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短編集 詰め合わせ

俺はヘッポコ霊媒師

作者: 忍者の佐藤

 俺はヘッポコ霊媒師。

 いつもは冴えないフリーター。副業 兼業 霊媒師。

 見てくれだけは霊媒師。ところが中身はヘッポコピー。

 霊は見えるが降ろせない。声もろくろく聞こえない。

 成功したのは一度だけ。ヤクザの事務所からの依頼。

 思い出したくもない あの日。



「組長の遺言聞きたい」と 

 おっしゃる こわもて若頭。

 しくじる事は許されない。やるしかないぞ霊媒師! 

 お願い組長降りてきて! 

 すると組長降りてきて、降霊 成功 霊媒師。

 やったぜ 

 それは ぬか喜び。

 なんと組長

 in霊媒師 若頭さんをひっぱたく。

 俺の人生終わる危機

 命からがら逃走し、素足で引っ越し身を隠し、ほとぼり冷めるを待つ余命。



 新たな依頼はそんな時、知らぬ村からきた手紙。

 ところ石川、名は『真白(ましら)』村。

 読めば詳細 書いていない。


「手紙で詳細 話せない。とにかく来てくれ。100万円(報酬(ほうしゅう))」


 いかにも怪しいその依頼。普通であればお断り。

 しかし俺は隠居の身。生活 困窮 霊媒師。


 金に釣られた霊媒師。怪しい依頼を受けに行く。



 ***



「11月3日12時に、石川駅まで来てください。あとは車で送ります」

 手紙に書かれていた通り 石川駅へと到着す。

 ホントに来るのか依頼人? 帰りは払えぬ電車賃。

 ソワソワしながら霊媒師 不安な気持ちで待ってると

「廣岡先生ですね」

 と一見普通のおじいさん。

 しかし目のクマひどいひどい。理由を聞いても答えない。明らかに何か隠している。

 最早そそくさ帰りたい。

 車に乗れと(うなが)され、不安はさらに加速する。

 車があまりに古すぎる。軽く五世代前のもの。

 走る棺桶 目前に さすがにためらう霊媒師。

 しかしなかば強引に、背中を押されて車内へと。

 車の中では

 無言。

 無言。

 無言。

 帰りたい。


 俺の不安を絵にかくように、

 車は山奥 山奥 山奥へ

 ずいずい ずいずい 進んでく。


 車で走って約2時間。トンネル 鳥居を 4つ抜け

 車は村へと到着し、車を降りれば明治初期。

 タイムスリップしたのかと、茅葺(かやぶき)屋根(やね)が立ち並ぶ。

「村長に 今から会ってもらいます」

 真顔でおっしゃる おじいさん。

 俺は緊張 隠せない。

 通された、ひときわ大きなお屋敷の、客間の一室20畳。

 両脇固める老人たち。恐らく村の有力者。

 正面奥には村長が 暗い視線を投げてくる。

 完全 場違い 霊媒師。今すぐ背を向け帰りたい。

「座れ」と促す村長に、気圧され座る部屋の中。

 八方 眼差し 突き刺さる。


「よく来てくれたな、霊媒師」


「いえいえ! それで依頼とは?」


「『マシラ』という名の化け物を なんとか退治して欲しい」


「いやいや私は霊媒師。化け物退治は専門外」


「それは分かっていますとも。今は(わら)にもすがりたい」


「……マシラというのはいったい何?」


 村長は

 しばらく沈黙したあとに、鉛を噛みしめるかのように 話しはじめるゆっくりと。



「昔々その昔、マシラと言う名の怪物が、

 この山間(やまあい)へと住み着いた。

 一番巨大なクマよりも

 遥かに大きなその体躯

 猿より軽い 身のこなし

 人より更に狡猾で

 マシラはたびたび人喰らい

 山神として君臨す。

 神を恐れた村人は

 年に一度に生娘を

 マシラへ差し出す風習が

 長く長く続いていた。


 時は進んで大正に、

 一人の猟師がやって来て

 深手を負いつつその猟師

 残忍無比のその神を、

 マシラを退治したのです

 村には平和が訪れた


 ……先月の、あの日の夜までは。


 神社で豊穣祝う日に

 奴はふたたび現れた。

 月がたっぷり上る夜

 村人集まるその晩に

 奴はいきなり現れた。

 その風体は異様なり。

 腐臭を放ち

 ウジ集り

 皮は剥がれ落ちている。


『次ノ満月ノ夜マデニ、生娘ヲ一人用意シロ』

 マシラは恐ろしい声で言う。

 抵抗しなかったワケではない。

 マシラに向かって発砲し

 複数銃弾 命中す。

 しかしマシラは立ったまま

 かすり傷さえ負っていない。

 マシラはたちまち襲い来て

 猟師をもろとも食い殺し

 山へと去っていったのです」



 あまりのヤバさに声も出ない。そんな化け物、手に負えない!


