3:本当の悪意
『んー、私に逆らうのが悪いんですよ?』
宙に浮いたまま、あっけらかんと言うラフィートに、この場に居る皆が絶句した。
……ただ一人、エルフのルルーを除いて。
『女神様のくせに、何ともえげつない手を使いますね~』
ルルーはいつもよりも少し低い声で、ゆっくりとラフィートに歩み寄る。
一歩ごとに足跡に氷の結晶が散る様は、まるで北の豪雪地帯の荒雪のよう……。
それは、彼女が怒りに震えている事の表れでもあった。
『差し違えてでも貴女を止めます』
『ほほう、どうやって?』
ラフィートの質問に答える事無く、ルルーはウォーターボールを地面に放った反動でラフィートの背後に高速で移動すると、背後から女神の翼に手刀を突き刺した。
『ぐっ!』
『エナジードレイン!!!』
不意打ちで放ったルルーの一撃が、猛スピードでラフィートの魂を削り落としてゆく。
あまりに強大なエネルギーを吸収しているためか、ルルーは意識が朦朧としながらも、必死に食らいついた。
『さすがに……お痛が過ぎますよっ!!』
ラフィートが声に若干の怒りを含ませながら背後に手をかざし、ついさっき三人の命を奪った魔法を発動させた!
……しかし、ルルーのエナジードレインは止まらない。
『何故っ!?』
初めて焦りの表情を見せ、振り返ったラフィートの目に映ったのは……ルルーを庇うように手を広げた姿のレンだった。
「後は……お願……」
懇願の言葉を言い切る前に、レンは力尽きて地上に落下していった。
すぐにでも飛び降りてレンを抱きしめたい気持ちをぐっとこらえながら、ルルーは全身全霊で渾身の一撃を放つ!
『くたばれええええぇーーーーーーっ!!!』
叫び声が響いた後、辺りは静寂に包まれ……ラフィートの翼にもたれ掛かる格好でルルーは力尽きた。
- Len -
HP 0/2132
SP 0/341
- Rulue -
HP -32768/4015
SP -32768/1183
宙に描かれていた魔法陣は闇夜に崩れ落ち、飛ぶ気力すらも残っていないのか、ついにラフィートは地に足をつけた。
『HPマイナス……自らの限界を超えるドレインによる臨界超過とは、ルルーさんってばホント無茶しますね……』
ふらつきながら立ち上がるラフィートの姿からは、先程までの余裕は無くなっていた。
タケルのシステムコンソールに表示されたステータスは……
- Rapheat -
HP 512/9999
SP 512/9999
『さあ皆さん、私を倒すにはあと一撃で十分ですよ……』
その言葉にはどこか違和感があった。
……何故、創造神ラフィートは自らの死を要求するような事を言うのか?
そして、これまでの会話から一つの仮説を導き出したタケルが、エクレールに問いかけた。
「エクレール、お前は本当に……"悪意"なのか?」
タケルの質問にエクレールは不思議そうな顔をしている。
その質問に対し、口から出た言葉は……
『悪意って……何?』
――その刹那!
誰もがその光景に絶句した。
「なん……で……」
クリスは呆然としながら呟く。
どうして、さっきまで握っていたはずの「勇者の刀」が突然、自分の手から消えたのか?
- Rapheat -
HP 0/9999
SP 512/9999
どうして、その刃が創造神ラフィートの胸を貫き、切っ先が天を仰いでいるのか。
「女神様!!!」
ラフィートに駆け寄ったクリスは翼の隙間から柄を握り、刀を引き抜いた!
