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即興刑事劇! 横濱スリーピース

 眠らない街……横浜。


 浜から吹き抜けてくる風は、時に優しく、時に切ない。


 これは魑魅魍魎が行き交う多国籍な街の治安を最前線で守る、刑事たちの熱き人間模様である。





「またコイツと組むんですか!?」


 神奈川県警横浜管内、港湾署の刑事課。

 スーツ姿の男女が、忙しそうに動き回っている。


 グレーの簡素な事務机を挟んで、歌野うたのは黒田課長に食って掛かっていた。


 黒田課長はかつて、ハマの黒豹と怖れられた名刑事。

 濃いめのサングラスの奥には、大きな傷跡を隠す。

 しかし、今はクセのある部下に手を焼く中間管理職である。


「俺だって歌野と組むのはゴメンだ」

 眼鏡の奥、キラッと光る知性を滲ませて、有星ありほしが言い放った。

 二人とも港湾署が誇る敏腕刑事ではあるが、何かにつけ、いがみあっている。


「まあ、まあ、二人とも、そんなにケンカしないの。仲がいいのね」

 白いピッタリとしたスーツ。ハマのワイルドキャットの異名を持つ刑事課のマドンナ、綾香がそうたしなめた。


「綾香さーん。オレ綾香さんと組みたいっすよ。オレいっつも有星とじゃないですか!」

「今回は私は後方支援だもん。期待してるよ。有星さんと歌野くんの名コンビ」


「綾香さんがそういうなら……ってか何で有星は『さん』でオレは『くん』なんですか?」


「さあ、何でだろうね」


 綾香は一瞬有星と目を合わせ、そして意味ありげに微笑んだ。


「俺の足を引っ張るなよ、歌野」

 冷静な表情の有星。


「ちっ、わかってるよ……」


「しっかりやれよ……お前らが組むのは署長命令なんだから」

 少し苦しそうな表情を浮かべながら、胃薬を口に含む黒田課長。


「綾香さん、うちの署長、実は幼女って噂、本当ですか?」

 歌野が隣の綾香にそっとささやいた。


「さすがにそれは無いと思うけど……もぐらってアダ名ついてるくらい、めったに姿見せないもんね。そして凄いキレ者っていう噂」


「おい、現場行くぞ! 歌野!」

 有星は椅子に掛けてあったスーツの上着に手を掛けた。

 

 その刹那……スローモーションのように、スーツの裏地がふわりと広がった。

 紺地の上質な三つ揃いのベストの上に、それをゆっくりと羽織る。

 まるで孔雀が舞うように、それは優雅な光景であった。



 三つ揃いスーツは、男のこだわり。

 さあ、即興刑事劇 『横濱スリーピース』はじまるよ!






 港湾署内。警官や一般人、たまに逮捕者。

 様々な人を掻き分けて、歌野と有星は進む。


「おっ、由紀ちゃんと美希ちゃん!」

 歌野が声を上げた。


 長い髪を肩まで伸ばしたすらりとしたモデル体型の由紀と、ショートカットに小柄で童顔な美希。

 二人とも交通課のアイドルで署内の男性陣の人気も高い。

 交通違反の取締りの帰りだろうか。楽しそうにお喋りをしながら、廊下をゆっくりと歩いてくる。


「ねえねえ、こないだの交通課の婦警との飲み会の話、どうなった?」

 歌野は仕事そっちのけで二人に話し掛けた。


「えっ……歌野さんとですか……有星さんも一緒なら考えますけど」

 浮世絵の美人画のような切れ長の瞳を曇らせ、少し顔をしかめる、由紀。


「こんなヤツのどこがいいのよ?」

「えっ、だって、知的で、クールで、素敵じゃないですか……」

 有星本人を前にして、由紀は顔を赤らめた。


「知性溢れるハマの銀狼! カッコいい!!」

 頬を両手に当て、美希もそれに続く。


「まったく、何が銀狼だ。タダのヘタレワンコじゃねーか、イテッ、イテテテテテ……」

「やめろ、男の嫉妬は見苦しいぞ」


 有星に耳を引っ張られ、歌野はそのまま引き摺られていった。


「もうちょっと黙ってれば、カッコいいのにね」

 去っていく二人の後ろ姿を見つめながら、ぽつりとつぶやく、美希。

 そのアーモンドアイの瞳は、どこか憂いを秘めていた。





 黒を基調とした上質なインテリアの車内。

 無線等の警察機器があちこちに備え付けられている。

 