「そこでお願いしたいのです」


「ななななななな 何をです……?」


 どもって どもって 霊媒師。

 なんとかかんとか声を出す。


「大正時代にやってきた、マシラを倒したその猟師、降霊させて頂いて、マシラ退治を願いたい」


 これは困った霊媒師。

 俺は出来ないそんなこと。

 聞けば件の猟師さん 退治後すぐ村 去ったもよう。


 俺が 確実に出来る事たれば 

 その辺の 漂う霊を捕まえて 話を聞いてあげるだけ

 ヘッポコ ささやか 霊媒師。


 いないモノはしょうがない。

 いても降霊出来やしない。

 この真白村で 既に俺に出来ることは無い。


 断ろう。 今なら命は無事なはず。


 その時部屋のふすま()き、一人の少女が入り来る。

「この子が今回生贄に みずから なった 椿(つばき)です」


 着物姿のその少女、可憐な出で立ち 白い肌、 

 艶のある髪 たなびかせ 伏し目がちに 歩いてき、

 手招きをされ 村長の 

 隣にゆるりと正座して 深々俺に頭下げ

「廣岡先生お願いです。マシラを退治してください」


 無理無理無理無理 絶対無理!

 例えどんなに言われても どんなに金を積まれても

 我が命には変えられない。

 しかし困った霊媒師。流れが やばいぞ 断れない。


「しかし村長 なぜ私? 私は名もなき霊媒師。有名 有能 霊媒師 他にもたくさんいたはずじゃ?」


 すると村長首を振り ため息混じりに呟いた。

「名のある猟師も雇ったが 命惜しさに逃げ出した。

 霊媒師 他に頼ったが 降霊 一切 不成功」


 うんうん わかった 要するに

 俺は単なる消去法。

 分かっていたけど がっかりだ。



「頼む先生この通り

 明日が約束 満月の

 夜で この子は生贄に

 連れ去られれば命なし

 絶望の中で死待つのみ

 嬲られ 犯され 苦しんで

 死ぬまで 慰みものになる」


 戸惑う俺に村長が 頭を下げて深々と

 一気に追い打ち掛けてくる。


 成功すれば百万円 失敗すれば(むご)たら死

 ヘタレの俺は迷い中

 ふと見た生贄 椿ちゃん

 気丈に振る舞う その顔に

 ふつふつふつふつ 沸々と

 込み上げるのは 正義感

 村守るために この少女

 年端(としは)もいかぬ この乙女

 命を捨て去る覚悟なり。


 可憐(かれん)不憫(ふびん)なその姿

 霊媒師の胸 強く打つ




「分かりました任せなさい」

 勢い任せの霊媒師 胸を叩いて堂々と

 重責ホイホイ背負っちゃう。



 たちまち部屋を 歓声が 覆って俺は取り返し

 付かぬを 今更知りました。



 ***



 俺はヘッポコ霊媒師。霊は見えるが降ろせない。

 日も暮れ とっぷり 夜になり

 用意をされた自室にて 頭を抱える霊媒師。


 何度も何度も試したが 『マシラ殺し』は 降りてこない。

 何度も何度も試したが 体力尽きかけ 霊媒師。

 このままいけば 殺される。俺も少女もエサになる。

「任せろ俺に」と言ったけど 根拠の(たぐい)皆無(かいむ)だし

 どうすれば 良いか分からずに 大きなため息 霊媒師。


 いっそ逃げてしまおうか 心の悪魔が囁いた。

 いやいや しかし霊媒師 言ったんだから やるしかない。


 それはそうだがこのままじゃ 犠牲者二人に増えるだけ

 それで良いのか霊媒師? ここで死ぬのか霊媒師?

