(転)
「でも、どうやって捜せば良いんだ?」
僕は胸の前で腕を組み、考えた。
「捜さなくても向こうから現れるさ」
「どうして?」
すかさず優也が聞いた。
「口裂け女は、子供を狙うんだ。幼く新鮮な肉を手に入れる為に……だから昨日は中学生が狙われた」
「新鮮な肉……」
将太は直ぐにその言葉の意味が分かったのか、顔をしかめた。
「口裂け女は、子供の肉を食べる事で、裂けた口が元に戻ると信じているんだ」
「食べるんすか……」
優也も顔をしかめた。
「そして恐らく口裂け女は、理由は分からないが何十年もあの公園にいるようだ。きっとあの公園にある何かが口裂け女を閉じこめているんだろう」
「へぇ。何十年にしては、最近までずっと何もしないまま潜んでいて、急に子供を襲うなんて何か理由でもあんのかな?」
僕は矛盾を突きつけてやった優越感に浸りながらフライドポテトを囓った。
「確かに、今までにも夜遅くに僕達くらいの奴らが公園で遊んでいたのを見た事があるけど、何にもなかったな」
将太がテーブルに両肘をつきながら、僕が指摘した矛盾を更に強いモノにした。
その時、寺村が鼻で笑った。
「口裂け女が現れるのは、三日間だけだ。それも三年周期にな」
そう言いながら、寺村は、近くの椅子を引っ張り、それに座った。
「なぜ三年周期なのかは分からないが、三日間ってのは、口裂け女が整形手術に失敗して、苦悩の末に自殺するまでの期間らしい。それと今から三年前と六年前、九年前と、三年ごとにあの公園で子供が殺されたり行方不明になっているが、誰も一連の事件が繋がっているとは思わなかったみたいだ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ昨日現れたのなら、今日か、明日中に退治しないと次に現れるのは三年後か……」
優也が言った。
そんなに待ってられるか! 今日中に退治してやる。
僕の横で再び将太の指がノート型パソコンのキーボードを走った。
「何してんの?」
僕は将太の肩を持ちながら言った。
「口裂け女について調べようと思って。なにか情報があるかも知れないし……」
ノート型パソコンのモニターに映し出されているページが次々に進んでゆく。
その時、四人を包む静寂の中、一本の携帯電話のコールが鳴り響いた。
――寺村の携帯だ。
寺村は、間が悪そうな顔で舌打ちをしながら携帯電話を取り出した。
「じゃあ俺はここで。無茶だけはするなよ」
そう言い残すと、寺村捜査官は電話に出ながら足早に店を後にした。
――無茶だけはするなよ――って、普通止めないか?
だけど、口裂け女が今日、あの公園に現れるという事は分かった。後は倒せるのか……って、僕の中で口裂け女の存在がどんどんと現実味を帯びてきているのが少し怖い。
「コレを見てくれ」
将太の声で、僕は我に返った。
僕と優也は、示されたパソコンの画面を覗き込んだ。
「どれの事?」
優也が、急かすように聞いた。
すると、将太はモニターに書かれている内容を読み上げた。
「口裂け女は長い鋏や、出刃包丁、鎌、鉈、斧、メスなど複数の刃物を持っているとされ、人目の多い都会では、隠し持つことのできる鋏や鎌、メスなどが多く、田舎では出刃包丁や鉈、斧など殺傷力の大きいの凶器を好む。歯が百三十本生えており、子供を簡単に噛み殺すことができる」
「百三十本も歯があったら、簡単にかみ砕かれるな」
僕は冷静に言った。
「血の目立たない真っ赤な服をきている、血の目立つ真っ白い服を着ている、など服装に関する噂も多い。遭遇した時の対処法として、『ポマード』と三回言うと逃げると伝えられているのが一般的だ」
「コレと言った退治法はみつからないな」
「あったら、誰かが退治してるよ」
将太はあっさりと否定した。
「おい、何でお前がいるんだよ!」
