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19 領都ダナセント

 積もるほどではないが、粉雪が辺りを舞う。

 今は晩秋と聞いていたが、ダナセント領は比較的寒い地域にある様だ。


 アルティン達がアイゼール村を発ってものの数十分で、彼等は目的地へと辿り着いていた。

 実はアルドーに急がせればもっと早く着くことは可能だったのだが、アルティンが景色を楽しみたいので、せいぜい車程度の速度に留めさせた結果である。

 それでも十二分に早すぎたらしく、「夜通しで移動していたとは思われたくない」というファセットの言によって、領都を見下ろせる小高い丘で皆で時間潰しをしている所だ。

 薄ら寒いので皆アルドーで暖を取っている。


 領都ダナセント。

 アイゼール村とは違い、要塞としての役割を然程想定していないらしいその都は、外壁には囲われてはいるものの、それが幾重にもあるわけでなく、街並みは割と平坦といえた。

 やはりアイゼール村より人口は多いものの、2万を少し超える程度で、地球育ちのアルティンにとってはそれが大都会と言われてもピンとこない。

 こちらから見てその都の最奥、高い山を抉るようにして人為的に削った麓に位置する、アイゼールの領主別邸よりも大きく、荘厳な雰囲気を纏うその城こそが、ダナセント領主本邸であるらしい。

 アイゼール村で既に、村と町の違いについて考える事をやめたアルティンは、その辺の勉強は最早する気がないのだが、帝国内で唯一、帝都以外に“都”の名を冠する事を許されているのがこの領都であると、ファセットが教えてくれた。

 都道府県の中に市町村があるものだ。という固定概念がどうしても拭えないアルティンは、細かな質問をするにもどう問えば良いのか分からず、やはりそれ以上学ぶ事を諦めた。


 アルティンがふと何かに気付き、自分達のくつろぐ場から少し離れた街道を振り向くと、アイゼールでは見かけなかった、数頭の、羽毛ではなく毛の生えたヴェロキラプトルの様なシルエットの生き物に車を引かせながら道を行く人々がその目に入る。

 それに気づいたガデュ―が解説してくれたが、どうやらトティーカと呼ばれるその生き物が、地球で言うところの“馬”に当たるらしい。

 恐竜じみたその外見から伝わる通り、戦闘能力もそれなりに高く、馬力もあるのでこの世界での移動手段としてかなり重宝している様だ。

 アルティンは討伐隊がトティーカを数頭連れていれば、ウォスケントに突然襲われても返り討ちにできたのでは?と思ったが、領主の名義で持つトティーカは全てドラゴン騒動の方に充てられている上、一頭が一財産なのでレンタル屋なども存在しない。

 当然、アルティンの目に入らなかっただけで、アイゼールにもトティーカは居るし、ダナセント家は有事の際には領内の全ての物を問答無用で借り上げる権利なども有するが、ウォスケント一頭の討伐にあそこまで手を焼くとは見ていなかった。

 その車には“買います、売ります”といったのぼりが見られる事から、かなり規模の大きな商会の一団ではないかとの事だった。


「でへへー。じゃあアルドーちゃんはずっとアルティン様と一緒に旅をしてたんだね!」


『そうだよ!ボクはいっつもあるじといっしょ!でも、ぜんぜんよんでくれないときは、ほんとにぜんぜんよんでくれないんだよね・・・』


 ナニかをキメてしまったかの様な、若干危ない笑顔でとろけながらアルドーと特段中身のないことを語らうイルモ。

 彼女は自分ひとりだけ除け者にされてしまった現実から逃れる様に、アルドーのもふもふの深みへと更にハマっている様子である。


「・・・言いにくいんだがイルモさん、アルドーはメスだぞ?」


「獣人ですもの!そのくらい分かってますよーーー!」


 アルティンはこのままイルモがアルドーに恋心でも抱いてしまわないかとその性別を明かすが、どうやら余計なお世話だったらしく、フシャーっと怒られてしまった。


「ま、いいか。それはともかく、そろそろ時間潰しも十分だ。戻れ、アルドー」


『えー!?あるじ、ボクまだイルモちゃんとはなしてた――』


 アルティンが非常に命じると、アルドーは非難の声を上げようとし、そのまま魔力へと姿を変えアルティンの元へと吸収された。

 たちまちイルモが目を吊り上げ、アルティンに物言おうとするが、ふと思い留まると、「アルティン様の寵愛を受ける様になれれば、もしかしてアルドーちゃんに会い放題?他にももふもふ勢がいるかも?」などと呟きながら、その顔を分かりやすい笑顔に転じさせる。

