109、伊勢の勝ち戦
永禄四年(1561年) 十二月上旬 近江国 入部谷城付近 三上秀長
「高島越中め、引っ込んだようじゃ」
老人が笑いながら話しかけてきた。朽木信濃守殿。竹若丸殿の大叔父よ。朽木の長老だな。
「戦わずに勝ったということでござるか」
「伊勢勢の多さに腰を抜かしたのでござろう。虎福丸殿のおかげよ。朽木は喰われずに済んだ」
総兵力一千だからな。腕の立つ者ばかりだ。昔、百姓をやっていた者。行商人もいる。とにかく雇って鍛えた。今ではすぐに動ける兵となった。すべては若の、虎福丸様の命よ。あの御方はやはり只者ではない。
「高島越中も愚か者ではござらぬ。ここでぶつかれば一族も滅ぶと思ったのでござろう」
越中守は兵を退いたが、六角は大軍を率いて、比叡山の麓を通っている。京にいる三好筑前守は芥川山に兵を退いた。河内では畠山が挙兵し、三万の大軍に膨れ上がったという。三好は苦しい戦いになる。猛将十河讃岐守はもういない。若い筑前守がどこまで戦えるか……。
「それにしても虎福丸殿は畠山に捕えられたと聞く。大丈夫でござるか」
「心配は無用にござる。悪運の強い御方でござる故」
そう言うと信濃守殿は驚いた顔をしていた。
「これは主筋に遠慮のない物言いにござる」
「はっはっは。あの御方が死ぬのであればそこまででござる。追い腹などしませぬ。また奥方様が子をお作りになれましょう。厳しいようですが、それがしは若にはそれくらいの腹芸ができると思っておりまする。あの御方こそ、この世を救われる大権現であると!」
「虎福丸殿を大権現と仰せられるか」
信濃守殿がまじまじと私を見る。
「神仏に匹敵する御方でござる。新しき世にはああいう方が出てくるのだ」
信濃守殿が息を呑んだ。若は他の者とは抜きん出た異才よ。この乱れた世を鎮めるにはああいう御方の力がいる。そろそろ畠山も挙兵するであろう。世は大乱となること間違いなしよ。
永禄四年(1561年) 十二月上旬 河内国 高屋城 伊勢虎福丸
物凄い数の軍勢だ。十万を越えていないか。畠山高政の力は恐ろしいな。
「六角が上洛を果たした。我らは和泉に攻め込む。岸和田城を攻めるのだ」
尾張守が集まった武将たちに演説している。
「三好筑前守は将軍家を蔑ろにしておる! 細川管領家をも操り、天下を私せんと動いておる! 三好は不忠の臣なり! 武の棟梁は足利である! 三好に非ず!」
武将たちからはそうだ! 三好は許せぬ! との声が飛んだ。
「うおおおおおおおおおっ、尾張守殿は忠義の臣よ! 漢じゃ! 足利の忠臣よ!」
安見美作守が剣を抜き放って、叫ぶ。大夫、興奮しているな。大丈夫か?
「今こそ義の戦により、公方様を救出せん! 皆の者、出陣じゃ!」
オオオオオーーーーーっ。兵たちから声が上がる。何か反董卓連合の旗上げっぽいな。反董卓連合の末路は……。ま、言わぬが花って奴か。




