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12 のろけ

 この世界には様々な宗教が存在しているが、どの宗教も、ルシティーアの存在を欠片も疑っていない。

 ルシティーアの名が唯一神を意味するか、数ある神の中の一柱と数えるか、そもそも神としては数えてはいないか。男神とするか、女神とするか、はたまた神に性別など無いとするか程度の違いである。

 それだけ古くより存在が確実視されており、また、多くの国や宗教でルシティーアを象る物には厳格な決まりが成されていて、その審査を通らねば配布や販売、場合によっては単純な公開ですら禁止される事もあるほど、その姿は世界的に認知されている。

 それほど頻繁に姿を現し、そして気まぐれに奇跡を起こしては去っていくのが、神ルシティーアという存在であった。


 イース自身はルシティーアの伝説を目の当たりにした経験は無いが、やはり生活していれば探さずとも頻繁に目に入るその容姿を、脳裏に焼き付けてはいた。

 にも関わらず、彼女はルシティーアの像と、アルティンを見比べるまで、彼等の共通点には全く気付けなかった。

 それ程に面立ちが似通っていて、だが印象が全く異なるのが、ルシティーアとアルティンだった。

 ルシティーアの長髪を短くし、その中性的な顔立ちに男らしい眼力を加えれば、まるっきりアルティンとなる。


 実はそれは、ルシティーアが此度の実験兼娯楽の対象者を選別するに当たり、偶然自らの容姿と似たゲームキャラクターを愛用する人間を見つけ、これ幸いにと起用した事が理由となる。

 だが、採用された当のアルティン自身も入念にキャラクタークリエイトを行ったとはいえ、その顔を四六時中見ながらゲームプレイしていた訳でもなく、実際に対面したルシティーアの姿も、ゲーム中で設定した身長よりはかなり背が低かったので、自身とルシティーアの共通点には全く気付いていなかった。


「俺も全く知らなかった事だ。少しばかり自分の存在を疑ってはいたが、どうやらそんな訳で、俺は純粋な人間とも言えないらしい」


 アルティンは卒倒したイースを介抱すると、自らの出自を簡潔に説明していた。

 彼の頭脳ではややこし過ぎる境遇を異世界人に説明しきる事は不可能だったので、「自分はルシティーアに作られた」という、ただそれだけの説明である。

 それを聞いたイースとしては、荒唐無稽な話ながらも、納得せざるを得ないといった心境である。

 なにせ彼女は、アルティンがマールの古傷を癒やす奇跡を目の当たりにした直後なのである。

 容姿が似通っているという以上に、人どころか精霊種にすら成し難いであろう奇跡を平然と起こすアルティンの行動は、伝え聞くルシティーアの伝説の体現ともいえた。

 

 おそらくはダナセント姉妹はおろか、ダナセント家に仕える者たちも誰一人としてアルティンがルシティーアに関わる者である事に気付いてはいないであろう事が、イースを焦らせる。

 イースら屋敷に仕える者は皆、マールより「ダナセント姉妹を窮地より救った、彼女達より格上の客人が来られるらしいから、それなりのもてなしを心掛けるように」としか聞いていない。

 ヒポタリクが大層慌てた様子だったとマールは付け加えたが、ヒポタリクが神の片鱗でもアルティンから感じ取れていたら、例えそれが可能性の範疇であったとしてもそれを黙っておく事はなかったはずなのだ。彼はルシティーアを創造主として崇めるルシティーア教の、敬虔な信徒として有名であった。

 イース自身は信心深いとは言えずとも、不敬により天罰が下る可能性に怯える程度には、神の存在を信じていた。


 イースが何も言えず困惑していると、アルティンは彼女を真っ直ぐと見据えながら口を開く。


「んー。難しいお願いになるかもしれないが、神の子みたいな存在とはいっても、気軽に接してもらいたいな。ぶっちゃけてしまえば、ルシティーアからは自由に生きろと言われているから、俺は何の使命も与えられていないんだ。だったら俺は崇められたりするんじゃなく、人としてこの生を堪能したい」


 心からのお願いである事を伝えるべくイースの瞳を見つめながら話しつつも、アルティンは苦笑いである。

 出会ったばかりの目上の人に、「敬語使わなくて良いから素で接して」と言われても困る。という状況は彼自身が何度か経験してきた事であったし、多くの場合、そう言ってくる者に限って対応を誤ると厄介だったのも、彼が苦笑いするしかない要因である。

