表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

11 かみのこ

 図らずも獣耳美少女との夜の約束を取り付けてしまったアルティンは、当初は夕食の時間になるまで村の散策を願い出てみようと考えていたのだが、今は綺麗さっぱりそんな事を忘れて、身を整えている。

 長い大森林生活の中でまばらに伸びきった無精髭や無駄毛をナイフで剃り、ボサボサの髪は自分で切る技術がないので、整えるに留める。

 

「・・・アルティン様、今入室してもよろしいでしょうか」


 丁度アルティンが自分が思う及第点まで身支度を整え終えたタイミングで、軽いノック音の後、イースの声が聞こえてきた。

 アルティンにとって人々の跪く姿等は、日本では一般的に見る機会があるものでは無かったので特別意に留めたりはしなかったが、そのノック音によって、世界が異なっても、少なくとも人に礼を尽くすという行為においては、必然的に似た様な形式になるのかもしれないと感じた。

 同時に、言動については下手に出過ぎず、かといって偉ぶるでもない口調を心がけていたつもりではあるが、果たして仕草などに違和感が無かったか、少し気になり始める。地球ですら単なるピースサインでも、国が異なれば侮辱を意味したりするのだ。

 これまでについては今更ではあるが、今後の為にイースから少しは常識を学んでみるのも良いかもしれないと、アルティンは考えた。


「イースさんなら入室に断りは要らないよ。それこそ、俺が居るか居ないかすら気にせずに入ってくれ」


 アルティンのその返事に、少し遠慮がちに扉を開けて、イースが入ってくる。その顔は相変わらず無表情ではあるが、ごく短い観察であったとはいえ、それが敢えて感情を表に出さないように努めているからだという事が、アルティンにも何となく感じ取れる。


「どうした?というか、やはり可愛いな!」


 アルティンは要件を尋ねると共に、イースもまた身なりを整えてきたのだろう、服装は侍女達が皆揃いで着ていたエプロンドレスのままではあるが、化粧も髪型も気合を入れてきた様子に気付くと、素直に彼女を褒めた。


「ありがとうございます。アルティン様も、更に男前になられていて、正直これほどまでとは思いませんでした」


 平静な顔をしたままではあるが、頭上の耳をぴこぴこと動かし、そしてドレスの裾から覗くふさふさの尻尾を激しく振るイースの仕草が、アルティンは堪らなく愛おしくなった。

 

「夕食までまだ時間があります。アルティン様さえよろしければ、私に村の案内をさせてくださいませんか?」


「勿論。こちらからお願いしたいくらいだ!」


 アルティンはイースのその言葉に、自分から誘うという発想が浮かばなかった事を少しだけ悔やみつつも即答した。

 イースはその乏しい表情とは裏腹に、かなり積極性のある性格だと分かる。




 イースの先導で、今度は代官の執務室までやって来た。

 

「これはこれはアルティン様。失礼致しました」


 入室までのやり取りはイースだけだっので、まさかアルティンも来るとは思いもしなかったのだろう。マールが慌てて席を立ち、アルティンに椅子を勧めるが、それをアルティンはやんわりと断ると、手短に話した。


「忙しいところ申し訳ない。夕食をご馳走になるまでの間に村を散策したいのだが、何分常識を知らぬので、案内役にイースさんを借りても良いだろうか」


 その言葉にマールは驚く様子を隠そうともせずにイースを見やるが、無言で会釈をする彼女の様子を確認すると、ニヤリと、凶悪な笑みを浮かべた。

 勿論、それが何らかの悪巧みの笑みに見えるのは、その顔付きと古傷のせいではあるのだが。


「彼女にも異論は無い様ですので、何も問題は御座いません。ただ、そういう事でしたら、ついでと言っては難ですが、私から一つ、無礼な相談をさせていただけませんか?」


 マールが窺うと、アルティンは片眉を少しだけ吊り上げて見せて、無言のまま先を促した。

 少し偉そうにし過ぎかもしれないが、面倒事だったら堂々と断るための牽制である。


「いえ、特別、アルティン様に何かしていただきたいのではなく・・・今夜の食事は、私は同席しない事をお許し願えませんか?」


 マールは、村内に家庭を持っているのだが、多忙極まる代官の任に追われ、ほとんど自宅に帰っていないとの事だった。

 代官であるのでこの屋敷に家族を住まわせる事も許されてはいるのだが、一人娘がやんちゃ盛りなので、そんな事にただでさえ自らと同様に忙しい配下の者の手を煩わせたくないという考えで、半ば別居状態にあるらしい。

