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15 爆発して地固まる

「ううう・・・あぅうう」


 アルティンの呼吸は乱れ、顔色もかなり悪い。彼は精神的な苦しさから来る過呼吸によって、虫の息となっていた。

 結局あの後、食事も喉を通らなくなってしまい、「この問題にはしっかりと対応しなければならないから」と、中座させて貰い、充てがわれた寝室へと戻ってきた。現在はベッドに伏している。

 日本社会で生活してた頃以来の、胃液が逆流する嫌な感覚を久し振りに味わい、やはり人里に降りたのは間違いだったのかという考えすら浮かんでくる。


 しかも、ファセットからの補足で、アルティンとフーカの契が侍女たちにまで見られてしまった以上、解消するにしろ締結するにしろ、彼女らの父、ディーゼント・ダナセントへの挨拶が必要である事が発覚し、アルティンの心労は加速した。

 よりによって領主の娘にやらかしたのだ。どちらの道を選ぶにしろ、地獄しか待っていない様な気がしてならない。


「――失礼します」


 扉を開けて、イースが入って来る。

 確かにイースには許可を取る必要はないとは言ったが、彼女もあの場に居たのだから、空気を読んでくれてもいいのに。と、アルティンは少し彼女を恨めしく感じた。


「アルティン様、顔色が悪い様子でしたので、白湯をお持ちしましたが・・・不要でしたか?」


「ありがとう頂くよ」


 アルティンはすぐさま前言撤回すると、身を起こしイースからカップを受け取る。

 それは食卓で酒や水を入れてあった様な美しい陶器のカップではなく、土の名残を感じる、土器とも言える様な見栄えのカップである。

 アルティンは陶器類をさも当然かの様に扱い、疑問の欠片も持っていなかったが、あの場はあくまでも上流家庭の食卓であって、地球でも当たり前に見かける陶器類は一般的には高級品であろう事が伺える。

 事実イースは独断で白湯を用意したが、カップに関しては家人の許可が必要になるので、普段自分が使っているカップを用いたのだ。

 アルティンはそこまで読み取ると、これまでガラス製品を一切目にしてない事に気付く。

 おそらくこの世界には存在していないか、上流家庭でもおいそれと手を出せない程に高額かのどちらかなのだろう。


「ふー・・・。少し呼吸が落ち着いた。本当にありがとうイースさん」


 アルティンは白湯で少し唇を濡らすと、お世辞ではなく本当に少しだけ楽になった。

 思いつきもしなかっただけで、白湯など彼の魔力を持ってすればいくらでも自製できるのだが、イースの気遣いを感じる事が一番の薬になった様だ。

 と、イースが何も言わずにアルティンの横に腰掛けた。

 自重せねばと思い知った今の彼にこれはきつい。

 なにせ彼等が座っているのはベッドの上なのだ。いくら心労に滅入っているとはいえ、どうしても桃色な展開を期待してしまう程度には、アルティンは盛っていた。

 しばらくお互いにもじもじとし、距離感を考察するが、結局、2人密着する様な形に落ち着く。

 

「私は、未だにアルティン様を好いておりますよ」


 努めて平静な声でイースが告げ、その顔はアルティンを向いていないが、頬が赤らんでいる事は彼の目からも確認できる。

 これはもしや、「当然、私を選んでくれますよね」とかいう、ドロドロな恋愛物にありがちなシチューエーションに繋がる流れなのではないかと、アルティンは身構えた。

 勿論、イースのような子と生涯を共にできたらどんなに人生が華やぐだろうとは思うが、今直面しているフーカとの婚姻の問題を放棄して、昼間の様にイースに好き好きアピールをする訳にはいかないのだ。

 問題が問題だけに、既に家が絡む事態にまで発展しており、ここでイースを選ぶのであれば、彼女にダナセント家の侍女としての立場を捨てさせる他ないだろう。

 これまで見聞きしてきた限りの情報で考えると、日本で照らし合わせれば無職の男が大企業の社長令嬢に結婚詐欺をはたらき、その大企業に勤める女性を籠絡してバックレる様なものだろう。

 アルティン自身はどうでもいいにしても、イースの可能性を尽く潰してしまう結果になりかねない。

 

 アルティンが返答に困っていると、イースが先に口を開く。


「アルティン様はご存知無くて当然なのですが、人の国では重婚が認められているのですよ」


「よし。結婚しよう。イースさん。俺と一緒になってくれ」


 イースの一言により、アルティンの悩みが吹っ切れたらしい。びっくりする程の変わり身の早さと、ロマンの欠片もないプロポーズである。

 