 随分無茶なお願いである自覚があったのだ。


 しかし、イースはアルティンの表情から、その内面までを正確に汲み取り、自らが彼とどう接するべきか、答えを導き出せた。


「――ではアルティン様は、あくまでも私を見初めてくださった、素敵な男性という風に接しますね」


 イースが柔らかく微笑みながらそう言うと、アルティンは呼吸すら忘れるほどに、彼女に釘付けとなってしまう。

 ナンパでゲットした外見ドストライクな子が、内面まで自分にマッチしていたようなものだ。

 イースはというと、間接的に2人きりの大きな秘密の共有をお願いされた形であり、彼女自身も恋の加速に拍車を掛けられていたようだ。




 それから2人は、気を取り直して村を見て回る。

 

 イースから申し出た村の案内ではあったが、まさかアルティンがこの世の常識を何一つ知らないとは思ってもおらず、当初彼女は大いに困惑したが、目に映る全てを興味深そうに見て楽しみ、時折彼女に質問を投げかけてははしゃぐ彼の様子を見るに、随分と楽しんでくれている様で何よりだと思う。


 アルティンとしては、高さ10メートル近い石造りの外壁に囲まれたアイゼール村の中を歩く行為自体が非日常的であり、気持ちを昂らせていた。

 外壁というのは当然、外敵から民を護る為に作られた物であり、それが幾重にも在るというと鬱屈した印象を抱きそうなものだが、少なくともこの村は随分と活気に満ちていた。

 イース曰く、この活気でも村の人口は5千人に満たないそうだが、日本の大都市での生活経験のあるアルティンでも、それがにわかに信じられないほど生きる力に満ちあふれている様に感じた。

 本来彼は人混みを好まない性格ではあったが、長期に渡る孤独生活からの脱却の実感も手伝い、更には目に映る人、物の多くが全力で地球とは異なる世界である事を主張してくるので、飽きることなく楽しめている。

 ましてや、多少なりとも日本のオタク文化を楽しめてきた者であれば間違いなく目の色を変えて狂喜するであろう、獣耳の美少女の案内付きである。

 流石にイース以上に獣の特徴を有する獣人が、自らの特徴に酷似した生物の毛皮(頭付き)を売ってる露店に遭遇した時には目を剥いたが、地球でも猿を食する文化はあったりするのだし、彼等の中では明確に線引きがされているのであろう。驚きはしても、嫌悪は抱かなかった。


「おや、イースちゃん。随分と良い男を連れているじゃぁないか」


 地球では見たことも無い、珍妙な姿の魚類を並べている魚屋にアルティンが引き寄せられていると、彼の横に居るイースに気付いたヒゲモジャの中年主人が声を掛けてきた。


「ハセレさん、お久しぶりです。こちらはダナセント家にてお招きしました、アルティン様です」


 イースが挨拶をすると、ハセレと言うらしいその男は、少しばかり驚いた表情になる。

 彼女の声自体は相変わらずあまり抑揚がないが、彼女を幼い頃から知るハセレが見たことも無い、柔らかな笑顔をしていたのだ。

 それは言外に、2人の仲を語っているかの様であった。


「マジかよ・・・。こりゃぁ事件だぜ」


 ハセレは呟くように言う。

 イースはこの村の出身であり、幼少期から村の人気者であった。

 昔から感情表現が苦手な子だったのだが、その代わりとばかりに忙しなく動く耳や尻尾に老若男女問わず心を奪われ、その礼儀正しさからあっさりとダナセント家の侍女としての採用が決まった後も、変わらず村の皆に愛されている。

 直近の話題では、ダナセント家の長男と次男双方に求婚されるも、あっさりとそれを断ったというのが、村内では噂になっていた。

 そのガードの固さから、当面イースの色恋沙汰の心配は不要だろうと、イースに恋い焦がれる者たち以外は安堵していたのだが――


「――まぁ、そういうものなのかもしらんなぁ」


 ハセレは感慨深げに、一人納得した。

 男にしろ女にしろ、時期を定めているわけでもないにも関わらず、異性関係に対して異様にガードの固い層というのは一定数居る。

 そういった者たちの多くは自らの本能が叫ぶ相手、つまり「運命の人」を待っているだけのタイプであり、いざその相手を見つけると驚くほどトントン拍子に物事を進めていってしまうものだ。


