10、逆襲
永禄三年(1560年) 十一月 京 室町第 伊勢虎福丸
「謀とは、これいかに」
摂津中務大輔晴門が怪訝な顔をした。
「進士様の御家来衆が押し入った商家の主は進士美作守様と御懇意。そういえば、摂津中務大輔様とも御懇意でございましたな」
「そうじゃ。それがどうしたのじゃ?」
中務大輔が憮然として聞いてくる。一方の美作守はダンマリだ。この二人はグルだろう。史実でもお爺様が死んだあとは中務大輔が政所執事となった。
「攫われた商家の娘というのも美作守様の御子息と懇ろな間柄と聞いております」
俺は今度は美作守を見た。汗をかいている。焦っているな。
「その娘を捕え、嘘を申しているのか問い質しましょう。さすれば本当に押し入り強盗があったのかのどうか、分かろうというもの。どうせ嘘でございましょうか」
美作守が畳に目を落とした。反論もできないらしい。
「なんと、伊勢を追い落とすための謀であったとは。美作守殿、嘘をつくのはよくありませぬぞ」
鳥養兵部丞がわざとらしく大声で話し始めた。なるほど、この男が美作守に知恵をつけていた張本人か。あまりにもわざとらし過ぎて分かったわ。
「兵部丞殿……」
「ここは一旦退くが宜しかろう。伊勢様もそれでよろしいですな?」
鳥養兵部丞がなぜか話を終わらせたがっている。俺は兵部丞を見た。
「話はこれで終わりではございませぬ。兵部丞様、こたびはどなたの代わりに参られた? 三好修理大夫様の使いではございますまい」
「何を」
「三好豊前守様でございましょう?」
三好豊前守、三好家のナンバー2だ。阿波勝瑞城主で四国の三好家を率いている。修理大夫様の寵臣・松永弾正少弼久秀とは対立関係にある。鳥養兵部丞と言えば、修理大夫様の側近だ。それでもいつの間にか、三好豊前守義賢に取り込まれていたのだろう。
きゅっと唇を結んだ兵部丞は俺を睨みつけてきた。おいおい、正体を現すのが早すぎるぞ。これじゃあ、豊前守が犯人だと言っているようなものじゃないか。
「……言いがかりはやめていただきたい。何故そう思われる?」
「それがし、三好修理大夫様、そして松永弾正少弼様とは仲良くさせていただいておりまする。お二人が伊勢を陥れることは有り得ぬと思いまする。松永弾正少弼様は大和信貴山城に在城し、大和国を平定しようとしておられます。つまり、松永様がいないときを見計らって、兵部丞殿は御所に参られた。そのように見るのが自然でございましょう」
「……」
兵部丞が黙った。幕臣たちがざわつく。
「兵部丞殿、よもや三好修理大夫殿の代理で来られたというのは嘘か?」
治部三郎左衛門が兵部丞に問いかける。
「そのようなこと申しましたかな? 修理大夫様ではなく、豊前守様に頼まれ申した」
幕臣たちのざわつきがひどくなった。開き直りだな。とんだ狸野郎だ。
「それを皆様が修理大夫様の使いと勘違いしたのでござろう」
兵部丞が素っ気なく言った。
「そんな、我らは豊前守殿に踊らされておったのか」
治部三郎左衛門がぽつりと呟くように言った。
「馬鹿馬鹿しい。このようなことで幕府の忠臣たる伊勢伊勢守殿を解任など」
細川宮内少輔が忌々(いまいま)しげに吐き捨てる。
「宮内少輔の申す通りよ。兵庫頭、虎福丸。すまなかったな。余の早とちりであったわ」
義輝が詫びてきた。こいつは馬鹿から離れるとまともになるな。やはり側近が問題だ。
「鳥養兵部丞殿、お帰りいただこう。あとは幕臣たちと決める」
兵部丞が立ち上がった。帰るときにこちらを一瞬睨んできた。あとで根に持ちそうな男だ。
「進士美作守、あとでじっくり話を聞かせてもらうぞ」
美作守が平伏する。勝負あったな。父上が俺を見てにやりと笑みを見せた。俺も笑みを返す。伊勢家の勝利だ。
永禄三年(1560年) 十一月 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢貞孝
屋敷に帰ると、倅と孫が出迎えてくれた。嫁が料理を運んでくる。
「そうか。そんなことがあったか」
「全く心臓が止まるかと思いましたぞ」
倅が言った。虎福丸は焙じ茶を飲んでいる。儂は箸で刺身を掴んだ。
「三好豊前守と言ったのだな」
「はい。豊前守様がお爺様を解任しようとした張本人でございます。余程、伊勢が邪魔と見えまする」
「であろうな。それと三好日向守よ。奴も儂を嫌っておる」
「修理大夫様の大叔父の三好日向守長逸様でございますね?」
儂は頷く。虎福丸は利発だ。未だ二歳とも思えぬ。それに伊勢の家を守ることに心を砕いてくれている。自慢の孫じゃ。
「そうよ。奴にも気を付けねばならん。まあ修理大夫殿もお若い。まだ三好は二十年は大丈夫だろう。だが、その先は」
一族間での争いか。避けられぬことよ。だが足利だけは守らねばならん。足利家あってこそのこの国よ。そして、足利を守るのが伊勢じゃ。
「しかし、よくやったな。虎福丸。これで奴らもしばらくは手を出しては来るまい」
「はい。近江辺りもきな臭くなって参りましたし。そろそろ戦かと」
むう。すでに近江のことに思案が及んでおるか。我が孫ながら恐ろしい。
「間者を丹波、近江に張り付かせてあります。何か変事があればご報告致しまする」
「うむ。分かった。虎福丸。そなたに任せよう」
儂は倅を見る。
「これで進士美作守も大人しくなろう。だが油断するな。おかしなことがあれば、すぐに儂に言ってくるのじゃ」
「御意」
倅が頷いた。虎福丸を見た。焙じ茶を飲んでいる。孫のおかげで窮地を脱したわ。まだまだ隠居するわけにもいかん。
足利の忠臣としての責を果たさねばの。




