中
有能なエセルはその有能さによって、父様を言いくるめ、アッサリ入学を許可された。流石有能。
「なにも難しいことはしていません。お嬢様に言ったような事をもう少し丁寧な言葉で言っただけです」
「ああ!『美しさは罪です』って?」
「なんでそうなった」
私とエセルはこれからについて話し合った。『ヒロインちゃんと攻略対象を一斉に集めて説明する』という私の素晴らしいアイデアは何故か即、却下を食らった。
「なんでよ~?話が早いじゃない!」
「駄目です。馬鹿が露呈します。折角の今までの苦労が台無しです」
私の勉強面での調教を早々に諦めたエセルだったが、身体能力に頼れる面では容赦がなかった。
そして私は公爵令嬢っぽい振舞いを晴れて身に付けたのだ。
「未来ある若者である私が一生馬鹿のお守りなんて御免ですので、お嬢様にはさっさとフラグなるモノを回避して良いところに嫁いでいただかないと……いいですか?その外見で私の見込んだ男を騙くらかすまでは、馬鹿を隠し通し、フラグを回避して戴きますからね!」
……全く容赦がない。
私がハイカロリーな物を食べてダラダラすれば、きっとブクブク太り、まんまとフラグを回避できたと言うのに……相談相手を間違えた。
「……はっ!今にも死にそうなジジイの後妻におさまるっていうのは?!」
「どんだけゲスいんですか」
そんなこんなでとうとう学校生活が始まってしまった。
私は男が寄り付かないように『盗んだ馬で走り出す(※学校の馬)』等、思い付いた事をとりあえずやってみたり、時折エセルに阻まれきついお叱りを受けたりとそれなりに忙しかった。
エセルの説教は勿論正座で受けさせられる。
なので説教が始まるとなると、即、正座をするようになってしまった。調教って恐ろしい。
しかし肝心のヒロインちゃんと仲良くなろうにも、いつも男(攻略対象)が邪魔をするので近付けず。
そして私の隣にはいつもエセルがいた。
「あっ!エセルがウチに入りゃ~いいんじゃん?!」
「……それは脅迫ですか?一生馬鹿のお守りをしろという……」
「まあそういう事になるかな?」
「嫌です」
アッサリ断られた。
「未来ある若者である私に相応しい女性になったら考えてあげます」
ゴミでも見るような目で見られた上、言葉も随分と上からである。
「公爵家の娘よ?!おまけに美少女!何が不満なのっ!」
「公爵家は些か魅力的ではありますが、貴女にはお兄様がいらっしゃいますし。それに美少女は美少女ですが、私には最早可愛い猿位にしか」
猿呼ばわりされた。ガッデム。
でも勉強する気はない。理由はひとつ、私は勉強が嫌いだからだ。イッツシンプル。
教科書は謎の呪文が書いてある様にしか見えん。事実、あれを開くと魔物が出現するのだ。
睡魔という名の。
「でもこないだのお茶会でうっかりつまづいて、ヒロインちゃんに紅茶ぶっかけちゃったし……」
「それは大丈夫でしょう。アンタ土下座してたし。恥ずかしげもなく」
そう、私は自ら主催したお茶会でヒロインちゃんと仲良くなるべく万全の用意をしていたのだが、それが裏目に出て茶をぶっかけたのだ。
用意をギリギリまで自分で行ったせい(寮生活なので学校の一部を借りて催した為)で、腹が減った私は誘惑に刈られ、テーブルに乗っていたバナナを1本剥いて食ってしまった。
ヒロインちゃんを含む女子らがやってきたので慌ててバナナの皮を投げたのがよろしくなかった。……直後の説明はしなくてもわかるだろう。
私は彼女に素早く土下座をし、エセルに部屋まで運ばせて普段着の中で一番いいワンピに着替えてもらった。
彼女は怒るどころか、ずっと恐縮していた。しかも待ち惚けを食らってしまった女子達のところに戻ろう、と言って(私はすっかり彼女等を忘れていたのだが)手土産に持ってきたという手作りのケーキで逆にもてなされた。……他人に気遣いのできる、物凄いいい子だった。
しかも手作りのケーキとか、女子力高ぇ。嫁に欲しい。
その後正座でお説教を覚悟していたわたしだったが、意外にもエセルからは「まぁ、仲良くなれたしよかったんじゃないですか」だけだった。
その時点で気付くべきだったのだが、エセルの努力も虚しく、私の馬鹿は既に白日のもとに晒されていた。……いつからかは知らない。
「あれだけやればそりゃ、この私も全て無かったことにするのは無理ってもんです……」
遠い目をして彼は言った。
うん、ごめんね?
「あれだけ……ってなにやったっけ」
心当たりが有りすぎて逆に思い出せない。そんな私にエセルはご親切にも具体例を幾つかあげてくれた。
「無許可で学校の馬を使い『自由への道の第一歩よ!』などとのたまい、食堂のキッチンに毎日のように足を運び『味見してあげるわ!』などと言っては邪魔をして出禁になり、『薔薇の朝露が旨いと聞いた』と庭園の薔薇の朝露を吸ってるうちに蜂にさされてギャーギャー泣き叫びながら保健室に運ばれ、何故か騎士候補生達の教室に入り浸っては『サンカクべーす』や『どっじぼーる』などという謎の遊びを流行らせたり「あ、もういいです」」
どうやら入学して割とすぐらしかった。
「よかったんじゃないですか、少なくともビッチキャラではなくなったでしょう。幾つかの悪役フラグも壊しましたしね。……ただその倍以上の数のいい縁談話も壊れてしまいましたけど」
なんか言われてるけど、私の耳はいい耳なので都合の悪いことは聞こえないようにできているのだ。
ヒロインちゃんとも仲良くなった。
馬鹿とは思われててもビッチと思われてもいない。
どうせこの先もエセルがいるので、ビッチと勘違いされることはないだろう。
残っている悪役令嬢フラグってなんだ?
「怖いのは……不敬ですね」
「それな」
物凄くやらかしそうな気がするので、やらかしてはいけない相手には極力近付かない事にした。
「……はっ!もしや既にやらかしてない?!」
「奇跡的に大丈夫です。ですが……」
はぁ、とひとつ、溜め息を吐いてから……すっかり前世の用語を使いこなす有能な執事エセルは、それを含んだ不穏な一言を発した。
「これ…………フラグじゃないですよね…………?」
私はエセルの言葉に息をのみ、『絶対近付かない!』と強く約束した。
しかし、やはりフラグかもしれなかった。
絶対やらかしてはいけない相手の方から、近付いてこられてしまったのだ。
メイン攻略対象……第二皇子、ルーシャ様である。