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14 墓穴を掘って、爆弾投下

「姉さま、やっぱりアルティンさまのお肉の方が美味しいね」


「そういう事を言うものではありません」


 フーカの言動を、間髪入れずにファセットがきつい口調で叱る。

 やはり、子供はどんなに可愛くても、唐突にヤバイ発言をするから油断できないな。と、アルティンは自分の事を棚に上げながら思う。というか、この子本当に上流家庭の子なのか?とも。

 大森林を抜け出す道中でも、徐々にその片鱗を見せ始めてはいたが、実はフーカはかなり自由な性格をした子だという事が、アルティンにも見えはじめてきていた。


「ごめんなさい。マトたちの腕の事を言ったんじゃなくて、お肉のそのものの事を言ったつもりです」


 フーカはしゅんとしながら謝罪した。

 自由な性格の子というのは、得てして面倒くさい生き物である事が多いのだが、フーカの素直に謝れる所をアルティンは高く評価している。


 何とかかばってしまいたくなるが、マトたち、というのは、この家の料理人で間違いないだろう。アルティンは彼等と立場を置き換えて先のフーカの発言を思い返してみるが、どう考えてもその場で泣き崩れ、一週間は食事も喉を通らなくなる未来しか見えてこなかった。

 そういった意味で、例え客人の前であっても即座にフーカを叱ったファセットは、しっかりしたお姉さんらしい。

 決して、当の客人に対して機嫌が悪いから普段よりきつい口調になってしまった訳ではないはずだ。


 とはいえ、気まずい食卓により一層影が差してしまったのも事実であり、そのどちらも――片方は遠因ではあるが――アルティンが絡んでいる事を考えると、彼は自分がこの空気をなんとかしないといけないのだと、無い頭を悩ませ始める。


「・・・本当に気が利かなくてすまないな。詫びとして君達にはドラゴンの肉をいくらでも食べられる権利を授けよう」


 結局、アルティンが思いついたのは、物で釣る作戦。

 だが、それは姉妹にはとてつもなく効果的だった様だ。フーカだけでなく、ファセットまでもが目を輝かせ、期待に満ちた眼差しを彼に向けた。

 と、フーカは椅子を降り、テーブルを回り込むと、アルティンに結構な勢いで抱きついてくる。


「アルティンさま、大好き!」


 どうやらアルティンには墓穴を掘る能力、そしてフーカには爆弾を投下する能力があるらしい。不自然なほどに事態を悪化させてしまった。

 アルティンにとってフーカに好かれるのはやぶさかでない為、もしかしたら世間的にマズいかもと思いつつも、反射的におもいきりデレデレとした表情をしてしまう。

 抱っこしたフーカをよしよしと撫で回してしまうのも不可抗力なのだ。


 いよいよファセットの笑みは消え、アルティンに抱きつくフーカの後頭部を見る目が最早仇を見る目になってしまっている事にアルティンは気付かない。

 いくらロリコン気味とはいえ、アルティンは日本社会的に見た場合のそれであると自負している。精神医学の定義に当てはまるほどではないはずだ。

 彼としてはフーカのことがどんなに可愛くても、年離れた妹というか、猫を愛でる様な気持ちでいるのだが、ファセットにはアルティンのデレデレとした表情の違いが分からない。


「よーしよーしフーカ、お前にはまだ渡してない物があったな!」


 いくら何でも妹にまで嫉妬はしないだろうと、ただただフーカを愛でるマシーンと化してまったアルティンは、インベントリからネックレスを取り出すと、他の者が何かしらのリアクションを取る前に、フーカの細すぎる首にそのネックレスを掛けてあげる。

 一般的な日本人からすると、おそらくそのネックレスを見た感想は、無駄に豪華さを前面に出した、ゴテゴテと様々な宝石が散りばめられた成金趣味のカラフルなネックレスとなるであろう。