「しかし・・・こりゃぁまた・・・」


 ハセレは今度は、アルティンを興味津々――というより、どちらかと言えば値踏みする様な気持ちで見据える。


 見たこともない上等なローブに身を包むその男は、その容姿もまた上等であった。

 ローブの上からでも分かるほどに鍛え上げられたその肉体と、瞳の放つ迫力から察するに、恐らく単なる家名持ちではなく、ダナセント家の様なゴリゴリの武闘派の家の出であろうと思われる。

 兵役経験もあり、かなりの強面と評されるハセレの値踏みの視線を真っ向から受け止めてもまるで動じず、むしろ既に興味が魚に移ろい始めているアルティンのその様子から、かなりの実力者であろうとハセレは見極めた。


「イースちゃん。すげー人を見つけたな」


「ええ。一目惚れでした」


 イースの隠しもしない返答に、ハセレのみならずアルティンまでもがたじろぐ。

 彼女の平坦な口調と、表情の乏しさから、ともすれば冗談にも聞こえそうだが、ピコピコと動く耳、そしてわさわさと振るわれる尻尾がそれが冗談ではない事を物語っている。

 照れ笑いをしながらイースの腰を抱き、その耳元で「ありがとう。俺もだよ」等と宣うアルティンを見ていると、ハセレは無性に腹が立ってきた。


「アルティンさまぁ、済まねぇが、唐突に店を閉めたくなってきたからよぅ、いくらか魚を買ってっちゃ貰えねぇだろうか」


 その不躾な言葉にイースが慌てるが、彼女の好意に気を良くしたアルティンは何ら気に障った様子も見せずに、一も二も無くそれを了承すると、「金が無いからこれで交換できるだけ交換してくれ」と一本のナイフを差し出した。

 それは日本でいう三徳包丁の見た目なのだが、決して切れ味の落ちない魔道具であった。

 見慣れぬ形状のそのナイフを受け取ると、ハセレは数度の試し切りを行い、それが得難い逸品であることを悟る。

 切れ味が落ちないという言葉には半信半疑ではあるものの、在庫の魚全てと引き換えでも到底及ばない価値が付くとハセレが力説するも、アルティンは明日の営業に影響のない程度の魚と交換してくれと譲らない。


「まいったなぁ。アルティンさまは、マジですげー人だぁ」


 結局、ハセレが折れる形で大量の魚と引き換えにナイフを譲り受ける事となり、日が暮れ始めた商い通りを寄り添い歩くアルティンとイースの後ろ姿をしばし見送る。

 色々と衝撃的過ぎて脳が灼かれたらしいハセレは、さり気なくインベントリに魚を放り込むアルティンの不可思議な行動には全く気付いていなかった。

 

「・・・おっと、こうしちゃいられねぇ!かーちゃんに報告だ!そして酒だ!!」


 ハセレは慌てて店仕舞いをすると、間違いなく今後家宝となるであろうナイフを大切に懐へ入れ、家路へと急いだ。

 ご多分に漏れず噂好きなおばさんである自らの妻が、イースちゃんに男ができたと聞いたら、どういう反応をするだろうか。

 そんな事を考えながらニヤニヤと早足で歩くハセレ。


 この国には「女の噂話は宙を舞う」という言葉がある。それは空を飛ぶほど早く噂話が広がること、そして誰もが真実を掴めないほどに尾ヒレが付く事を意味する。

 ハセレが妻に用意した報せは、皆のアイドルだったイースをあっさりと掻っ攫ったアルティンへの、ささやかな報復であった。

 事実、ハセレがもたらしたこの報せは、翌朝には「異国の貴族令嬢と騎士の、身分違いの愛による逃避行事件」に続く大ニュースとしてアイゼール村の民達に騒がれる事になる。


 が、その前に、驚くほどの切れ味なのに、刃の感覚を正確に持ち主に伝えてくれる素晴らしいナイフに感動した妻にそれを取り上げられ、ハセレは涙する事になる。

 仕事で一日中ナイフを振るうのだから。というハセレの主張が聞き入れられることはなかったらしい。

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