イキナリ怒鳴り声で叫んだのは優也だ。
優也の視線の先には、僕達のテーブルから二つ離れた所でコーヒーを飲んでいる女の子がいる……
――同じクラスの島崎 清香、新聞部だ。
島崎は自分のテーブルを離れると、自慢のポニーテールをヌンチャクの様に振り回しながら、優也に食って掛かる勢いで迫って来た。
「休日のブレックファーストはココって決めてるの。悪い?」
「そんな事言っといて、どうせアキラを付け狙ってるんだろ?」
優也も負けじと食い掛かる。
「人聞き悪いわね! 証拠も無いのに勝手な事言わないでよ!」
二人が言い争っている隙に、将太は島崎が履いているコバルトブルーのスカートの後ろポケットから、片手に収まる程の小さな手帳を抜き取った。
「はいよっ」
と僕の手に渡された手帳には、走り書きで、僕達がさっきまで話しをしていた口裂け女の内容が所狭しと埋められていた。
「どう言う事だよ」
島崎は観念したのか、俯きながら一呼吸置くとゆっくりと口を開いた。
「わずか一週間で、劇的に変わったみんなのヒーロー、アキラ君の秘密を探ろうと思っていたら、面白そうな事を聞いたって訳」
「だったら、普通に聞いてきたら良いじゃないか。わざわざ付け回さなくても……」
「それじゃあ、本当のあなたを知る事はできないわ。それに、こんな面白そうな事は教えてくれないかも」
島崎は卑しい笑みをアキラに見せた。
「お前は、関わるな。もし本当に口裂け女がいたら無事では済まないかも知れないんだ」
「嫌よ。もう聞いてしまったわ。こんなビックなネタを前にして指をくわえて黙ってるなんて出来ない」
島崎は僕の目を見ながら力強く言った。
「聞き分けの無い奴だな」
優也が言った。
「あなた達に何て言われようと、私は私なりにやらせて貰うわ」
そう言うと、島崎は僕の手から手帳を奪い、一目散に店を出て行った。
「めんどくせー女」
優也は口を尖らせた。
将太は、ノート型パソコンの電源を切り、カバンに直した。
「で、マジで退治するのか? アキラ」
将太は真剣な表情で聞いてきた。
「あぁ。いなかったらそれで良いし、もしいたらこれ以上犠牲者が増えない様に退治するしか無いだろ」
「でもさぁ、本当にいるのかなぁ? 口裂け女なんて。俺、霊感とか無いぜ」
まだ、優也は半信半疑といった所だ。僕だって百パーセント信じた訳じゃない。
「どっちにせよ、今夜、お化け公園に集合して確かめようぜ。何にもなければガセ話って事だ」
将太が言った。
「ガセ話だったら、昨日の中学生を殺した犯人がまだどこかに居るって事か……」
優也は考え込む様に言った。
「まぁ、今は、口裂け女の事だけ考えよう。今夜の八時にお化け公園前に集合だ」
と僕は言った。
昨日、中学生が襲われた時間帯だからだ。
「わかった」
優也と将太はそう答えると、席から立ち上がった。
その時にタイミング悪く、モクドネルデの店員が、優也の肩にぶつかりお盆に乗せていたコーヒーが地面に黒い水たまりを作った。
「すいません、大丈夫ですか? 直ぐに布巾をお持ちしますね」
女性店員は申し訳なさそうに一礼をし、布巾と取りに向かった。
「大丈夫か? 優也」
と言う僕の問いに
「別に掛かっても無いぜ」
と優也は答えた。
しばらくすると、店員が現れ、優也の無事を確認すると床をモップで拭き始めた。
僕は何気なしに女性店員の胸元に光る名札に視線を向けた。
――『松之宮』
豪華な名前だな、僕なんて『田中』だぜ……
一番乗りで僕はお化け公園の前に到着した。
すると、公園の入口で立哨している二人の警察官を見つけた。
どうやら、不審者が現れないよう、また、現場を荒らされないように見張っているのだろう。
だけど、こんな所に居られると邪魔だ。きっと追い払われて中には入れてくれないだろう。
僕は仕方なく、嘘を付く事に決めた。