 企業の倉庫、コンテナ群。工場地帯。

 大黒埠頭、そして青空に映える白塗りのベイブリッジ。

 車窓の外に見える海岸沿いの景色がハイスピードで通りすぎていく。

 

 車内には刑事ドラマに似つかわしくない、中高生に人気の女性歌手のポップな歌声が流れていた。


「お前、いい加減、覆面パトカーでmina聴くのやめろよ」

 有星は不機嫌そうに、少し顔をしかめた。


「mina様は最高だ! お前にはその素晴らしさがわからんのか?」

 

「まったく、嗜好と知能が高校生レベルなんだよ、お前は」


「オレの愛する歌姫、mina様を愚弄すんじゃねえ!!」

 目線は前方。右手でハンドルを握ったまま左手で拳銃を突き付ける歌野。


「よせ、また始末書が増えるぞ」

 顔色一つ変えず、冷静に流す、有星。



 サイレンを鳴らしながら、白塗りのクラウンは日差しの照りつける湾岸道路を駆け抜けていく。





 まあ、このあと聞き込みシーンとか。

 犯人グループに迫る謎解きとか。


 有星と綾香の意味深な逢瀬だったり。

 チャラい歌野が美希に合コンをすっぽかされてすねたり。


 色々あるんだろうけど、その辺は各自で想像を膨らませて欲しい。



 そして、歌野と有星はついに犯人グループの手掛かりをつかみ、海岸沿いの廃倉庫にやってきた。


 刑事ドラマと言えば、昼間でも薄暗い湾岸倉庫。

 作者はあぶ◯い刑事をリアルタイムで観てた訳じゃないが、これは鉄板ネタでしょう。





 薄暗い倉庫の中を警戒しながら歌野と有星は進む。


 時々、二人の足跡に合わせて、ホコリが舞り、黒いスーツに反射して映る。


 あたりには打ち捨てられた産業用機械や工具が無造作に置かれている。


 バキューーーン!

 突然響く銃声、そして薬莢の落ちる音。


「にゃろーー、ハジキ持ってんのかよ!」

 歌野と有星もすぐに拳銃を構えた。


 薄暗くて、犯人グループが何人なのか全く見当がつかない。


 間抜けな一人が姿を現した。

 有星がすかさず愛銃の引き金を弾き、男の眉間を撃ち抜く。


「ひゅー、やるじゃん」

 ため息をついておどける歌野。


 二人の射撃の腕は横浜管内で一、二位を争う。

 二人とも自分が一番であると互いに譲らないが。



 やがて四方から銃声が響くようになり、着弾の音が徐々に近づいてきた。


 しまった! 追い詰めたつもりが逆に囲まれてしまったか……


 二人は互いの死角をかばい合い、銃を構えながら、背中を寄せる。

 普段はいがみ合っているが、こういう時の息はピッタリだ。


 有星の死角に入った男を、すかさず愛用のリボルバーで歌野が撃ち抜く。

「油断しすぎだよ、ワンコちゃん!」


「ちょっとは黙ってろ!」

 メガネの奥を光らせながら、二階にいた敵を狙う有星。


 男が胸元を押さえながら、真っ逆さまに落ちてくる。




「敵が多すぎるぜ」

 徐々に息が荒くなる有星。


「はあ、はあ……オレはmina様のライブにもう一度行くまでは死なないって決めたのに」

 歌野の額から汗が滲む


「お前らしい、下らない理由だな……」


「うるせえな……有星は、生きてる理由とかあんのかよ?」


「俺は……大切なものを守る……ただそれだけだ……」


「なんだよ、カッコつけやがって」


 歌野が悪態をついたその時だった!


 ひときわ大きい銃声が鳴り響き、有星の左腕に鮮血が走った!!


「うっ!!」

「おっ、おい!有星!」


 痛みに顔をゆがめながら、なんとか銃を構える有星。


 ちっ! 一瞬気を取られた隙に、完全に囲まれたか……

 数にして十以上の銃口が、こちらに向けられている。


 普段はいけ好かねえ野郎だが、勝手に死なれちゃ、もっと寝覚めが悪い。


 コイツと心中すんのも、悪くねえか……


 歌野は黒光りするリボルバーをもう一度構え、覚悟を決めた……



 その刹那……



 鋭い銃声と共に、二人を囲んでいた犯人の一人が、どうっと倒れた。


「有星さん、歌野くん、助けに来たわよ!」


 白いパンツスーツに美しい姿を躍らせながら、続けざまに銃を放つ、ハマのワイルドキャット!


