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星に、願いを

何かを封印した自覚なんてない。でも、すごく楽になった気がして、封印することの何がいけないのだろうと思った。

もし、雪加がしたことが封印だというのなら、それは雪加が自分自身を守るためにしたことのように思う。それのどこが悪いんだろうか。


「雪加、入りますよ。」


婉曲な拒絶の言葉を並べ続けたことにしびれを切らしたのか、少ない夕食を取り終えて紅茶を飲んでいる雪加のもとにジョゼは来た。

入って良いなんて言ってないのに。雪加は嫌になりながら、ため息を零すのを無理矢理に止めた。

部屋の扉は内側からカリーナの手で開けられてしまう。

どうしてカリーナは、ジョゼではだめなのだろうか。ジョゼは、見目も麗しく、地位だって高く、実力はあるし、富も名声もあるのに。


「雪加、具合はいかがですか?」

「ええ、とても悪いです。」


今、とても悪くなった。ジョゼの顔を見て、イライラが募るのが分かった。


「何か、欲しいものはありますか?なんでもいいです。少しでも口に何か入れた方がいい。」


別に何も欲しくはない。

満ち足りた生活だ。食事を与えられ、着るものも、装飾品も、嗜好品だって手に入る。なんて、贅沢な生活だろう。

搾取されるのは、聖女としての雪加だけであって、雪加自身は誰からも何からも干渉されず好きでいられる。

満ち足りている何もかも。何かを封印して、これを得られたなら、雪加はその何かを思い出す必要はないとすら思った。レミエは思い出さなくてはだめだと頻りに雪加に言ったけど。

欲しいものはない。選んでほしいだけ。

ジョゼは選ぶべきなのだ。公爵夫人として何かするわけでもなく、子どもを産む訳でもない、籠の中にいるだけの雪加ではない、誰か別の人を。


「ジョゼ様が、選んでくれたら、解決します。」


この気分の悪さも、どうしようもないイライラも、頭の中の靄も晴れることだろう。


「それは、できません。雪加の望みであっても。」

「どうしてっ?」


できない、なんて、どうして言うの?雪加は、必ず叶えてくれると思った。

ゆるぎない『信頼』のもと。

彼は確かに言った。誠実であると。

そこまで思い出して、嫌なことを思い浮かべた気になって、すぐにやめた。いつ、どこで、誰にそんなことを彼が言ったかは思い出せない。

頭が殴られたように痛くなって、雪加は頭を押さえた。


「雪加様!」


レミエの声が遠くに聞こえる。レミエとの間にあるものは揺るがない『友情』。


「雪加!」


今度はもっと近くで、聞こえた。雪加を呼び捨てで呼んでくれる唯一の友人。なんの見返りもなく傍に居てくれる『大好き』な友人。

雪加はぐらぐらと揺らいでいた何かが止まるのを感じた。


「雪加、大丈夫?」


雪加の体を抱えるようにソファに座っているレミエの顔は驚くほど蒼白だった。

大丈夫だよと、へらりと笑うと、今度は泣きそうな顔をされた。


「大丈夫だよ。ちょっと眩暈がしただけだから。」

「雪加、また、同じことをしたんじゃないの?」

「同じこと?してないよ……たぶん。」


分からないけれど、これ以上、心配をかけたくなくて目を反らしたまま言った。


「選んでください。さもなくば、私はここから出て行きます。」

「雪加!」

「あなたは、誠実であると言っておられた。それならば、その言葉通り、私の望みを叶えてください。誠実であるというなら、他の人を囲って、抱いて、子どもを産ませて。」


それ以外、私の望むものなどない。雪加は拒絶するようにジョゼを見ないままで言った。体を支えてくれるレミエの手にそっと手を這わせた。

かつての自分はこうして支えてくれる手は、レミエのものではなく、ジョゼのものであることを想像していた。

それが、どうしてか分からない。優しかったから、構ってくれたから、叱ってくれたから、どれも違って、どれも真実のように思う。


「雪加、どうして、そんなことを。私はあなたの夫として誠実でありたい。そのような裏切りをさせないでくれ。」

「あなたが、選ばないことが、私の信頼に対する裏切りなのが、分かっていただけませんか。」

「……私が了承しなかったら、どうするとおっしゃるのですか?」

「出て行きます。」


あなたの手には届かないところへ。最初から最後まで、王宮と神殿の確執を雪加の耳に入れなかったのは、雪加が政を操るだけの力があることを知っていたからだ。そうして、耳に入れなければ雪加は、一つの道にしか気づかない。雪加は最初から侮られていたし、選択肢を与えられないという意味で馬鹿にされていた。


「どこに行くというのですか?あなたは、私の妻だ。聖女でもある。市井を知らないあなたが、外に出ることがどれだけ危険か、」

「神殿、です。」


ジョゼは驚いて目を見開いた。雪加がその言葉を使うとまるで想像していなかったような顔だ。


「神殿に行けば、あなたは手出しができない。そうでしょ?」

「どうして、それを。」


どうして、知っているのか聞かれて、雪加はまたひどい眩暈に襲われた。


「雪加!無理しちゃダメ。今は、不安定なの。忘れてはだめだけど、今、思い出そうとしてはダメ。」


ゆっくり深呼吸をするんだよ。そう言われて、雪加は繰り返し深い呼吸を繰り返した。レミエの声は深い深いところまでちゃんと雪加を導いてくれる。


「神殿に行けば、あなたは祀り上げられる。あなたは閉じ込められて、自由などなくなってしまう。そんな風にあなたを縛り付けたくなくて、私は、」

「あなたは、ここで私を飼い殺すことにした。」

「雪加、違います!私は、あなたを愛している。だから、こうして、夫婦になることを望んだのです。」


愛していると言われただけで、吐き気がして涙が出そうになった。雪加は、信頼していた。夫が自分を愛していないと信じて、信頼して、ここに身を寄せることを決めた。

お決まりの愛しているなんて言葉、雪加にはいらないのだ。

そんな言葉は雪加を弱くする。一人で生きていた時には、何も感じなかったことにだって、今は感情が揺らぐ。そんな自分が、雪加は嫌だった。

それすら受け止めてもらえると、かつてどこかで雪加は思っていた。でも、今の雪加は違う。キラキラしたものを無くしてから、雪加は前の世界に居た時の雪加に戻ったのだ。

最初から、そうあるべきだったのだ。


「なら、私の望みを叶えて下さい。さもなくば、私は神殿に行きます。」

「雪加、お願いです!私の話を、」

「これ以上、話すことはありません。お部屋にお戻りください。」

「雪加!」

「これ以上は、雪加様のご負担になります。お引き取り下さいませ。」


レミエの思ったよりも威圧的な声が、部屋を支配した。ただの侍女ではなく、伯爵令嬢としてのレミエはとても、強くて貴族然としている。雪加よりもずっと、この家の女主人にふさわしいのではないかと思うけど、本当のレミエは貴族然とした自分のことが大嫌いだ。

雪加は閉じられた扉をじっと見つめた。

選んでくれたら、靄はきっと晴れる。この眩暈も、どうしようもない体のだるさも、苛立ちも全部、泡のように消えてなくなってくれるはずだ。

その時、きっと雪加はこの世界を、少しだけ好きになれるはずだった。




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