「大変だっ! 向こうのゲームセンターで男が刃物を振り回して、人を刺そうとしてる!」
「何だって!?」
驚く警察官。
「早く行かないと大変な事になるよ!」
頼む、二人とも行ってくれ……
「よし、わかった」
その時、もう一人の警察官が戸惑いを見せた。
「ここの警備は良いんすか?」
「それどころじゃないだろ。少しの間居なくても何にも無いさ」
「わかりました」
そう言うと、二人の警察官は、近くに停めてあった自転車に乗り去っていった。
「馬鹿な奴らだ」
と言いながら僕は胸をなで下ろした。
辺りはすっかりと夜の闇に包まれている。静まり帰っている公園を見ながら一人でいると、まるで肝試しをしている様な緊張感が込み上げてくる。
勢いよく口裂け女を退治すると言ったモノの、時間が経つに連れ怖く感じてくる。
それでも、僕を勇気づけていてくれる水晶玉の御陰で何とかココにいる。
自転車のベルを鳴らしながら現れたのは将太だ。
「お待たせ」
その肩には相変わらずノート型パソコンが入っているカバンが掛けられている。
「お前そのカバン重くないか?」
「いつ必要になるか分からないだろ」
そう言いながら僕と将太が来た道に視線を向けると、自転車に跨った大きな影が近づいてくる。
シルエットだけで判断しろと言われるなら、まるで「ガンダム」だ。
序々に近づく影が、外灯に照らされた。
――優也だ!
バイクのヘルメットにフットボールのアーマーを装備し、自転車には鉄バットが刺さっている。そして、その手には、無数のお札が握りしめられていた。
「それ、兄貴に借りたんだろ?」
と将太は半分しらけた感じで質問した。
「まぁね。それに、こんだけお札があればどれか一つは効き目があるかも」
と満面の笑を優也は返した。
その言葉に僕は何故か笑ってしまった。釣られるように将太も手で口を押さえながら笑った。
「よし! じゃあ入るとしますか」
僕は覚悟を決め、気合いと共にお化け公園の出入口を跨いだ。
途端に、体に違和感が襲った。公園の外と空気がまるで違う。
――重く、なま暖かい……
昨日、優也を助けに来た時とは明らかに違う。
空を見上げても、出入口以外を囲む様に並んでいる大きな木の枝や、だらしなく生えきっている葉っぱのせいで何も見えない。
暗闇の中に、たった一つの外灯が力なく寂しそうに公園を照らしている。
僕達は、塊ながらゆっくりと、公園の中央にある滑り台の下へと向かった。
途中の床に、人の形をしたテープが貼られている。
どうやら、昨日の中学生の遺体の型なのだろう。
早鐘の様に全身に鳴り響く心臓の音を感じながら、辺りに視線を忙しなく巡らせる……しかし何も無い。
周囲に視線を巡らせど、見えるのは薄暗い公園と錆びれた遊具のみ。
結局ガセだったのか……と、落胆と安堵が綯い交ぜになったかの様な溜め息が僕達の口から一斉に吐かれた。
「チェっ、あの男に一杯食わされたな」
優也が、お守りの塊を握りしめながら言った。
優也の奴、明らかに恐怖感に襲われてるじゃないか……
その時、将太の声が聞こえた。
「あっ……」
途端に優也は、体をビクッとさせ、持っていた鉄バットを構えた。
「どうしたんだ? 将太」
僕は出来るだけ平静を装いながら凍り付いた様な表情の将太に聞いた。
「あそこ……」
そう言いながら、将太は、公園の一番隅にあるブランコを指差した。
そこには、赤いワンピースのような服を着た、髪の長い女が一人で立っていた。
途端に、背中に冷たい汗が流れた。
何をする訳でもなく、どこを見る訳でもなく、ただじっと闇夜の中で佇んでいる。
僕達は、滑り台の影に身を潜めた。
外灯の光に照らし出された女の顔には、ハッキリと白いマスクが着けられていた。
どう見たって、人間じゃない……生気が感じられない。それに、女の周りだけ空間が歪んだように見える。
間違いない。
――口裂け女だ!