「一つ確認したいんだが、婚姻関係になったとして、『すぐさまコトを致さなければならない』なんて風習とか、法律なんて無いよな?」


 アルティンの変わりぶりにイースは驚きつつも、彼の問いをしっかりと咀嚼すると、彼のが言わんとする事を理解し、赤面しながら「はい」とだけ答えた。


「よし、ならばフーカとも結婚だ。あの子が可愛い事は間違いない。イースさんがそれで良いのであれば、今すぐにでもフーカにも確認しに行ってくる」


 アルティンは一応イースに意思確認をするが、話しの流れからして、むしろイースから重婚を薦めてきたとも言える。事実彼女としては願ってもない事であった。

 アルティンとしては、フーカのあの健気さに触れた以上、ただ断るという行為をためらっていたのだ。

 幼子を相手する気持ちで居たが、あの反応を見る限り、しっかりと婚姻にまつわる教育は受けてきていたのであろう。アルティンに対して、未だ憧れに近い様な感情しか抱いていないかもしれないが、結婚の意味については、日本の同世代よりもかなり認識が深いと思われる。

 思えば「まだ幼いのだから」と子を一個人としてきちんと見ないのは、日本人の悪癖であるのかもしれない。

 子供の訴えをスルーして、頭ごなしに言うことを聞かせようとする。かと思えば、我が子が幼い事を免罪符に、盗難行為などの悪事に加担させる者も居る。

 そしてその悪習は、日本社会に生きる限り続くのだ。大人になっても、最早社会的に大した役にも立っていない老人の言うことが絶対で、若人の意見になど聞く耳を持たないくせに、何か問題が起きれば意見を聞き入れられなかったはずの人間が槍玉に挙げられる。今度はその若者が、自らの子や部下に全く同じ行動を取る事になる。


 フーカは可愛い。どう頑張ってみたところで今は性的対象として見る事など不可能であるが、将来が楽しみなのは男としてのアルティンの正直な意見だ。

 そんな子と歩む将来を、イースの様な最高の女性と共に予約できてしまうのだから、何も悩む必要など無くなってしまった。

 最早ファセットから侮蔑の視線を投げられようとも、領主にボコボコにされようとも軽く流せるような心地である。多分気のせいなのだが。


 アルティンは早速、この広い邸宅の中で、フーカを捜す旅に出た。

 イースが案内を申し出てくれたが、流石にこの件の当事者同士で顔を合わせさせるのは気が引け、彼女には部屋で待ってもらう事にした。

 いくら広いとはいえ、割と頻繁に使用人や兵の者も見てきたので、彼等に問い合わせれば良いだろうし、まだ寝るには早い時間なので、最悪それなりに時間を掛けてフーカを捜しても非常識に当たる心配はなさそうだ。


「ファセットさんは怒り狂うかもしれないけどな」


 暗い廊下を歩きながら思わず、自嘲する。

 互いの意思をしっかりと明示し合った訳ではないが、互いの言動や行動を振り返れば、ファセットとこそ、最初に一歩踏み込んだ関係性の予約をしていたといって過言ではないだろう。

 それが順番飛ばしで妹と末端の侍女に手を出すというのだから、やはり軽蔑される事は覚悟せねばならない。


「それはもう、自分でも驚くほど怒り狂っておりますよ」


 突然背後から聞こえてきたファセットの声に、アルティンは声も出せずに硬直した。

 たしかにゲーム内では、気配察知等という謎スキルは存在せず、自動的にミニマップに生命体の光点が表示されている仕様だったので、現在のアルティンの察知能力など大したものではないのだが、振り返れば手が届くであろう近距離にファセットが現れたというのは、意図的に気配を消して近づいてきたとしか思えない。

 アルティンはここで刺されるのか、という心配をしているが、実は何の事は無い。ファセットは自身の感情の抑制が利かず暴走してしまった事を恥じて、まずはアルティンに謝罪しようと赴いたのである。

 彼女もまたアルティンと同じく、自分達の関係はまだお互いにしっかりと好意を示した訳ではない自覚があり、嫉妬から怒るなどお門違いである事を悩んでいた。妹とイースはしっかりとライバル認定していたが。


「フーカは昔から誰からも愛される子でしたので、うかうかしているとあの子とアルティン様との関係が進んでしまう事は危惧しておりましたが、まさか私達がマール達に叱られている間に、イースとくっついてしまわれるとは思ってもみませんでした」