 悪魔の誘惑 振り切れず、 

 逃げたい気持ちが 強くなる。


 揺らぐ心の霊媒師。それに付け入る甘い声。

 お前ひとりに何できる? よせよせ止めとけ霊媒師。

 まだまだ死にたくないだろう?


 確かに俺は まだ生きたい。このままいけば死ぬだけだ。

 無駄死にだけは したくない。


 俺は欲望 振り切れず そっとフスマを開けて見る。

 外は 中庭 橙色(とうしょく)の ぼんやり光の (とう)(ろう)が 

 一つ二つと 見えるのみ

 しんと静まる廊下には

 人の気配は 特になし


 俺の心は揺れ動き 逃げるは今ぞと ざわめいて

 俺は荷物をひとまとめ わが身かわいさ 手伝って

 そろりそろりと 部屋の外

 抜き足 差し足 忍び足

 済まぬ村人  椿ちゃん 

 やっぱり俺には 無理そうだ


「廣岡先生 どこ行くの?」

 後ろからふいに声がして あわてふためく霊媒師。

 振り向くと なんと椿ちゃん。


「トイレ トイレ トイレです」


 必死に言い訳 霊媒師。


「リュックを背負って トイレに行くの?」


「野糞 野糞 野糞 です!」


 汚い言い訳 霊媒師。


 その時気付いた霊媒師。

 月に照らされ その顔に 両目に伝う なみだ筋。


「泣いていたのか椿ちゃん」


「ううん違う、泣いてない」


 必死に ごしごし目をこすり 涙の跡を隠そうと 

 健気に 笑顔で 俺を見る。

 いくらこの俺 ヘタレども、

 感じる 少女にシンパシー。


 怖くて怖くて たまらない。

 辛くて 眠れず 外に出て

 たまたま俺と遭遇す。


 唇噛みしめ 霊媒師。

 それでも逃げるか霊媒師?

 ここで退くなら後を()く 後ろめたさと やるせなさ。

 ここで賭けるかその命?

 負けるとしても 死ぬとても

 退けぬ戦があるのなら、この身を投じる 男なら。

 怖い、怖いが霊媒師、

 二の足 踏んで とどまって

 少女の肩に 手をやって


「お前を絶対死なせはしない」


 根拠はないけど霊媒師 

 腹だけ それだけ 決まったよう。



 ***



 時計は既に丑の刻

 裸足で 飛び出し 門の外

 必死に 霊を 探し中


 確かに猟師の霊はいない。

 おそらく成仏済みだろう。

 しかし この村 探すなら 

 当時を知る霊 いるはずだ。

 ただ

 当時を知る霊 いないなら

 マシラと戦うことできる

 強い 怨念 亡霊を

 どうにか探して スカウトだ。



 俺も端くれ霊能者。必死に呪文を唱えだす。



「すいませーん、後でなんでも言う事聞くんで、あの、どなたかマシラの情報を教えていただけないでしょうかー」



 霊に向かって言う事を なんでも聞くと言うなんて どう考えてもリスキーだ。

 そうはいっても霊媒師。なりふり構っていられない。

 誰でもいいから 寄って来い!



「あ、そこの青年よいよいよい!」

 威勢の良い声 どこからか 俺の方へと飛んでくる。

 (まなこ)をこらせば 向こうから 

 じゃりじゃり じゃりじゃり 音立てて

 足無き 影無き サムライが 俺の方へと進み来る

 やったぜフィーッシュ! 霊媒師。

 なんか 強そうなの釣れた!


「あ、我は 我は 我こそは、

 我が名は 八重山(やえやま) (はっ)(とう)(さい)

 その名を伊勢崎 2万石  端から端まで 轟かせ

 我に 敵なし 比類なき  天下無双のサムライよ」


「八刀斉さん 助けてください」


「なんでもするとは本当か?」


「本当ですとも、はいはいはい」


「それなら我は風呂が良い 風呂に入るを所望する」


「風呂ですか?」


「あ、我は人斬り八刀斉 泣く子も黙る 剣豪よ

 しかし最後はあっけない 入った風呂が熱すぎた。

 耐えきれなかった心の臓。 我はそのままあの世行き」


「ダサい」と 喉まで出かかるが ここは抑えろ 霊媒師。


「物の怪退治を任された 私は雇われ霊媒師。あなたの力を貸してほしい。さすれば願いを叶えましょう」


 サムライしばし間をおいて (あご)をさすって考える




「ちょいと そこの あなた方」


 見れば貴婦人 上品な 

 出で立ち ふるまい ご令嬢?