 ディーゼント現ダナセント当主もその切ない家庭環境は把握しているらしく、やんちゃ娘がしっかりと家名持ちとしての礼節を教わる事も、教える事も双方にとって良い経験となると提案してきてはいるのだが、その優しさが却ってマール一家にとって重荷となってしまい、なかなかその案に甘えられずにいる様だ。


「私はこの顔ですから、最近は娘に怯えられる様になってきてしまいまして・・・」


 イースとのデートに舞い上がっていたアルティンの胸に、その言葉はズシリと重くのしかかる。

 昼ドラの世界ならば、このまま行けば近い内に「パパ」がマール以外の男を指す言葉になってしまうのは間違いないだろう。パパ呼びなのかは知らないが、ともかくマールの家庭の危機をアルティンは感じた。

 

「・・・そういう重い話しならば全力で協力させていただこう。とりあえず<レジェンダリーヒール>」


 アルティンは目頭が熱くなるのを感じながら、マールに対して最上位回復魔法を放つ。

 何事かと呆気にとられるマールを淡い光が包み込むと、みるみるうちにその古傷が消えていった。


「「・・・」」


 何の「それらしさ」も見せずに、平然と見せつけられたその奇跡にイースは絶句し、自らの顔は見られないまでも、腕の古傷が消える様や、目の前に居るイースの普段は決して見せない、驚愕を超えた、一種の間抜け面を一瞥し、自らの身体に何が起こったのかを悟ったマールもやはり、絶句した。


「これも何かの縁だ。同じ様な悩みを持つ者が配下やその家族に居るのなら、同様に癒やしてやる。といっても、村全体は流石に時間が足らんので、明日の出立までに終えられる人数に抑えてくれよ。久し振りの一家団欒、楽しんでくれ」


 アルティンは「ではな」と、敢えて偉そうな口振りで付け加えると、硬直したままのイースの腰を抱き、マールに対してはキザったらしくウィンクなど飛ばしながら、執務室を後にした。

 彼は魔法を放った直後から、再びむず痒い崇められ方のオンパレードになる未来を予見し、敢えて感謝するのも称えるのも馬鹿らしくなる様な態度を取ったのだ。

 彼は背後から聞こえるマールの化け物じみた嗚咽に、少しばかりの気味の悪さを感じながら、邸宅を出た。




「アルティン様は、人間なのですか?」


 暫く無言でアルティンに抱かれるままに歩いていたイースが、唐突に失礼な疑問をぶつけてきた。

 とはいえ、自分でもそれについては半ば考える事を放棄しているのも事実なので、彼も返答に困る。


「・・・私たち獣人も、元は精霊種と人間との交わりから生まれた種族であると言われています」


 割と真剣に悩み始めたアルティンを見かねたのか、イースが自らの種族の出生を語り始めた。


 この世界で云う精霊とは、永く生きた、または大きな力を持ったものが、更なる上位種として昇華した存在を指すらしい。

 現状、何故か人間だけは精霊に昇華したという明確な記録が無く、言い伝え程度にしか思われていないのだが、動植物、果ては人間に大切にされてきた調度品等に至るまでの、多岐にわたる存在の精霊化が確認されていると言う。

