表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物情騒然!ボンジャノ一家  作者: 冬ノゆうき
二幕 -握髪吐哺(賢者を求める強い気持ち)-
5/76

二幕 1

 広大な内海であるメディチ海。

 そのメディチ海の中央に、足に履くブーツを横にしたような形をした半島がある。半島の名前はビツレス。そのビツレス半島を統治するのも同じ名前を冠したビツレス自由国。そしてその首都となる街の名もまたビツレスと呼ばれている。

 古くは皇帝を冠してビツレス半島のあるユーロ大陸の大半を支配した大帝国が存在した時代もあった。しかし200年ほど前にビツレスの帝国は瓦解した。

 崩壊の要因は様々あげることができるが、ハッキリと分かっている事は1000年以上の繁栄を誇ったビツレスの帝国が崩壊した結果、大陸は多数の国家が乱立する時代に突入してしまったという事である。

 そして現在に至るまでビツレスの帝国にかわる大国は大陸には生まれていない。

 このビツレス半島にも亡き皇帝に代わって市民が納める国が興った。このビツレス地方は古くから世界の中心だったということもあり、軍事的に弱体化した今でも世界文化の中心地としてその威勢を誇っていた。


首都ビツレスには世界に誇れる唯一無二のものが3つある。


首都ビツレスの中心にある旧皇帝の居城『ウン・キャステル・ユーロ』

世界教総本山の『ラ・レジリディニ・モンド(だい)(せい)(どう)

そして最後の1つが首都ビツレス郊外に広大な敷地を有する『ビツレス国立魔法学院』である。


 ビツレス国立魔法学院は世界最大にして最古の魔術・秘術の学舎であり、世界各地から1000人以上の生徒が常に在籍している。

 その歴史は帝政時代にまで遡り、学費さえ払えば種族・身分を問わず勉学の機会を与えるという創設者にしてビツレスの帝国初代皇帝プリンケプス一世の意向により、学院内には老若男女様々な種族の者たちが集っていた。

 皇帝一族が途絶えた後も、ビツレス政府がその理念を継承して運営を続けていた。


そんな学院の中には、


一般社会では差別されるような種族の者――

過去に大罪を犯した者――

親が失脚して国を追われた者――

そして、実家が人に言えないような家業の者――


様々な者たちが訪れ、学び、そして旅立って行く。ここはそんな学院なのだ。


 その広大な魔法学院の一画。

 いくつか立ち並ぶ学舎の内の1つにリスティはいた。

 何かよくわからないままにユービに誘拐され、兄に救い出されたのは3日前のことだ。

 その後、彼女がヒルダに揺られて無事この学院に戻ってきたのは昨日の事だった。

 そして今はこうして1週間ぶりに学院へと来ているのだが………講義を受けているわけではない。

(う~ん………載ってないなぁ)

 リスティは本を閉じると、それを(かたわ)らに積み上げられた古書の山の上に積んで、周囲に注意を払う。

(あぁ……また何か言われてるし……)

 彼女の視線の先には学院の学生と思われる制服を着た子たちが数名、リスティの方を見てヒソヒソ会話をしている。彼女たちはリスティと視線が会うと、少し気まずそうな笑みを浮かべながら軽く会釈して顔を背ける。それでも内緒話は止めない。

 彼女が今いるのは淡い静寂と古めかしい紙の匂いで満たされた広大な図書館だ。正確には『静寂』のまえに『いつもは』がつく。

 普段ならば、この広大な図書館の中では紙をめくる音と人が歩く音ぐらいしか聞こえてこない。しかし図書館内の至る所からヒソヒソ声が聞こえてくる。しかもそのヒソヒソ声のネタのほぼ全てがリスティたちに関することだと思われる。

 今更、彼女の生い立ちに関する話題などではない。

 リスティがかの有名な海賊王ボン=ボンジャノの娘だということは、公然の秘密として学院内ではすでに知れ渡っていることだった。

 他の場所ならいざ知らず、このビツレス魔法学院ではその事で()(ぼう)(ちゆう)(しよう)、迫害、差別を受けるような事は無い(注目される事は多々あるが……)。なんと言っても現役の盗賊や亡命貴族の子息などが普通に通っている学院である。

 それでは周囲の者は何をネタに話しているかというと―――おそらく先日のリスティ誘拐事件に関する事と、そして彼女と一緒に古書に目を通している少年少女に関してだろう。

 その少年と少女はリスティの前の席に並んで座って、彼女と同じように古書籍を広げていた。

 少年は10歳前後。とても()(わい)らしい女の子のような顔立ちに少し癖っけのある跳ねた金髪、ダークイエローの深みのある瞳。そしてそれとは対象的に純白の(しわ)の1つも無いローブを羽織っている。その胸には水と航海の神『ウェルパ神』の(せい)(いん)が下げられていた。ただし大人がつけるサイズなのだろうか、この少年には少し大きすぎる感じがする。

 そしてもう1人の少女の方も少年に負けず劣らぬ()(れい)な顔立ちをしている。しかも(ぎん)(ぱつ)(ぎん)()なところが彼女の美しさをさらに神秘的なレベルに押しあげていた。ルックスはとても落ち着いた雰囲気の少女だが、服装は対象的に動きやすそうなシャツとハーフズボンという()()ち。決して活動的とは言えない真っ白な肌が多めに露出している。(とし)は少年より少し上と言ったところか。