 その全てを見聞きしていたアルティンは苦笑する他ない。

 異世界に来て早々に幼女と婚約し苦悩したくせに、重婚制度を知るやいっそハーレムを築いてやるなどというクズ目標を立ち上がらせた彼でも、流石に端から端まで手を出すチャレンジャーではない。

 彼にとってイルモも十分ストライクゾーンの圏内なのだが、あからさまにアルティン以外が目的で言い寄られても興ざめなのだ。




「ファセット様、フーカ様、ご帰還お待ちしておりました。そしてアルティン様、この度は誠にありがとうございました。既にお迎えの用意ができております」


 アルティンらが領都に到着すると、門前には既にヒポタリクと、制服姿の数名の使用人が並んで彼等を待っていた。

 使用人の男性陣はアイゼール村と変わりない、紺を基調とした地球には馴染みの無いタイプの服を着ているが、女性陣の制服はファセット達が着ていたエプロンドレスと形こそ変わりないものの、その色は桃寄りの赤を基調としていた。

 アルティンは「ディーゼントお義父さんの趣味かしら?」と失礼な感想を持つが、実はそれが当たりだったりする。

 ちなみにヒポタリクはアルティンが譲ったローブを身に纏っているのだが、それが偶然にも今アルティンの着ているローブとお揃いなので、彼は同性愛疑惑が広まる前にどっかしらのタイミングで着替える事を心に誓う。


 ヒポタリクらの更に背後には、トティーカなる生き物とは別の、バッファローを更に巨大にした様な生物に、豪華な馬車が繋がれている。

 その馬車は今は閉じているが、上部が開閉可能な骨組みの入った幌で覆われていて、木組みの本体には立派な国章や家紋らしき紋章やら何やらが彫り込まれている事から、長距離移動よりはどちらかと言えば凱旋向けに作られた物である事を臭わせる。

 ファセットとフーカ、そしてアルティンが勧められるがままにその馬車に乗り込むと、最後にヒポタリクが乗り、彼の合図によってゴトゴトとゆっくり動き出した。

 予想はしていたが、やはり身分の低い者は基本的には乗ることが許されていない様だ。

 とはいえ、全く体力を使っていないアルティンにとって、下手したら歩く以上に疲れそうな感覚を覚えるほどの遅さと、酷い乗り心地である。


「さてファセット様、アルティン様。双方で何かしらの進展はございましたかな?」


 姉妹に挟まれる形で座ったアルティンの対面に陣取ったヒポタリクが開口一番、彼等の関係性の深まりを確信したかの様な発言をした。

 薄壁、どころか幌に囲われた状態で皆に囲まれているのに、そんな話しを始めていいものかとアルティンは疑問を持つが、馬車内を漂う薄っすらとした魔力を感じ取ると、それを鑑定してみた。


<密談の魔道具効果発動中>


 簡潔な説明だが、それだけでヒポタリクが堂々と重要な話題を持ち出せる理由が分かる。

 アルティンは試しに「ウェーイ!ウェーイ!」と少しばかり大きな声で奇声を上げてみたが、ヒポタリクの顔が僅かに引きつるばかりで、御者や周囲の者には彼の奇行は伝わっていない様だ。


「実は、私たち姉妹ともども、アルティン様と婚約を結ぶつもりでおります」


「・・・誠にございますか!?」


 ファセットの宣言に、一拍の間の後にヒポタリクが驚愕の声を上げる。

 彼としてはファセットとアルティンの関係が進んだにしても、せいぜい互いに好意を打ち明ける程度だと予想しており、まさか婚約、それもフーカまでもというのは冗談にしても質が悪すぎる凶事に他ならない。

 ファセットなどこの世界で言えばとうに適齢期なのだが、それを認めたくないほどに姉妹を溺愛する彼は、つい睨む様な目つきをアルティンに向けてしまう。


「少なくとも、アイゼール村のイースとはほぼ確定だ」


 アルティンはヒポタリクの視線を意に介せず、さらなる追撃を放った。スキル<開き直り>を発動した彼は、一切の空気を読むことができないのだ。

 

「それはなんとも・・・手放しでめでたいとは言い難い事案にございますな・・・」


 ヒポタリクは何とか声を絞り出すと、その整えられたオールバックを掻きむしりたくなる衝動を抑えながら、頭を抱えてしまう。

 

「アルティン様、それが真なのであれば、ダナセント家にて食客に招く以前に一悶着あるかと思います・・・その様な覚悟はお有りで?」


 人をよく観るヒポタリクである。彼の目からすればアルティンは、人知を超えた力を持つものの、面倒事を何よりも嫌い、気に入らない事態は半ば手を出している状態であっても切り捨てる非情さを持つ人物に見えていて、それは確かに事実なのだが、少なくともこの件に関してのみ、アルティンは覚悟を決めていた。


