106、天下人を狙う男
永禄四年(1561年) 十二月上旬 河内国 高屋城 伊勢虎福丸
「はっはっは。虎福丸殿は頼朝が好きか?」
「はい。義経は後白河法皇に騙されたのです。頼朝を、鎌倉殿を支えるべきでした」
畠山高政が大笑いをする。
「さすが虎福丸殿よ。三歳にして政を為す器量を示しておる。公方を支える虎福丸殿にとって、三好は第二の義経となりますまいか?」
高政の目が鋭くなった。答えにくい質問だな。
「三好筑前守殿は温厚にして、人望があり。義経のような荒々しさは持ち合わせず。それよりも松永彦六義久殿のほうが義経でしょう。彦六殿の戦上手に京の女たちは溜め息を漏らしております」
「はっはっは。松永彦六ですか。弾正少弼殿も野心家の御嫡男を持たれたものよ」
野心家か、義経に裏表があるように見えないが、彦六義久には薄暗いところもある。あの男なら、史実通り、義輝を殺すだろう。それくらい油断ならない人物だと思う。
「世は下剋上でございます。三好家も何が起こってもおかしくはないでしょう」
「そうですなあ。三好の時代もいつまでも続くわけではない。毛利に赤松、六角に筒井。三好は敵が多い」
高政が穏やかな目になった。この男、油断ならんな。危険度で言えば、六角義治よりも危険だろう。荒ぶる自分を抑えて野心を表に出すことがない。
「虎福丸殿、ゆっくりされると良い。この高屋は良いところだ。見目麗しい女子もたくさんいるしな」
俺は笑みを浮かべた。しばらく観光を楽しもう。戦も起きそうではないからな。
永禄四年(1561年) 十二月上旬 山城国 京 御所 細川藤孝
「三好日向守が慌てておるか」
「はい。虎福丸殿が寝返ったと」
摂津中務大輔殿が渋い顔になった。
「寝返ったかは分からぬであろう。ただ畠山尾張守に誘われて遊びに行っただけかもしれぬし」
「三好はそうは思っておりせん。越後の上杉を呼び寄せたのが虎福丸殿。次に阿波の三好を呼び寄せたのも虎福丸殿。三好と畠山。畠山が強いと見て裏切ったのではないかと三好家中では噂されております」
中務大輔殿が小さく笑う。笑い事ではない。御台所様も毒を盛られているし、虎福丸殿も僅かな供回りとともに河内高屋城にいる。
一体どうしたものか……。このままでは京が危ない。
「それがし、政所に向かおうと思っております」
中務大輔殿は笑みを浮かべる。
「好きにしなされ。幕臣たちも与一郎殿とは戦うと思うまい」
中務大輔殿は伊勢びいきだ。私も虎福丸殿につく。虎福丸殿が三好を捨てるとしても、だ。虎福丸殿しか、この世は変えられぬ。