「あいつ、俺達の事に気付いてないみたいだ」
優也は、女に聞こえないように小声で言った。
「どうするんだ? アキラ」
将太も小声で、僕に向かって言った。
「わからない。一気に攻めるか……?」
さっきに増して、息が出来なく成りそうな程、心臓の鼓動が激しくなってくる。
いきなり将太が僕の肩を叩いた。
「おい、アキラ! あそこ……」
将太の視線の先に目をやると、新聞部の島崎がデジタルカメラを片手にし、今正にお化け公園の出入り口を跨ごうとしているところだ。
「ダメだ! こっちに来るな!」
と僕と優也と将太が必死に声を掛けるも、口裂け女を警戒しながらの小声では、島崎の耳には届かない。
「あいつ、口裂け女に気付いてないぜ」
優也は苛立ちを隠せない様子だ。
僕達の苦労も虚しく、とうとう島崎は入って来てしまった。
次の瞬間、島崎の足下で、小枝が折れる音が鳴り響くや否や、口裂け女が島崎の方へ顔を向けた。
「マズイ!」
優也が声を殺しながら叫んだ。
口裂け女がゆっくりと島崎に近づいてゆく。
さすがに、ただならぬ妖気に気がついたのか、島崎が口裂け女へ振り返った。
そして、口裂け女は、島崎に何かを喋っている様だ。
白いマスクに手を掛けた口裂け女が、ゆっくりと、そのマスクを外すと、島崎の恐怖に満ちた悲鳴が鳴り響いた。
「く……くち!」
優也が目を大きく開き、叫んだ。
言われなくても、見えてるさ……あの大きく裂けた口が!
やってやる!
僕は、ズボンのポケットから水晶玉を取り出すと、大きく空に掲げ気合いを入れた。
すると、強烈な閃光が水晶玉から発せられると同時に爆発しそうなくらいの力が溢れ出してきた。
僕は、拳を思いっ切り握りしめ、地面を蹴り撥ねた。
光と共に、口裂け女の頬にアキラの拳が直撃したや否や、口裂け女は後方の木に背中から激突した。
だが、その表情には一切の苦痛が感じられない。
舌打ちをするアキラの脇で、腰を抜かし地面に座り込んでいる島崎が放心状態でいた。
「危ないから、アイツらと一緒にこの公園から出ろ」
アキラの掛け声で、正気に戻った島崎は、優也と将太の元へ走った。
「よこせ……それをよこせ」
口裂け女は、そう言うと懐から、刃渡り五十センチ程のハサミを取り出し、アキラに見せびらかす様に開閉させた。
――ハサミ!?
