婚約破棄?そんなことよりケーキはまだか?
もはや旬切れも近そうな婚約破棄ネタに挑戦してみました。
ベルクラント王国の王立アカデミーの卒業パーティーは緊張に包まれていた。。カール・アルブレヒト王子が取り巻きたち(通称「小宮廷」)を連れて自身の婚約者であるフェルシーナ公爵令嬢クリスティーネにいきなり怒鳴りつけたのだ。
「クリスティーネ!君との婚約を――」
「おい、ケーキはいつ出てくるのか?」
だが、呑気そうな声が王子の婚約破棄の宣言を遮った。皆が声のした方向を見てみれば、小太りの青年が給仕の少年にケーキがいつ出てくるのか尋ねていた。青年の名はアルフレート・カール・フォン・ロートフルト、ロートフルト伯爵家の長男であるが問題が多いため近いうちに廃嫡されるのではないかと貴族の間で囁かれていた。
「人が大事な話をしている時に遮るな、アルフレート!」
「ああ、失礼しました、殿下」
「とにかく向こうに行け!邪魔だ!」
分かりました、と返事をするとアルフレートはすぐに王子たちから離れた場所に歩き始めた。ある程度離れたのを確認するとカールはクリスティーネの方へ体を向け、彼女に再び厳しい言葉を向けた。
「君がいじめををするような女性だとは思わなかったぞ、クリスティーネ!」
「失礼ながら殿下、いじめなど身に覚えがありませんわ」
「とぼけるな!君がマルガレータにしたことはすべて把握しているぞ!」
マルガレータはダーレス男爵家の令嬢であり、カール王子や「少宮廷」のメンバーが入れ込んでいる女性である。彼女は紅色の髪を持つことから「紅バラ姫」という異名で呼ばれており(クリスティーネはブルネットである)、母親が平民であることから彼女を嫌う者からは「赤い血」とも呼ばれていた。
「とぼけてなどおりませんわ、殿下。まったく思い当たりません」
「あくまで白を切るつもりか!こちらには証拠もあ――」
「このマスのフライは絶品だ!ところでケーキはまだか?」
「さっき注意したばかりだろ!それと、俺たちの分をちゃんと残しておけよ!」」
またもやアルフレートが会話を遮ったのでカールは再度叱責をしたが、今度は「小宮廷」のメンバーもそれに追従した。
「殿下が大事な話をなされているのに、無礼にもほどがあるぞ!」
「このような場で食い意地が張るとは、まるで豚だな!」
「そもそもダンスが踊れぬ者がパーティーに出るなど、厚顔無恥にもほどがある!」
次第に侮蔑の度合いが強くなる中、アルフレートが沈黙を保ち続けたことに対し多くの者がアルフレートを愚か者だと思ったが、クリスティーネなどごく一部の者はその沈黙がただ猛攻に耐えることしかできない精神状態であることに気づいた。マルガレータがこの暴言の嵐を止めるよう王子に願い出ると、王子は取り巻きに口を閉じるよう命じたが、アルフレートはただ黙ったままマルガレータに頭を下げ、すぐに廊下側の壁へ歩いて行った。
「――ともかく、クリスティーネ!君は俺の伴侶となるのにふさわしくないと思っている!俺は君との――」
「おまたせしました!ケーキが先ほど完成いたしました!」
ようやくケーキが届いたのでアルフレートに会話を遮られなくなると考え、カールは思わず笑みを浮かべた。ケーキの大きさはおよそ30cmほどで、クリームでおおわれていた。カールはアルフレートにケーキを最初に食べる許可を出すと、改めてクリスティーネに婚約破棄の宣言をすることにした。
「クリスティーネ、俺は君との婚約を破――」
突然、皿が割れる音がホール中に響き渡った。皆が何事かと思って音のした方を見るとケーキを口にしたアルフレートが突然苦しみだし、そのまま1分も立たずに倒れたのだ。
「毒殺だ!」
誰が言ったのか現在ではわからないが、その一言でホールは大混乱に陥った。
聖ピピン歴782年6月29日に起こったカール王子毒殺未遂事件の犯人が厨房の調理人の一人だと判明したのは翌日のことであった。犯人は西方のサリア王国に雇われた暗殺者だったのだ。7月1日、ベルクラント王アルブレヒト2世はサリア王国との開戦を決意、およそ5年に渡る戦争の末、ベルクラント王国の勝利で終わった。戦後、フェルシーナ公領を獲得した王国は次第に繁栄を迎えていくことになる。
カール・アルブレヒト王子は婚約破棄に失敗し卒業後クリスティーネと結婚する。当初は冷え込んでいた夫婦関係であったが786年頃には夫婦関係が改善し、二人の間には四男三女の合計7人の子が生まれた。787年に父王が戦死し、カール・アルブレヒト1世として即位、その後41年間にわたって王国を統治した。
ダーレス男爵家は事件の2か月後サリア王国と内通していた嫌疑がかかり、翌年の1月に爵位を剥奪される。当主の娘であったマルガレータは同年に非公開で処刑されたという説が有力であるが、その後の運命は現在も謎のままである。
アルフレート・カール・フォン・ロートフルトは事件により全治3か月の重体となり、785年に廃嫡されるも王子を救った功もあり男爵位を与えられ、ローレンツ男爵を名乗るようになる。同年にとある平民の女性と結婚をしたが、その女性の髪はは美しい紅色だったと伝えられている。
男爵令嬢が全然喋ってませんが、もしも後日譚を書くことがあったら喋らせる予定です。