 彼女は確かにアルティンに謝罪をしに来たはずだったのだが、自分よりも先にアルティンの寝室に、ノックもせずに入っていくイースを見かけてしまっていた。

 彼女はまたしても頭に血が上る感覚を得たが、それからさほど間を置かずに、アルティンだけが寝室から出てきたではないか。

 一線を超えた様子ではない事に安堵するも、では何故アルティンだけが出掛けたのかと考えると、大体察しはついた。


「イースから、重婚制度について聞いた。といったところでしょうか。それでフーカの同意を求めに行くと」


 盗み聞きを疑うレベルに的中しているが、無論彼女とてそこまでの事はしていない。

 アルティンという存在は奇天烈で、付き合いも短いものの、彼の本能に従う行動の数々を見ていれば、全く次の行動が読めない訳でもないのだ。


「その通りだ。その上で、君にとことん嫌われる覚悟もできている。勿論、現段階でもファセットさんとイースさんは甲乙つけられない位に好いているのだがね」


 アルティンは現在、ゲーム内のスキルではなく、地球で培ってきたスキル<開き直り>を発動している。

 スキル発動中の彼は強メンタルを得、言いたい事を包み隠さずさらけ出し、後日死ぬほど後悔するという、一種の状態異常に掛かっている。


「もう、今の俺は、自分でも制御ができないくらい、可愛い女の子を皆モノにしたいと、割と真剣に思っているみたいだ。法的に問題もなく、イースから同意を得た以上、俺は俺のハーレムを築く所存だ」


 背後にドン!という文字が付きそうな言い切り方であるが、言ってる内容は最低である。

 だが、この世界においても「英雄色を好む」に似た言葉が存在する。むしろ、地球よりもよほど過酷な環境の中で暮らす者達にとって、優秀な者が優秀な遺伝子を残す可能性を僅かにでも上げる行為として、推奨されているといって良いだろう。

 ファセットもフーカより進んだ教育を受けている身として、そんな事は承知なのだが、やはり独占欲は制御できないらしい。理屈ではないのである。

 

「・・・私も、その一員として立候補してよろしいでしょうか」


 とはいえ、僅かな時間の共有の中で、自分がどうしようもないほどアルティンに恋い焦がれているのも事実であった。やはり、これも理屈ではない。

 イースは仕方ないにしろ、妹にまで負けてなるものか。という感情が無いでもないが、このチャンスを逃せばアルティンとは距離を取らざるを得なくなるだろうという気持ちから、ファセットは独占欲を強引に押さえ付け、彼にはっきりと好意を示した。


「俺からお願いしたかったけど、それは流石に許されないだろうと思っていた。ファセットさん、一目惚れでした!どうか結婚してください!」


 ファセットとの関係はとうに諦めていたアルティンだが、ファセットから言われれば彼に断る理由など一切ないのだ。

 先程までの憔悴が嘘の様に、彼の顔はとてつもなく輝いている。

 ファセットもまた、互いにはっきりと意思表示をした事で心が晴れ、自分の中の欲求に区切りがついた様子である。


「わたしも!わたしも!」


 ファセットが何かを言いかけた時、廊下の角から駆け寄ってくる者が現れた。言うまでもなくフーカである。

 彼女もまた、自分のせいで楽しいはずの食事の場を乱してしまったと思い悩み、アルティンに辞退の申し出をしに来たのだが、姉とアルティンの姿を見かけ物陰に潜んでいた。

 アルティンが姉に嫌われる覚悟を明示した際には、やはり自分は諦めようと思ったフーカであるが、直後姉がアルティンと一緒になると言う。

 彼女としては、大好きな姉とアルティンと一緒に居られる環境こそが至高なのであった。


 アルティンは自分が大森林の中を無傷で生きられてきた事を疑うほどに、自身の気配察知力がない事に苦笑しつつ、駆け寄るフーカを抱きとめると、ファセットとフーカ双方に言い放つ。


「お願いだ。皆一緒になろう。皆で幸せになる為に俺も頑張るが、それには皆の助け合いも必要になる。だから、皆で頑張ろう」


 ある意味、事態はもっともアルティンが幸せになる形で収束したが、これでもう、彼は引き返せない。

 彼がこの世界で人の織り成す輪の一部となった瞬間と言えよう。

 日本社会で生きるのが辛くなり、異世界でならと、稚拙な発想で神の誘いを受けた彼が、本当にこの社会の中で幸せになれるかどうかは、彼の心の成長次第である。

 主人公クズ化計画の為に、流石にフーカまで組み込むつもりは当初なかったのですが、彼女にはイースに先を越されたファセットにとってのトリガーとして巻き込まれてもらいました。

 しかし文中でも触れていますが、大人と子供の境界って、法的な面抜いたらどう見極められるんでしょうかね。

 思いついた中で最も自己満足できたのが“自分の決断の責任を自分で取れる様になったら大人”という物。どうしても精神論になっちゃいます。

 “繁殖能力が備われば大人”ってのは凄くシンプルな力技なので僕好みなのですが、そんな世の中になったらすげー治安悪化しそうですよね。

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