 着ている着物も 物が良い。


「『何でもする』とは本当で?」


 またまた 来た来た 幽霊が! 

 捨て身の作戦 功奏す。


「ええ ええ はい はい ホントです。 なんなり私に お申しを」


「それなら私の手作りの 料理を食べてくんなまし」


「そんな ことで良いのです?」


「私の名前は『津村(つむら) (すい)』 

 実は私は駆け落ちし 

 許されぬ恋に身を投じ 

 愛する人との生活を 

 送ろうとしたその矢先 

 私の料理を食べた彼 

 あまりの不味さに死んだのです」


「死んだの!?」


「私 箱入り娘の お嬢様 

 それまで料理を作ったり 

 したこと一度も無かったの。

 それでも彼に手料理を 

 美味しい美味しい手料理を 

 食べさせ一言『美味しい』と 

 言われることが夢だった」


 彼女は じっくりじっくりと 俺の顔いや俺の目を しっかり見据えて 続け出す。


「何でもしてくださるならば 

 私の料理を 食べたあと 

 たった一言『美味しい』と 

 笑顔で言ってくんなまし」


 これは困った霊媒師。風呂とは難易度 桁違い。

 例えマシラに勝ったって 料理を食べて中毒死。

 それは 勘弁 霊媒師。




「ちょっとあんた 霊見える人?」


 俺が手を組み うんうんと 唸っていると後ろから 

 作業着青年 進み来る。 

 先ほど二人と 様子が違う。


「もしかしてあなた 生霊か?」


「やっぱり分かるか 霊能者! 俺の名前は『(すみ)(ひら) たかし』 今はしがない期間工。ちょっとヘマして 死にかけた」


「死にかけた その 理由とは?」


「俺の靴下 死ぬほど くさい」


「え?」


「ある日俺は悪魔との 契約交わしたその日から 死ぬほど靴下におい出す」


「……くさいと言ってもどの位?」


「うっかりニオイを嗅いだ俺 現にこうして死にかけて 自分の身体を探してる」


「寄るな」


「ひどい!」




 集まったのは三人で そのうち二人は戦えず これでマシラに勝てるのか?

 ふとした瞬間 その時に 俺は何かを閃いた。

 いや待て 待て 待て ちょっと待て。

 ひょっとしたなら ひょっとする。

 これならマシラに勝てるかも。 勝機はあるぞ 霊媒師!



 ***



 決戦当日 霊媒師。

 食事も 喉を通らずに

 今朝から何度も嘔吐して 下痢も止まらぬ霊媒師。

 何度も 何度も 思ったさ。

 今すぐ 裸足で 逃げようと。


 それでもマシラを倒すため

 料理を作って汗をかき

 外を走って汗をかく。


 脳裏に 浮かぶは 椿ちゃん

 気丈なふるまい その涙。

 俺とて男、男なら 

 退いてはならぬ それが今。


 それに俺は 一人じゃない。

 一人の名うてのサムライと

 殺人料理の未亡人

 靴下くさい 期間工


 この三人が一緒なら マシラも倒せる そのはずだ。



 ***



 夕闇 沈む 紫に

 不気味に染まる その頃に


 神社の境内 生垣に 身をひそめるは霊媒師。

 この神社の境内が 

 生贄渡す その場所で

 既に少女と貢物(みつぎもの)  石段登って やって来て

 赤く敷かれた布の上  座って 黙って マシラ 待つ。

 もし もし 俺が このままで マシラが出ても 出て行かず

 少女を見殺し するならば 俺の命は助かって 逃げおおせるかもしれないな。

 いかんいかん!と (かぶり)振り、 邪念 払うは霊媒師。


廣岡(ひろおか) よい よい よい よい よい!」

 俺を呼ぶ声 サムライの 自称人斬り 八刀斉。

「この期に及んで なに迷う? 我こそ天下の八刀斉。 (あやかし)なんぞ こざかしき。 我が両断してくれる」

 そうだ この後 このサムライ、 俺の身体に憑依(ひょうい)して

 マシラと戦う その予定。

 しかし本当(ほんと)に出来るのか?

 土壇場(どたんば) 不安な 霊媒師。

 そもそも本当(ほんと)に このサムライ 自分で言うほど 強いのか?