その時に、僕の脳裏で、将太のパソコンで見た『中学生の首の切断面に不可解な謎…?』の記事が浮かび上がった。
――「お化け公園で殺された中学生の検死解剖で不可解な事が判明した。中学生の首の切断面は、両サイドからほぼ均等な力で切断されているようだ。今までの事件では必ずと言って良いほど一方方向から、何回にもかけて体の部位を切断しているのに対し、今回の中学生は、恐らく一回で切断されている事になる。その証拠に、何回にもかけて斬られている今までの死体と比べて、切断面が余りにも綺麗との事」
今謎が解けた……ハサミだったんだ。
次の瞬間、口裂け女は、凄いスピードでアキラに接近し首に狙いを付け、ハサミを開閉した。
しかし、ハサミは、アキラの頭上で空を斬った。
石をも真っ二つにしてしまうくらい切れ味が良さそうな音が鳴り響く。
間一髪、体勢を低くしハサミを避けたアキラは、がら空きの口裂け女の腹に何十発ものパンチを放った。
水晶玉の力で、パワーアップし、加速力が増したパンチが無数の爆発音と共にめり込んでゆく。
まるで『マシンガン』だ。
トドメにアキラは、口裂け女の顔面へ回し蹴りを放った。
衝撃と共に口裂け女の顔から火が噴いた。
だが、口裂け女はビクともせずに、顔をゆっくりとアキラの方へと向けた。
「うそ!? 効いてない」
とアキラが言った時に、口裂け女が振りかぶった大きなハサミがアキラの後頭部を弾いた。
目から火花とはこの事か……だが、これで済んだ事自体が奇跡なのか。いや、水晶玉のお陰かもしれない。
お化け公園の出入り口の外で、優也と将太、島崎の三人はアキラの勝利を願い見守っていた。
「俺達、結局何の役にも立ってないな」
優也が言った。
「あぁ、そうだな」
その時、島崎は持っていたデジタルカメラで、アキラの激闘ぶりを写真に納めようと身構えた。
だが、それを優也は取り上げた。
「何するのよ!」
「こんな時に普通やるかぁ?」
「こんな時だからでしょ!」
優也の手からカメラを奪い返した島崎は、シャッターを切った。
口裂け女は再びアキラ目掛けて大きなハサミを振り回した。
来た! っとバカリに、アキラは一気に間合いを詰めハサミの遠心力をかき消した。
回転しているモノは、軸となるモノに力を加えれば回転力、すなわち遠心力が失われるからだ。
そのまま、大きなハサミを奪い取り口裂け女を蹴り飛ばした。
アキラは、初めて手にした大きなハサミに驚きながら刃を開閉させて、口裂け女を睨み付けた。
「反撃開始ぃぃぃぃっ!」
飛び掛かったアキラのハサミが口裂け女の額を捕らえた。
体勢を崩した所へ、トドメの一撃をお見舞いした。
ハサミを開閉させず心臓目掛け突き刺したのだ。
初めて痛みに悶える口裂け女の悲鳴が木霊し、大きく開いた口からは無数の鋭利な歯が顔を出した。
「こんなんに噛まれたら一溜まりもないぜ」
だがその時、口裂け女の悲鳴が笑い声に変わっている事に気付いた。
「冗談だろ?」
僕は全身の鳥肌が立ったかのような感覚に襲われた。
口裂け女は、笑いながらゆっくりと立ち上がると、自分の手で胸から大きなハサミを抜き始めた。
ステンレスに肉と血が染みつきビチャビチャとした音が不快に聞こえる。
余りの不気味な光景に後退りしたアキラ。
全てのハサミを抜き取ると、口裂け女の胸の傷がみるみる内に塞がった。
そして何もなかったかのようにアキラに不気味な笑みを投げかける。
「やっぱり、あの寺村って人が言ってた通り不死身なんだ」
僕は唾を飲み込もうとしたが喉がカラカラに乾いてしまっている。
勝てるのか?……いや、賽はもう投げられた……
勝つか、負けるかだ!
口裂け女の大きく裂けた口がゆっくりと開いた。
「お前のもっている水晶玉を私にくれないか?」
「嫌だ! やるもんか」
アキラは即答した。
「ならしかたない……」
そう言うと、口裂け女の手に握られている大きなハサミが、みるみる内にその姿を変えてゆく。
何が起こっているのか分からずに呆然と立ち尽くすアキラ。
ハサミはその姿を変え、大きな斧へと変身した。
その大きさは小学五年のアキラの身長と変わらない程だ。
「そんなモノっ!」
アキラは再び襲い掛かった。
電光石火の如く、光を纏った拳を突きこむ。
しかし、アキラの先手は虚しくも斧の刃の平たい部分で受け止められた。
次の瞬間、口裂け女の大きく開かれた口がアキラの顔を覆い尽くそうとしていた。
約百三十本の鋭利な歯に噛まれればタダでは済まないだろう。
恐ろしいスピードに、アキラが気付いた時には、無数の鋭利な歯が粘液の濃い涎に塗れ、目の前で怪しく光っていた。
「ヤバイっ!」
この一噛みで僕は死んでしまう!