 故にアルティンとしては、お姫様扱いを全力で楽しんでくれるであろうお子様向けにそのネックレスを選んだ。

 ただし悪趣味な見た目とは裏腹に、そのネックレスには〈物理ダメージ半減〉〈魔力倍化〉という、シンプル且つえげつない効果が潜んでいる訳だが、アルティンから自分だけ装備を貰えず、拗ねに拗ねたフーカを思うと、アルティンにとってはこれくらいの贖罪が丁度いいのだ。


 アルティンという男は、アルティンという名を得る以前から、割と空気の読めないタイプの男であった。

 何かに夢中になってしまうと、どうしてもその他が視えず聞こえず、蚊帳の外へと放ってしまう。

 憤怒の朱を通り越して青ざめてしまったファセット、そして愕然とするイースの事を、少しでも気にする能力が彼にあれば、流石に彼自身がフーカを子供と見ているはいえ、この世界においての、レディーに対してアクセサリーをプレゼントする行為の意味には気付けたであろう。


「――アルティンさまなら良いよ・・・」


 ネックレスを身に着けた瞬間、人が変わったかの様にフーカが上気した事には、流石のアルティンも気付いた。

 しかし彼は、自分のしでかした行為に疑問を持つではなく、ネックレスにこの世界の住人にのみ起こる特殊効果が生じたのではないかと、必死になってその鑑定を始めた。

 それは傍から見れば丸っきり、フーカの返答を待つかの様な凝視ぶりだ。


「でも、もう少しだけ待ってね――」


 フーカは上気した顔のまま、アルティンの唇に自らの唇を重ねようと――


「フーカ様!」


 既の所で、アルティンの背後からイースが腕を回し、そのままフーカを抱えあげる。

 アルティンも真剣にフーカの豹変ぶりを心配していたので、後を追うように振り返ったのだが、イースに抱えられるフーカの様が、悪さをした猫が飼い主に、脇の下から抱き上げられ、叱られながらもふてぶてしい態度を崩さない様子と合致して、思わず笑ってしまった。


「ははは!フーカはやっぱり可愛い・・・な・・・・」


 アルティンは笑いながらファセットへと振り返り、同意を求めて皆で笑ってハッピー。という、どうしようもない低レベルなプランを秒で練っていた訳であるが、肝心のファセットの様子を見て、自分が更に何かヤバイ事をしてしまったのだと、ようやく気付いた。

 彼女の背後に、黒い魔力が立ち込めている気がしたのだ。


「アルティン様・・・貴方は少々見境がなさ過ぎるのではありませんか?」


「すまん。ファセットさんが言わんとする事が分からない」


 ファセットに睨むようにして言われるが、アルティンは狼狽えること無く言葉を返した。

 本当にまるで分からないという程にボンクラという訳でもない。だが、どうしても日本人的な感覚として、フーカの様な幼子に嫉妬する方がどうかしていると、アルティンは考えている。

 実際にそれを言いたくもなったが、間接的にでもファセットと互いに好意を示しあった直後に、イースにも手を出してる時点で「見境がない」という要点には反論の余地が無いのだ。

 

「アルティン様がフーカをどう見ているのか、今のお言葉で分かりました。・・・ですが、この子はあと2年もすれば婚姻可能な年齢です」


「・・・マジで?」


 アルティンの態度から、彼がフーカの事を幼子という見方をしている事が感じ取れたファセットではあるが、同時に、常識をしらずに看過できない行いをしてくれたのだと、憤りを再燃させた。

 これがフーカがもう少しでも低年齢であれば問題にはならなかったのだが、帝国では、フーカの年頃の個人に対して高価な贈り物をするという行為は、婚姻関係の予約を意味する。

 フーカがそれを拒絶しなかった時点で、それは成されてしまったという訳だ。

 しかもこれは現地の風習以上、法律未満といった割と重要な儀式めいたやり取りなので、知らなかったからと簡単に取り下げられる問題でも無かったりする。


「ちなみに、この国の婚姻可能年齢って・・・?」


 自分のやらかした事の重大さを知ってしまった以上、誤魔化して逃げるという行動は極力取りたくないアルティンである。

 両腕で頭を抱えながらも、フーカが外見年齢にそぐわないファンタジック生物であることに一縷の望みを託し、ファセットに問うが――


「男女ともに12歳ですね」


「見た目通りやんけ!!」


 いよいよアルティンはテーブルに派手に額を打ち付けながら突っ伏した。

 高レベルなロリコンにとってはたまらない国なのかもしれないが、地球でも海外の児童婚問題にはドン引きしていた彼である。せめて実年齢が16歳だったりして欲しかったと、静かに涙した。