 日本人的に受け取れば、それはまるっきり妖怪だろう。

 そして精霊は、時に人間との間に子を成す。性別があるのかすら怪しい精霊種でも、人間との間に子を成す事はあるらしい。


 そこまで聞いて何かに気付いたアルティンは、辺りを見回した。

 大した間を置かず彼は、自らが馴染んできたゲームや物語をなぞる事でしかこの世界を視る事ができていなかった事を痛感する。

 よくよく見てみれば確かに獣の特徴とは明らかに異なる、物質的な特徴まで持つ人々が村を闊歩していたのだ。

 そしてその在り様も様々で、イースやイルモの様に、現代日本人には馴染みやすい、人の容姿に獣耳や尻尾だけといった特徴を持つ者も居れば、動物が二足歩行をして服を着た程度にしか見えない者も居るし、元の世界での知識には無いが、弦楽器であろう物に目が有り、手足が生えていたりもする。

 アルティンは自らに、流石にダナセント姉妹の指揮する討伐隊には派手な特徴を持つ者は居なかったはずだと言い聞かせるが、人間の思い込みによる視野の狭まり方は凄まじいという事は、車の運転などで何度か実感しているので、いまいち自信を持てない。

 というか、この世界の精霊種と呼ばれる種族は、いくら何でもアクティブに盛りすぎだろうと、アルティンは内心で精霊にツッコミを入れる。

 人間の定義とは?精霊の定義とは?という、おそらくイースには答えられない疑問が沸々と湧く程に、精霊と人間のハーフらしき人が多数見受けられるのだ。


「んんんんー?」


 アルティンは混乱しながらもまた、何かに気付いた。

 盛りすぎ。というツッコミが、見事に自分にも当てはまってしまったからだ。

 いくら禁欲的野生生活をしていたにしても、明らかに自分が盛りすぎている事実に、今更になって気付く。

 この世界に来る前から、見惚れる女性が在らば攻めの姿勢を取っていた彼ではあるが、流石にファセットの様に「良いカンジ」になれた人ができた時点で、その他の女性を口説こうとはしなかったはずである。

 それが今や、ファセットの事などすっかり、忘れてはいないが意識の外に放って、イースという獣耳美少女の腰を抱いているではないか。

 ファセットとイース。既にそのどちらに刺されても文句は言えない状況を意図せず築き上げている自分の性格のクズ化に、アルティンは思わず泣きたい気持ちになった。


 肉体の変化に魂が引きずられている。といった表現が、今最も彼の心を納得させた。

 彼はその涙目を誤魔化すかの様に空を仰ぎ見、その最中、大きな建物の屋根の上にそびえ立つ石像を視界に収め、ある言葉を思い出した。


<私の神力と、貴方が作り、育て上げたゲームキャラクターをミックスした生命体が、これからの貴方となるのですよ!ふはははははは!>


 中性的な顔立ちのその石像の、おそらくモデルとなった人物。

 要するにアルティンをこの世界に招いた張本人、神を名乗る者は、確かにそう言った。高らかに笑いながら。

 何故今まで忘れていたのか、という事についてはさほど難しい理由はない。その神を名乗る者のテンションがあまりにもウザ過ぎて、アルティンはほとんど聞き流し状態だったのだ。むしろ思い出せた自分を褒めてやりたくすらなっている。


 ――神の子。

 馬鹿げた発想だと一笑に付してやりたくなるが、アルティンは間違いなくこの石像と同じ顔をした人物から、直接的ではないにしろそう言われたのだ。


「・・・なぁイースさん。ルシティーアって名前で、思い当たる奴って居る?」


 空を見上げたままのアルティンの問いに、イースは何を当たり前の事を。と思いつつも、何気なく彼の視線を追い、そして、彼と同じ様に、その石像を目に収める。

 彼女は話しの流れから、彼が何を自分に伝えたいのか悟ったらしい。

 

 アルティンの顔と、その石像の顔を数度、見比べる様に視線を交互にやると、彼女は卒倒した。

 自分には今の所、獣耳美少女以上の深みはまるで理解できませんが、僕らが生きるこの世界でも動物や、車なんかも性の対象として見られる方は、意外に多く存在するらしいです。

 アルティンは精霊を盛りすぎと言いましたが、地球だって交配ルールが緩ければ、彼が今いる世界と同じ様に色んな人が居て当たり前だったかもしれません。

 肌の色じゃ済まないレベルの違いが当たり前だったら、差別の少ない世界になってたのか、それとももっと差別の過激な世界になるのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