(こうやってクリスとルンが並んで本呼んでると………絵になるよねぇ……)

 リスティは次の本を手に取って開いてはみたが、本には目を通さず目の前の少年少女を眺めている。少年の金髪、少女の(ぎん)(ぱつ)が図書館内の淡い光に照らされて(きら)めくさまに見とれてしまう。

 少年の名はクリス=ボンジャノ。

 そして少女の名はルーン=ボンジャノ。愛称はルン。

 2人はリスティの弟と妹にあたる。ようするに海賊王ボンの子供たちである。

(それにしても……)

 2人とも普段はヒルダでの船上生活しているため、こんな風に一緒にいるのはリスティにとっては久しぶりのことである。だからリスティは2人の服装に少し不満があった。弟クリスの服装はまだわかる。若くしてウェルパ神の神官を務めている彼が常に純白のローブを着ているのは昔からの事である。ただ、リスティ的には妹ルンの服装は「無い」と思った。どうせ兄が動きやすい服を買い与えているのだろうけど、ルンに合うのはこう言う活動的な服装では無く、黒ゴシック風の服装が似合うとリスティは思っている。

 やはりあの兄に子供の世話は不向きだと再認識した。

「2人ともごめんね。せっかく陸に上がったのに調べ物ばっかりさせちゃって……」

「え?ううん、気にしないで。本好きだし、僕こんなに本がいっぱいあるところ初めてだもん♪」

「……私も」

 満面の笑みを返すクリス。そしてルンも無表情ながら賛同して(うなず)く。

「それなら良いけど……」

(ホントできた子たちよね、この2人………兄さんとは大違いだわ)

 心から楽しんでいるようで、古書から目を離さない2人をリスティは(ほほ)()みながら眺める。

(……それにしても暖かいわね)

 春先の暖かな日差しは目の前の妹弟だけでなく、もちろんリスティにも降り注いでいる。周りから好奇の視線は感じるが、目蓋が重くならずにはいられなかった。

(やっぱり誘拐なんてされたから………心身ともに疲れてるのかも……)

   ・

   ・

   ・

「り……てぃ」

 ん……

「………すてぃ。………リスティ」

「はっ……はい?どうしたの?」

 少し惚けていたリスティはルンに呼ばれていたのに気がつかなかった。もしかしたらちょっと寝ていたのかも知れない。

「……ここ。『世界を制する剣』の事が書いてある」

 ルンが古めかしい本の1ページをリスティに見せる。

「ん……旧世界の新聞をまとめたものみたいね。何々………『かねてより(うわさ)されていたUSA最新兵器”Sword rule the world”が一般公開される。新兵器の全容が明らかになった。これが混迷を極める世界情勢の救世主となりえるのか!?』………USAって言えば旧世界の新大陸にあったっていう軍事大国ね。なるほど、『世界を制する剣』は新大陸で作られたんだ」


 旧世界とは今より数千年前に栄えた人類社会の事を言う。

 一説によれば現在は未開の地である南大陸や西の新大陸を含む広範囲な地域で栄えていた文明だったらしく、現代の魔法とは異なる系統である『科学』と呼ばれる力を駆使して繁栄を(おう)()していたらしい。

 近年急速に研究が進んでいるが、まだまだ未知なる部分も多く、考古学上いま一番熱い分野だと言われている。


「新大陸って、ラウラ姉様のいるところだよね?」

 クリスも身を乗り出して新聞を見る。

「……ええ」

 西の新大陸は未開の地と言ったが、別に誰も住んでいないわけではない。人間族を中心に開拓村レベルで居住が進んでいる。しかし、それはこちらの大陸の人々からの視点の話であって、昔から新大陸で生活をしている種族もちゃんといる。そんな中には国を構成している者たちさえいる。

 クリスの言う『ラウラ姉様』とは、その新大陸にある国に現在住んでいるボンジャノ一家の四女のことである。

「じゃあ!じゃあ!ラウラ姉様に会えるんだ!ねっ?ねっ?」

「うん」

 クリスのはしゃぎようとは対象的に、答えたルンはいつも通りのポーカーフェイスだ。

「しぃー!クリス、あんまり騒がないでね。図書室だから」

「うん!」

 とりあえず騒ぐのは止めたが、今度はルンに抱きついて喜びを表現している。

 クリスに抱きつかれフラフラ揺らされているルンだが相変わらずの無表情だ。しかしリスティにはわかる。あれでもルンも結構喜んでいるのだ。

(クリスはラウラが大好きだもんねぇ………と言うかクリスに嫌いな人っていたっけ?)

 誰とでも仲良くなれるのはクリスの長所だ。そしてとても人を思いやる子だ。今もリスティの面倒な調べ物に自分から手伝ってくれているのだから。

 そんな事を思いながら、リスティは何故(なぜ)こんな調べ物をしなければならなくなったか。その原因について思い返していた。


それはここビツレスに帰還する前日のヒルダ船上での、兄のお願いから始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