大声で呼びかけても、まるで眠っているかのように目を瞑ったまま。
ぽっかりと空いた穴からはキラキラと光がこぼれ……創造神ラフィートは地面に倒れた。
そして、タケルの目の前にあった曲面スクリーンにポップアップメッセージが表示された。
【フラグ回収クエストをアンロックしました】
【Flag No.62 "悪意"を倒し、世界を救う】
- Little regret -
HP 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999
SP 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999 9999/9999
クリスの握った刀の周りに黒い霧が集まり始めたのを見て、タケルは奥歯をギリリと噛みしめた。
「女神様は最初からコイツを炙り出すのが狙いだったんだ……。"悪意"が自らの命を狙うその瞬間の為に……クリス君! 今すぐにその刀を投げ捨てるんだっ!!」
タケルが呼びかけてもクリスは俯いたまま動かない。
刀を握ったまま、彼は少しずつ闇に飲まれて行く……。
「何だか、凄く怖いよ……。なんでだろう、私、知ってる気がする……!」
「ああ、俺も同じだ……」
セフィルは恐怖に震えるエマの手を握り、ジワジワと巨大化してゆく黒霧を睨む。
この状況を見て、エクレールは青ざめながら震えている。
『あの時と同じなんだ……クリス君にあの刀を使わせちゃ駄目だよっ!!』
「エクレール……」
この場で"あの時"が何なのかを知る者は獣神ティーダだけなのだが、皆がエクレールの表情から、これが危機的状況であることを理解していた。
「要するに、あの刀を引き離しちまえば良いんだろ?」
セフィルはそう言いながら自分の脚を両手で掴むと、前を向いて叫んだ。
「スピードアシスト!!」
そのまま疾風の如く駆け出したセフィルは、さらに続けて十八番を発動させた。
「サンダーブレード!!!」
稲妻の剣をクリスの握る刀に叩き付け……
「ディギング!!」
不思議な胸騒ぎを覚えたエマが咄嗟に地面を陥没させ、足を取られたセフィルが体勢を崩してその場に転んだ。
「えっ、何っ? 何でっ!?」
地面に倒れて目を白黒させるセフィルだったが、彼が転んだ一瞬後に頭の真上を横薙ぎに刀が空振っていた。
もしもエマの詠唱が遅れていたら、その刃はセフィルの首を捉えていただろう。
「サンドブラスト!!!」
エマが追撃で放った魔法が刀を強く打ち、ぐらりとクリスの姿勢が傾いた。
「セフィルくんは、私が護るっ!!」
かつて呪われた実験によって増幅された身に余る程の魔力は、今この為にある!
エマはそう確信し、勇者の刀と対峙した。
「ストーンバインド!」
バキバキと音を立てながら刀が灰色に変色し、石化してゆく。
束縛時間は魔力量に応じて変動するのだが、常人の16倍の魔力を誇る自分ならば、きっと長時間の拘束が可能だろう。
その間に、他の誰かがあの刀を折れば……!
――そう考えていたエマの目の前で、石化が解除された。
「そんな、早すぎるよっ!!」
クリスは刀を両手で構えると、エマに向かって……
「やらせるかああああーーっ!!」
セフィルが両手を広げ、エマを庇うように目の前へ飛び出した。
そしてクリスはそのまま刀を振りかぶり、二人を……
「……させるかよ」
刀を振り上げた姿勢のまま、クリスは戦っていた。
自身を傀儡にしようと強要する刀の意志と。
かつてここで踏みとどまれ無かったであろう自分の弱さと……。
その姿を見て、エクレールは目を見開き驚いた。
『あの子は……強いね』
エクレールの呟きに、ティーダはふっと笑って答えた。
「私達の時とは違うのさ」
そして……
「くたばれボンクラ刀めっ!!!」
クリスは全ての力を振り絞って勇者の刀を世界樹の幹に叩き付けると、その刀身が砕けて光と共に消え、辺りは静寂に包まれた。
「勝った、のか……?」
セフィルがそう呟くと、エマが嬉しそうに抱きついた。
「うわーん! よかったよぉーーーっ!!」
「わわわっ、お、落ち着けっ!?」
ドシーンと音を立ててひっくり返った二人に、クリスが駆け寄ってきた。
「二人とも、心配かけてゴメン」
「少しヒヤヒヤしたけどなー」
「私は怖かったよーっ!」
はしゃぐ三人を見て、ティーダとエクレールはクスリと笑った。
……だが、タケルだけは難しい顔をしたままシステムコンソールを眺めている。
【Flag No.62 "悪意"を倒し、世界を救う】
NOT CLEAR
「……まだ倒せてない! クリス君、その刀の柄を離せっ!!」
クリスが刀身を失い柄だけになっていた刀を慌てて遠くへ放り投げると、そこから大量の黒靄が吹き出し、混沌が世界樹を包み込んだ……。