 その時 にわかに 黒き雲 

 空を覆って 月隠す。

 ざわめき出すは森の木々

 そのあと虫すぐ 鳴き止んで


 不気味に かすかに 聞こえるは

 低く 小さな 唸り声

 木々を左右になぎ倒す 

 きしむ 乾いた 木の 悲鳴

 今まで 感じたことも無き 

 邪悪な 邪悪な 怨念の

 気配が 境内 覆いだす。


 陰る 境内 その中で 

 白き装束 身にまとい 白粉(おしろい) 塗った生贄の 

 祈る姿が 目に入る。


「来るぞ」 と 短く サムライの 声の響きは いや低く

 俺はこぶしを握り締め 今か今かと それを 待つ



 雲間に隠れた月のぞき 沈沈(しんしん)と照らす満月の 光を遮る 何者か。



 神社の屋根に いる何か

 猿と思しき 風体で

 されどあまりに 巨大なり

 氷のように 冷ややかに、

 両目光るは 血の如く



 俺はこの時 村長の あの説明を思い出す。

【一番巨大なクマよりも 遥かに大きなその体躯

 猿より軽い 身のこなし 人より更に狡猾で

 マシラはたびたび人喰らい 山神として君臨す】



 まごうこと無き その姿


 妖 

 物の怪 

 忌まわしき 


 山の神たる マシラなり。



 充血した目は 境内を ぐるりぐるりと 見渡して

 巨体で いとも簡単に 生贄前に 飛び降りた。


「ワシノ イトシノ 花嫁ヨ 

 死ヌマデ カワイガッテヤル」


 低く 響く その声は

 風が 大地を 薙ぐごとし。


「マシラ様 ああ マシラ様 私もお待ちしてました」


 震える声で 椿ちゃん マシラに笑って みせている。

 計画といえ その度胸 俺は 驚嘆するばかり。


「デハ 行コウゾ ハナヨメヨ」


「お待ちください マシラ様」


 マシラの腕が 少女へと 伸びて掴む 寸前に

 少女は声を 振り絞る。


「お腹が空いて いるでしょう? 先にこれを おあがって」

 少女が震える手で指すは 鍋に入った 釜めしだ。

 作った人は俺だけど しかしレシピは津村さん。

 人を殺した その味を 必死に再現 霊媒師。


 マシラに 効くとは限らない。

 やってみないと分からない。


 マシラは鍋を前にして じっと ちっとも動かない。

 気付かれたのか? 霊媒師

 しかし俺 今できるのは 上手くいく事願うのみ。


 その時マシラが手を伸ばし 鍋の釜めし一掴み

 二口 三口 口にのせ

 四たび 五たび 咀嚼(そしゃく)する。


 馬鹿め マシラめ かかったな!

「逃げろ!」と一喝 霊媒師。

 応じて 逃げるは 椿ちゃん。

 追って 迫るは 山の神。


 その時 マシラに異変あり。

 喉を抑えて苦しがる 

 手をつき もがき 呻き出す。

「マズイ……、マズイ……」

 どんだけ あのメシ 不味いんだ!?


 その足 今や 千鳥足

 あと一押しだぞ 霊媒師!

 棒を右手で握りしめ ゆるりと構えてマシラ見る。


 その時聞こえた銃声と マシラを捉えし銃弾が

 月夜にまたたき 輝いた。

 放つは地元の猟師たち 援護射撃の雨あられ

 しかし当たった銃弾は カチカチカチと音を立て 

 マシラの足元 転がった。

 銃弾通さぬ その身体 まさしくこの世のモノでなし。



「俺が相手だ くそエテ公!」

 苦しみもがくマシラへと 俺の叫びは届いたか。

 ギラつき光る 両の目は 俺の方へと向けられて

 怒りに燃えて 吠えたてる

 がくがくがくがく  がくがくと

 震える足  膝  股関節


 それでも逃げないこの俺は! 

 なぜなら俺には頼もしき 三つの霊が 憑いている。


 一人の料理は マズイマズイ

 一人のソックス くさいくさい

 そして一人は つよいつよい……はず! 


