1:ラストバトル
世界樹の頂上に広がる巨大な床の上で、召喚者達は皆驚きを隠せずに居た。
『「ラストダンジョン……」』
タケルとアンジュの呟きの意味を周りの仲間たちは理解出来なかったが、少なくともここがまともな場所ではないという事だけは明らかだった。
「あそこに居るのは……クリス君か!」
その周囲にはクリスの仲間達や獣神様も居たのだが、それを見てタケルは何か違和感を覚えた。
『クレアちゃん……?』
天使のアンジュがボソリと呟いた。
ああ、確かにクリス君の横にはずっとそんな名前の女の子がくっついてたっけな……?
タケルはそう思いつつも再びおかしい事に気づいた。
クリスの隣に居るはずのクレアがそこに居ないのは何故?
どうしてアンジュは斜め上を見上げているのか?
「おい、どうしたア……」
その理由を確認しようと名前を言い掛けたところで、タケルはアンジュが固まっていた意味を理解した。
確かに、アンジュの目線の先にクレアは居た……それも空中に。
宙へ浮かんだ少女の周りには『混沌』としか表現出来ない漆黒の靄が漂い、そこから放たれる存在感は、それがここに居る者達にとって、危険である事を物語っている。
「クレア……?」
クリスが姿に気づいてその名を呼ぶと、少女は嬉しそうに笑った。
だが、その笑顔は純粋な喜びを表すものではなく、今にもクリスを連れ去って、どこか遠くへ永久に閉じこめてしまいそうな危なっかしさを漂わせていた。
その気配を察知してかクリスの背中にある鞘に収まっていた刀が突然ガタガタと揺れ、タケルが展開していたシステムコンソールのスクリーン上にアラートメッセージが表示された。
【ターゲット"悪意"の存在を検知しました。】
【Flag No.62 悪意との遭遇 CLEAR】
「……マジかよ」
呆然と呟くタケルには目もくれず、少女はロープにしばられたままの男……二百年前にこの世界に魔王として君臨したアヌミナ学園長の姿を見て、不敵な笑みを浮かべた。
『イサラータ国王様、久しぶりだね』
『……どこでその名を知った?』
イサラータとは今から数十年前に北の大陸のとある王国を統治した男の名だ。
アヌミナの姿を見てその名を呼ぶ者は、この場には居ないはずだった。
『やだなあ、君がカトリとボクを召喚したんじゃないか』
その言葉を聞いてネブラとアヌミナは恐怖に顔を歪めると、自身を拘束していたロープを魔法で切断し天使の翼で漆黒の空に向かって飛び立った。
……だが!
『サンダーボルト!!』
少女の呼び出した稲妻は逃げた天使両名を容赦なく襲い、しばらくしてドサリと音を立てて白目を剥いたふたりが落ちてきた。
『別に逃げなくても良いだろう? それに僕は出会わせてくれた事を感謝はすれども、それを恨む理由は無いしさ』
それから少女はタケルとリーリアの方を向いて、先程とは全く違う冷たさを帯びた笑みを浮かべた。
『どちらかと言うと、ボクが憎んでいるのは君たち二人だ』
その言葉を聴いた獣神ティーダは、タケルとリーリアを庇うように両手を広げた。
『久しぶりだね。前回会った時はあんなにおチビさんだったのに、大人になっちゃって。一瞬、誰だか分からなかったよ』
「どうしてっ!」
悲しそうな顔で叫ぶティーダに、少女は不思議そうに首を傾げた。
「あなた達、再会できたじゃない!! どうしてそれを壊そうとするのっ!?」
『再会ねぇ……』
少女はクリスを一瞥すると、再びティーダの方を向いた。
『正直に答えてほしいんだけど、ボクだけ覚えててカトリが覚えてないのは、再会って言えると思う?』
そう言いながらクリスの右足の辺りを寂しそうに見つめる少女の問いに、ティーダは応える事か出来なかった。
『さて。間抜け面で傍観してる、そこのお二人さんに少し昔話をしてあげようか』
少女は再びタケルとリーリアに冷たい眼差しを向けると、昔話を語り始めた。
――かつて北の大陸では、召喚魔法による「異世界転移」で呼び出した戦士を戦わせる娯楽が流行していた。
