で野心家、マッチョな安見美作守宗房とは馬が合わないだろう。
おまけに足利義輝という極め付けの馬鹿が担がれている。四人の思惑は一致しない。所詮は反三好だけで固まっている連中だ。
「畠山尾張守、安見美作守、よう参ったな! 褒めて遣わすぞ! うむ、よく来た。よく来た」
甲高い声。義輝だ。幕臣たちをぞろぞろと引き連れている。皆、得意気な顔つきだ。
「尾張守、美作守、その方らの忠義、見事である!」
義輝が近寄ると、尾張守も美作守も馬から降りた。美作守などは涙を流している。
「二人とも、予の側にいて政を助けて欲しい」
二人が嬉しそうに返事をする。義輝は二人の手を取る。義輝の目は笑っていない。口元だけが笑っていた。二人を足利のために利用する気だろう、やれやれ、懲りない男だ。