「綾香さんっ!!」


 その機を逃さず歌野と有星も最後の力を振り絞り、犯人グループの囲みを突破する。



 パトカーのサイレンの音が徐々に近づいてきた。


「やった!やったぜ!」

「お手柄ね、有星さん、歌野くん」

 綾香がそう言ってニヤリと笑った。


「綾香さん、来るの遅いっすよ。ほんとギリギリなんだから……」

「ごめん、でもナイスタイミングでしょ」

 ペロリと舌を出しておどける、綾香。


「綾香……よく来てくれた……」


 有星がヨロヨロとその場に倒れ込こんだ。

 血色が悪い。撃たれた腕からは鮮血が滲み出して、自慢の紺色のスーツを真っ赤に染めている。


「ちょっと、有星さん、大丈夫!?」

 表情を変え、すぐに駆け寄って、両腕で彼を抱える、綾香。


「おい、有星っ!」


 有星の顔色はさらに悪くなる一方で、唇は紫色に腫れ上がっていた。

 メガネの奥の瞳も、焦点が合ってない。


「おい、ちょっと待てよ! 有星! 大切なものを守るんだろ! お前が先に死んでどうすんだよ!」

 涙を滲ませて、叫ぶ、歌野。


「う、歌野……あ、綾香を……頼む……」


 綾香の腕の中で、有星はそれっきり何も喋らなくなった。

 綾香の白いスーツにも、血がべっとりと付着している。


「お、おい! 有星! 有星ぃーー!」

 歌野の叫び声が、虚しく廃倉庫に広がっていく。


 がっくりと肩を落とす、歌野。


 首をうなだれる、綾香。


 しかし、彼女はハッと何かに気付く。

 その瞳は真っ直ぐに有星を見下ろしていた。


「大丈夫だよ!ちゃんと脈があるし、呼吸している!」


「助かるんですか!?」

「ちゃんと病院に運べば、大丈夫」


 どうやら、大立ち回りの疲れで気を失っただけらしい。


「なんだよ、ワンコのくせに、心配させやがって」

 とたんに悪態をつく、歌野。


 有星はパトカーに乗ってやってきた黒田課長の元、無事に警察病院へと搬送された。






 夕暮れに染まる港湾沿い。

 工場地帯の間に沈んでいくオレンジ色の太陽の光が、海面に反射してゆらゆらと揺らめいている。


「さっき、泣いてたよね? 歌野くん」


 ベイサイドの小道を歩きながら綾香がいたずらっぽく笑った。


「な、泣いてません……あんなやつ、いっぺん痛い目にあった方が良いんですよ」


「素直になればいいのに……」

「オレは今のままで、十分素直です!」


「そうだ、なんで有星『さん』で、歌野『くん』か教えてあげよっか?」

 綾香が真っ直ぐな瞳で、歌野を覗き込んだ。


「いいですよ、別に……どうせ有星とデキてるんでしょ」 

 歌野には彼女が眩しくて、少し目線を逸らした。


「違うよ、私と彼とは、ホントに何もないの」

「じゃあ、何で?」


「有星さんはね、私にとってお兄ちゃんみたいな感じだから」

「じゃあ、オレは?」


「手のかかる、弟」

 そう言って、綾香は髪を浜風になびかせながら微笑んだ。

 元々美しい顔立ちのせいか、夕陽を浴びた彼女の表情はキラキラと輝いて見えた。


「結局オレの方が有星より下じゃないですか……」

「だから、そうじゃないって」


「えーー、だから何が?」


「だって私、年下が好みなの……」


「えっ!?」


「じゃ、私行くから!」


 綾香はそう言って、白いスーツを翻して、駆け出していった。




 港の街……横浜。


 赤レンガの倉庫の彼方。

 真っ赤に染まった夕陽が、徐々に沈んでいく。


 浜から吹き抜ける風は、時に優しく、そして時に切ない。


 美しい彼女の、愛用のコロンの残り香……


 遠ざかっていく綾香の後ろ姿を見送りながら、歌野はひとつ、優しいため息をついた。


 海風が歌野を優しくなでて、スーツの裾をはためかせる。


 彼の密かなこだわりのベストの裏地が、刹那、夕陽の中に舞った。


作中の歌姫minaが気になる方は、拙作『歌姫と銀行員』をぜひお読みください。


こちらの作品はどこにでもいそうな場末の支店の銀行員と、華やかな芸能界の歌姫が織りなす大人のラブコメディーとなっておりますm(_ _)m

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