 勿論、日本では女性は16歳から結婚可能ではあるが、30代の男がその年頃の妻を娶るのも、世間、特に女性からは冷たい目で見られる可能性が非常に高いのだが、彼にはそこまでの想像ができないらしい。

 日本でも明治以前は13歳頃に嫁に出るのが特異ではなかった時代もあったそうだが、彼がそれを知った所で心の負担が和らぐことはないだろう。

 一度定着した社会常識を取り払うのには、時間が掛かる。


 対するファセットは、今一度アルティンという不思議な存在に思考が傾く。

 自分達と共通の言葉を喋られるのに、まるで一般常識という物を知らないという事に、どうにも違和感を覚えるのだ。

 まるで言葉だけ喋られる、遠い異国の人を相手にしている気分にさせられる。

 そうした点は、精霊種の特徴そのものと言えるのだが、精霊は自らが「そう成った」場から長時間離れる事ができないという特徴も持っている。

 例えもしも彼が、記録にも残されていない純粋な人間が精霊と化した存在であろうとも、そしてそれがどれだけ強大であろうとも、そういった成約からは逃れられないはずなのだ。

 出会った時、彼は自らを「生まれたてホヤホヤなようなもの」と表したので、心は完全に人間な精霊という可能性を考えていたのだが、どうやらそうでもないと思う。

 彼女も彼女で、常識に囚われた見方をしていた。「神が作った」「異世界人」等という可能性にはたどり着けない様だ。


「アルティンさまは、わたしとは結婚したくないの?」


 アルティンが突伏した姿勢のまま唸っていると、イースの腕から逃れたフーカが再びアルティンに駆け寄り声を掛けてきた。

 彼はゆっくりとフーカの顔をみるが、彼女の瞳はうるうると、今にも泣きそうで、しかし、アルティンの拒絶も受け入れるという、健気な意思も見て取れた。

 彼女は、未だ恋愛的な思考を有するには幼いが、ただアルティンのそばに居られる事が幸せだと感じている。だが、そのせいでアルティンや姉を困らせるのはもっと嫌だという気持ちが強かった。


「うぁぁ・・・」


 こんなにも健気な子を、自分の浅はかな行いのせいで傷つけてしまっている罪悪感に、アルティンは押し潰されそうになる。

 最早この後に控えるイースとのお楽しみどころではない窮地。

 

 例えばフーカをペットの如く撫で回した行為。

 何故か日本男児は異世界に飛ぶと可愛い女の子をそれで籠絡する傾向にあるが、地球でも国によってはそれが最大の侮辱だったりするのだ。

 というか、立場の上下を明示する行いとも取れるので、日本人女性だって嫌がる人は誰にやられようが本気で嫌がる。

 

 例えば日本人は、愛のキスが下手だと言われるらしい。

 なんでも本来キスという行為を始める前、視線を交わす所からキスは始まるのに、その過程を飛ばしていきなりディープに取り掛かったりするので、キス文化が一般的な人は驚くそうだ。服を脱ぐ前からいきなり腰を振り出すようなものなんだろう。

 そしてこれも、キスという行為を本気で不潔に感じ、考えたことすら無いなんて文化圏もある。


 異文化に触れるというのは、怯えてばかりでは何にもならないが、相応に慎重に、そして覚悟を持って臨まなければならない事であることを、アルティンは今更ながら学んだ。

 労せず得た言語能力のせいで、慎重さを欠いていたのを自覚する。

 残念ながら彼は、失敗からきちんと学び、失敗を繰り返さないタイプの人間ではないが、今後はもう少しマシにはなるだろう。


 どうやら、ファセットの怒りは長引きそうである。

すみません。この話し少し長引きます。

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