「そこに関しては、彼女らが引かない限り、俺も引かないと心に決めている。それに――」


 アルティンは喋りつつ、魔力端末を出した。

 それはイースから「ヒポタリクには最も有効な手段」とアドバイスを受けていた力技。

 魔力端末のフレンドリストの中から“神”を選ぶと、そのまコールボタンを押す。


「ふはははは!私です!」


 魔力端末の呼び出しに、間髪入れずに聞こえて来た無駄にハイテンションな声。それは間違いなくアルティンの知る神、ルシティーアのものである。

 当然ながら、その声に心当たりなどあるはずも無い他の者は、アルティンの行いに疑問符を隠そうともしていないが、アルティンは昨夜事前に相談してあった通りの願いを実行する。


「すまんが、あんたの熱烈な信者に俺という人間の証明をしてもらいたい」


「お安い御用ですね!者ども、私のこの姿を目に焼き付ける事を許しましょう!」


 アルティンの願いに応じたその声は、既に魔力端末からではなく、ヒポタリクの真横から発せられた。

 何の突拍子もなく現れたその人物。ヒポタリクは咄嗟にその気配に警戒を向けるが、直後馬車の床に頭を擦り付けるかの如く平伏した。

 それは、ヒポタリクが愛し、敬って止まない神。


「ルシティーアでございまーす!」


「キャバクラかよ!」


 アルティンのツッコミ通り、神はあまりにも軽すぎるテンションで顕現した。

 神らしさ等期待すべくもないと思っていたアルティンだが、流石にこれでは偽物の悪ノリと思われてもおかしくないのではないかと不安を抱くが、その心配は不要であったらしい。

 何故なら、ヒポタリクだけでなく、ファセットとフーカも、ただただ無言でルシティーアに平伏していたのだ。

 アルティンは「馬車が無駄に広くて良かったね」と、大きく場違いな安堵をする。


「ヒポタリク、そしてファセットとフーカよ。面を上げなさい」


 性別不明のその神は、優しい笑みを携えながら、だがヒポタリクらに命じた。

 そう、それは許可でなく、あくまでも神からの“命令”である。

 その言葉に、ヒポタリクとダナセント姉妹は恐る恐ると顔を上げる。


「ヒポタリク、このアルティンなる者は、名実共に我が子である事をここに証明します。どうです?似ているでしょう?」


 神はそう言いながら、アルティンの肩を掴みその身に引き寄せると、それぞれの顔を見比べさせる様に並べた。

 その事実には、ヒポタリクは勿論、ファセットとフーカも驚愕の色は隠せないが、残念ながら未だ声を発する事は叶わないらしい。

 

「私を前にして声も出せませんか・・・まぁ良いでしょう。とにかく、この子には自由に生きてもらうのが私のたのし・・・願いです。ヒポタリク。汝が私の信徒であるならば、アルティンにその身を捧げ、彼の自由に出来うる限りの協力をしなさい」


 ルシティーアは若干余計な事を言いそうになりながらも、一方的な命令をヒポタリクに対し告げる。

 そして彼の是非を確認するでもなく、今度はファセットとフーカに対して目を向けると、優しげな眼差しのままその口を開いた。


「ついでではありますが、ファセットにフーカ。その身に我が子の愛が注がれる事を無上の喜びであることを自覚なさい。彼が何を望もうとも、それが我が願いでもあることを知りなさい」


 ルシティーアの優しげな顔から放たれる一方的な命令口調にアルティンは苦笑するが、その語りが神らしいといえばらしいのかもしれないと思う。

 

「――では者どもに、私の加護を!」


 アルティンが一応礼を言おうと口を開きかけた時、言葉と共にルシティーアの身が強い輝きを放ち、またしても突拍子もなく消えてしまう。


「・・・」


 ルシティーアなる者の謎のテンションを知っていたアルティンだが、呼び出した本人と絡む事なく消えてしまったその脈絡のなさに呆気にとられてしまった。

 他の者も緊張の糸が切れずにいるのか、馬車内を沈黙が支配した。

 異世界を文章で描くのって本当に困難です。

 この話しを書いている時にトティーカの“馬力”や“馬車”という表現が果たしてどうなのかと、非常に悩みましたが、その辺は突き詰めすぎると少なくとも私の能力では説明文だらけになって物語が成り立たなくなってしまいかねないので、ゴリ押す事に決めました。

 多分「青天の霹靂」とか、日本語特有の言い回しなど今後も出まくると思いますが、その辺は軽くスルーしてください。お願いします。

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