二幕 6
次の日の朝。
リスティは朝早くから長期旅行に出るような荷造りを始めていた。
昨夜、ルンの話を聞いて決心はついていた。
―――ヒルダに乗船することにした。
内心はまだ仇討ちなんかの手伝いをさせられてしまうことに抵抗はある。しかし、昨夜のルンのあんな気持ちのこもった話を聞かされて断れるはずがなかった。
それとザクジシャン教授の話もあった。教授の言うとおり、本気で2人を海賊家業から離れさせたいのなら、自分が汚れない場所から見ているだけではダメだと思った。
「そうよリスティ。見てるだけじゃダメ。本気でやめさせたいのなら自分から近づいて行って手をさしのべないと」
旅装束に着替えた自分の姿が映る鏡に向かって言う。それはまるで自分の内心を説得しようとしているかのように見えた。
「リスティ」
いつの間にか鏡の端にルンが映っていた。
「あ、ごめんごめん。もうみんな準備できたよね?」
「うん……」
ルンは昨日のラフな服装からは一転して、フリフリした飾りが多用された黒いドレスを着ていた。いわゆるゴシックロリータ風というやつである。
(やっぱりルンにはこういう服の方が似合うよね。どうせ兄さんは女の子の服とか買ってあげてないんだろうし、昨日のうちに私が買っておいてよかったわ)
自分のセンスの良さに満足げなリスティとは対照的に、ルンの表情はいつになく浮かない。
「ん?ルンどうしたの?もしかして、その服……気に入らなかった?」
「いいえ。服はとても気に入ってる。ありがとう……ただ……昨夜のこと、リスティには謝りたくて……」
「謝る?」
リスティは少し考えてみる。しかしルンが謝らないといけないような事など想像もつかなかった。
「えっと……何かあったかな?」
「……昨夜はリスティが断れないようなズルイ言い方してしまいました。そのせいでリスティが学院を休んでまでドラゴの手伝いをする事になってしまって………ごめんなさい」
頭を深く垂れるルン。
(なるほど……ね)
外見や生い立ちからルンは一見するとクールで冷たい者だと勘違されやすい。だが、実際は心優しい少女である。ただ感情表現が乏しく、下手なだけ。
昨夜の事も、普段なら絶対言わないような我が儘を言ってしまったと後悔でもしているのだろう。
「確かに、昨夜のルンは予想外に積極的に意見言ってきたもんねぇ~。綺麗な月夜だったからいつもより少しテンションが上がっちゃってたのかな?」
「……そうかも」
ルンが下を向いたまま呟く。
(しょうがないなぁ……)
「ルンが気にする事じゃないよ。ルン以外にも私の先生とも話し合った結果なんだから。今回、私が手伝うことにしたのは、別にルンが無理強いしたからってわけじゃないよ?」
リスティはそう言うとルンの頭を優しくなでてやった。ルンは上目遣いに姉の顔を伺う。
「でも――」
「それに私ね。結構嬉しかったんだ」
「?」
「みんなが私を頼ってくれてるってすごくよくわかったし。何よりルンの気持ちがよくわかってね。あんなにルンが自分の気持ちを伝えてきてくれたのって始めてじゃないかな?」
「……そ、そうかも……」
(う……わぁ……真っ赤になって俯いちゃって、かっわいいぃ)
目を合わせられないのか、一度あげた顔をまた伏せてしまう。リスティの顔にニヤリと意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「そ・れ・と。兄さんが『好き』っていうのは他の子には内緒にしておいてあげるね」
「そ……そういう意味じゃ―――」
「わかってる、わかってるって。昔からルンは兄さんが好きだったもんねぇ?」
「っ―――リスティは意地悪………」
「あはは、ごめんごめん。さ。みんなが待ってるから行こ!」
リスティは片手に荷物を、もう片手でルンの手を掴む。
ルンはまだ少し赤い顔のままで頷くと、しっかりと姉の手を握り返すのだった。
2人が下に降りると、すでに玄関には先生に頼んで呼び寄せてもらった馬車が待っていた。先に降りていたクリスは馬車を引く馬に興味津々の様子だ。首や顔をなでている。
ちなみにクリスにも、学院初等部の制服風のセーラー服を買ってあげたのだが、ウェルパ神の神官衣(ようするに白衣のローブ)を上から羽織っているので、昨日と同じカッコに見える。
「リスティ君。準備はできましたか?」
「あ、はい先生」
ちょうど教授が屋敷から出てきた。
教授には起床してすぐに決意を伝えてある。見送りに出てきてくれたのだろう。
しかし教授は何やら屋敷の戸締まりを始めた。
「えっと……先生。では行って参ります」
「うむ。休学の手続きなどは私に任せておきなさい。いつでも戻ってこられるようにしておこう。悪いようにはしないから」
「はい。よろしくお願いします」
一礼して挨拶も済ませると、馬車に乗り込む。リスティに続いてルン、クリス―――そして何故かザクジシャン教授も馬車の席につく。
「さて御者さん。よろしく頼みますよ」
教授の声に反応して、馬車がゆっくりと走り出す。
「あ、あれ?先生?どちらに行かれるんですか?」
「ああ。言っていませんでしたね。私も久しぶりに古い友人に会いに行こうかなと思いましてね」
「はぁ……でもこの馬車は……」
「私の事は気にせずヒルダへ向かえばよいです」
「は、はい」
(……あれ?私、ヒルダって名前を教えたっけ?)
不思議に思うリスティを尻目に、教授は隣のクリスと最近街で流行っている本についてのおしゃべりを始めてしまった。