ある者は元の世界への帰還を条件に、またある者は大切な仲間を人質に取られ、多くの者達が志し半ばに倒れていった。
そんな狂気が繰り返されていた最中、一人の女魔法使いが異世界より召喚され、一匹の妖精と共に戦いの場に赴く事となった。
『魔法使いの名はラムダ、そして妖精の名はリリィ』
その言葉に、タケルと妖精ロザリィは驚愕した。
「魔王ラムダ……俺の前世か!」
『リリィって、禁忌に背いたとされる伝説の妖精じゃない……!』
ふたりの反応に満足したのか、少女は話を続けた。
プライアという国で行われた決闘によってラムダは命を落としそうになったものの、リリィが自らの魂と引き替えに彼女を救った……。
――だが、話はここで終わらなかった。
妖精リリィを失った悲しみから、ラムダは自らを魔王と名乗り全世界に対して宣戦布告。
一切の殺生を行えない呪いをかけられた人類は一方的に魔王ラムダ率いるモンスターの軍勢に蹂躙され、世界征服は着々と進んでいった。
だが、その野望を阻止すべく三人の勇者が召喚され、彼らはパートナーの妖精と共に魔王退治の旅に出た。
そして一人の青年が、お目付役の妖精と種族を越えた恋に落ちたのだった……。
『その青年の名はカトリ。妖精の名は……』
『エクレールさん』
凛とした声が辺りに響いた。
禍々しい黒い靄をまとったエクレールとは対照的に、声の主は神々しい光に包まれながら現れた。
『久しぶり。ティーダと違ってラピスは変わらないね』
ラピスと呼ばれた女性は、溜め息をひとつ。
『そちらは偽名ですので、フィーネとお呼びください』
『それも偽名のくせに、あざといね』
エクレールの言葉にフィーネは苦笑する。
『ですが、貴女は本当に変わってしまいましたね。……残念ですが、お別れです』
ラピスは右手を振り上げると、声高らかに叫んだ。
『ターゲットの殲滅許可を要請します』
【議会より承認されました】
フィーネはエクレールに対峙すると、右手の杖を強く握った。
『貴女を見過ごすことは……女神として許せません』
その言葉にこの場に居た何人かは驚愕していたが、以前から女神との面識のあったクリスは躊躇う事無く、女神に歩み寄り問いかけた。
「女神様、クレアは……?」
心配そうな顔で自分を見上げるクリスを見て、フィーネは優しく微笑んだ。
『クレアさんは今は少し混乱しているだけですから、私がどうにかします』
その言葉にクリスは安堵の息を吐いた。
だが、その表情は曇ったままだ。
「でも、あの子は……エクレールはどうして、俺たちをここに呼び出したんですか?」
クリスが疑問を口にすると、エクレールは酷く悲しそうな顔で俯いた。
『忘れられる辛さを……お前達にも思い知らせてやる!!』
『あっ……!』
いきなりエクレールに不意打ちで突き飛ばされ、フィーネはその場に倒れた。
そのまま少女は一点を目指して突き進む!
『お前ら二人が居なければこんな事にはならなかったんだっ!!』
少女は両手に黒色の曲剣を構え、タケルとリーリアに振り下ろす!!
だが、その刃は二人の手前で止まり、少女の両腕はルルーという名のエルフに掴まれていた。
『どこのどなたかは存じませんが、お二人に危害を加えようと言うのであれば、容赦はしませんよ』
『はっ、離せこのっ!!』
ルルーは少女の腕を掴んだままキッと少女を睨むと、呪いの言葉を叫んだ。
『エナジードレイン!!』
その直後、猛烈な勢いで生命力を吸い上げられる苦痛にエクレールは悲鳴を上げた。
黒い靄が四散し、少女の顔から精気が消えて行く……。
「ルルーさん駄目だ! ストップ!!」
『えっ!』
タケルの言葉にルルーは驚きながらもその手を放し、その隙にエクレールは再び宙へ逃げた。
『どうして止めるのですかっ!』
「その方法で行くと、クレアちゃんが死んじまう……!」
*STATUS
- Crea -
HP 58/200
SP 0/100
- Eclair -
HP 9857/9999
SP 9857/9999