「今ぞ」

 と叫ぶは八刀斉。これが天下の分かれ目か。


 俺はゆっくり息を吸い、吐いて ゆっくり目を閉じて

 両手を合わせて 念込める。

 今なら出来る 俺ならば

 唱える祝詞(のりと)は 「ペリコーン!」 母親譲りの謎呪文。



 眼を開けた俺にこみ上げる 沸き立つ魂 強き意思

 鋭く 鋭く 研ぎ澄ませ 

 迫るマシラを睨み付け 

 棒を両手で握っては

 満月 両断 振り上げる。



「ダマシタナ キサマ ダマシタナ」

 (いか)るマシラは 猛然と 俺の方へと迫りくる

 山と見まごうその巨体 俺はさながら アリのよう。

 迫り 近づく 山の神。

 それでも悠然 八刀斉。



 踏み込む 右足 左足。

 刹那 刹那を 切り離し

 俺の身体は 風を切る。



 襲うマシラの右腕は 

 冷たく無慈悲に 迫りきて

 俺の身体を抉りくる。



 それを鋭く ()ぎ払い 


 踏み込み  踏み抜く  八刀斉。


 俺はヘッポコ霊媒師 

 だけど今だけ武士の息吹(いき) 


 怯んだマシラの鼻面に  棒の先端 叩き付け

 力の限り 押し込んで 息の根 このまま止めてやる。


 悲鳴を上げるは 山の神

 叫び 轟き 村中(むらじゅう)

 それは マシラの 断末魔。

「クサイ! クサスギル!」

 やはり効いたか 

 棒の先端に 

 縛っておいた靴下が


 あまりの臭さの 靴下は 

 悪魔の代償 それならば 

 妖 マシラに 効く筈と

 足臭生霊 憑依させ

 汗かき用意 したものだ。


 なおも苦しむ山の神

 徐々に 徐々に その身体

 どろり どろり と溶け始め

 泥溜まりへと なり果てた。


 銃弾 撃ち込まれようとも

 剣で切り付けられようと

 倒せなかったそのケモノ

 山の神と 恐れられ

 君臨し続け そのマシラ

 靴下 臭さに 絶命す。



 ***



 その夜は宴会 村あげて

 俺はしこたま 飲まされて

「婿に来なさい」迫られて

 ろくに 寝ぬまま 二日酔い。



 次の日 村を 立つために

 車に乗り込む その前に

 一人の少女が走りきて

 俺に深々 お辞儀する。


「マシラを退治してくれて ホントに嬉しい ありがとう!」


「いいって事よ椿ちゃん。約束守れて何よりだ」


 すると少女は進み出て 俺のほっぺにキスをした


 素人童貞 霊媒師。

 何が起こったか 分からずに

 胸の高まり 収まらない


「また また 絶対 絶対に、この村 この里 この場所に 絶対戻ってきてください。 私は待っていますから!」


「来るとも来るとも 絶対に!」


 笑顔で 見送り 椿ちゃん

 名残惜しいが 霊媒師 今は家へと帰らねば。


 この件で 俺の出来ること 何かが ハッキリした模様。

 俺の助けを待つ人が はたまた霊かもしれないが、

 日本のどこかにいるはずと 心晴れやか霊媒師。

 車の中へと意気揚々 乗り込み 手を振る 少女へと。




「よい よい 廣岡 よい よい よい! 風呂はいつだい? よい よい よい!」


「ねえ ねえ 坊ちゃん 廣岡ちゃん、私の料理は いつ食べる?」


「俺をしっかり病院に 送り届けて 頼んだぜ!」



 途端にうるさい死人たち。

 まず手始めにコイツ達を どうにか 満足させなきゃな。

 考えながら霊媒師 車に揺られて 進んでく。




 俺はヘッポコ霊媒師。 三流ヘタレの劣等生。

 されど気持ちは人三倍。 約束守るぜ 霊媒師。

 ご用命はこちらまで!



 おわり


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― 新着の感想 ―
[良い点] 単純に面白い!(∩´∀`∩) 韻をふんでいるのもお見事。 コメディはこうでなくっちゃ! [一言] 批評となると厳しいかも知れないけど、突き抜けちゃってる感じが、個人的には大好きです!(…
[一言] 始まりはそう軟弱で それこそアテ無し明日も無し だけれど踏み行く土と韻 最後はきっと大団円! ここまで韻で発展した作品は類を見ないですね。 関わった人は誰でも幸せに出来る、技術ここに極まれ…
[一言] 昔話みたいですね。 韻の踏みが懐かしかったです。
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