でも体が動かない!
優也達の目の前で、馬鹿でかく広がった口裂け女の口がアキラの肩口まで覆い隠し、今正に噛み砕こうとしている瞬間だ。
「キャャャャぁぁぁぁぁっ!」
「あきらぁぁぁぁっ!」
三人は大声で叫んだ。
その時、空を覆いつくしている木々の間を一筋の光の柱が突き抜けた。
両手で目を覆っていた島崎が、ゆっくりと手を降ろすと、衝撃的な光景が見えた。
口裂け女の頭の先から光の柱が突き抜けていた。
白目を向いた口裂け女が断末魔を残すことなく、崩れ落ち、拳を高々と揚げ、息を荒くしているアキラの姿が現れた。
「やった、ヤッタぞ! 口裂け女を倒したぞ!」
アキラの歓喜の叫びがお化け公園に響き渡った。
その姿に、公園の出入り口でアキラを見守っていた三人が喜びの声を挙げながら走ってきた。
「アキラ、マジすげーよ!」
と目を輝かせる優也。
「でも、今の光の柱をどうやって出したんだ?」
と将太が聞いた。
「分からない。気が付いたら出してたんだ」
島崎は、倒れている口裂け女の下へ恐る恐る近づいた。
大きな穴が開いた頭から、口の中が見える。
かなりグロテスクな状況だが、島崎はカメラの電源を入れた。
カメラのモニターを見ながら、ベストショットなアングルを模索してゆく。
島崎は、何気に違和感に気付いた。
――目がこっちを向いてる……
「ぎゃゃぁぁっ!」
島崎の悲鳴が聞こえた。
アキラ達が振り返ると、死んだはずの口裂け女が島崎の首を片手で握り締め、持ち上げていた。
そして、四人の目の前で穴の開いている頭が閉じてゆき、傷ひとつ無くなった。
「やめろ! 狙いは俺だろ! 島崎を放せ!」
「お前の持っている水晶玉と交換だ」
「くそっ」
歯を食いしばるアキラ。
どうする……? 渡す……か。
でも、水晶玉を渡せば、もう口裂け女には太刀打ちできなくなる!
でも見殺しなんて出来ない……
アキラの額から、大粒の汗が流れた。
口裂け女はニヤリと不気味な笑みを浮かべている。
その時、金属音が公園内に響いた。
顔を歪める口裂け女。
なんと、後ろに回りこんだ優也の鉄バットが口裂け女の顔面を捉えたのだ。
衝撃で手の力が緩み、島崎が地面に倒れる。
すかさず将太が島崎を引っ張り出した。
「やれーっ、あきらぁ!」
将太が叫ぶ。
「言われなくても。 コツは解った、もう一発やってやる」
パンチを溜めるアキラの拳から強烈な閃光が発せられ、瞬時にその光は拳の中に消えた。
「くらえぇぇっ!」
アキラが突き出した拳から放出された光の柱が口裂け女の腹を貫いた。
そのまま、光の柱は公園の四隅に設置されている灯篭の一つを木っ端微塵に吹き飛ばした。
石や砂が飛び散り、灯篭の面影も無くなってしまった。
「やっべぇ」
その光景を目にした口裂け女が高らかに笑い声を上げた。不気味な女の声だ。
「これで私は自由……やっとこの牢屋から出れる」
「何だって!?」
アキラの声に耳を傾ける事なく、口裂け女は一目散に公園から抜け出し夜の町に消えた。
「どうすんだよ……あきら」
力無く崩れ落ちる僕の耳には、誰の声も聞こえて来なかった。
――退治どころか、封印を解いてしまった。しかも不死身だ……どうすれば良いんだ。
つづく