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封印した感情、思い出したくない記憶

雪加はとてもイライラしていた。

その理由は分かっている。これは、完全に生理前のイライラだ。とても小さなことにイライラするし、ジョゼの顔も見たくない。

さすがにそんな理不尽なことを言えないので、具合が悪いと言って、ジョゼと会うのを避けていた。

生理がくるということは、雪加は妊娠していないということだ。それは、当たり前だ。

このことはきっと、王太子にもしっかり伝わることだろう。雪加が妊娠して、王太子側の公爵の子を産めば、対立している神殿と渡り合える道具になるからだ。

でも、そんなことはない。絶対に。

雪加の目が黒いうちに、そんなことにはならない。

そもそも、こんなに雪加がイライラしているのは、ジョゼが原因だ。

しばらく選びたくないと言って早3月がたっている。最初の2月は、生理前でもこんなにイライラしなかったのは、ジョゼがちゃんと誠実であってくれると思ったからだ。

誠実に妾を選び、子どもを産ませてくれると思ったからだ。


「雪加様、気持ちの鎮まるハーブティーでございます。」


カリーナは、雪加の部屋付きになったわけではない。でも、今日は、雪加が朝から誤って食器を割ってしまったから、心配してジョゼが付けたメイドだ。

誤って割ってしまっただけなのに、ジョゼはこの鎖国と化した部屋をとても心配する。

雪加の気持ちを知ってから、わがままに付き合ってくれるレミエは、ジョゼの質問をいつも華麗にかわしているようだった。

雪加が避けるから、レミエも避けた。雪加が会わないように、レミエは調節してくれた。

しばらくの間だけだよ、と言いながら、少しスパイごっこ気分で楽しんでいる。

だから、スパイを送り込まれたのだ。

カリーナに対してイライラしても仕方がないのに、雪加は抵抗するように小さな声でありがとうと答えて、ハーブティーを口にした。

正直、嫌いな味だ。


「雪加様、旦那様がお話ししたいことがあるとおっしゃっていたのですが。夕食の席を共にすることは可能でございましょうか。」


伺うような雰囲気に、雪加はため息をつきたくなった。自分の態度が悪い自覚はある。カリーナは関係ない。でも、とても嫌な気分だ。


「話の内容が、お妾さんをとってくれる話なら行くけど、違うなら行かない。」

「……雪加様、それは。」

「違うのね。行かないわ。体調が悪いと言っておいて。」


少なくとも心の調子はとてもすぐれない。それも、何もかも、ジョゼのせい。

心配そうにカリーナが雪加を見つめてくる。その姿はとても美しかった。白い雪も恥じるぐらい白い肌、猫のように丸い瞳は理知的な色を放ち、すっと通った鼻筋は羨ましいくらい美しい影を作る。平たい自分の顔とは比べ物にならない絵画の女神のように美しい。

体つきは女性の理想の様だった。

この人は、ジョゼの身近にいるはずだ。何か、間違いが起こっておかしくない。


「私が選んだら、良いのかな。」


間違いが起こればいいのに。いや、むしろ、現在進行形で起こっていておかしくない。この人が身ごもってくれたら、雪加のイライラは毎月せっせとやってくることになるけれど、それも許せる。


「ジョゼ様のお妾さんに、カリーナがなったらいいんじゃん!どう?」

「雪加様!そのような、恐れ多いこと口になさらないでくださいませ。」

「どうして?恐れ多くなんかないよ。カリーナは美人だし、性格もいいし、友達になれそうだし、ジョゼ様も好きそうだし、いいじゃん!」

「ジョゼ様が、好きそうというのは、どうでしょうか。」


レミエはしばらく黙っていたけれど、カリーナの手前とても丁寧な言葉遣いを使ってきた。とても違和感がある。


「今までジョゼ様が恋人にしてた人って、みんな美人さんだし、なんとなく雰囲気似てるからいけそう!」


どうして、知ってるのか、目線が問いかけてくるから、みんな丁寧にあいさつに来てくれたことを教えた。


「いいじゃん、さすが、私!今晩、会って、お願いしよう!カリーナがお母さんになったら、きっと子どもも美人で目の保養になるね!」

「お待ちくださいませ!雪加様!」

「雪加、それはダメ。」

「え?なんで?身分なんて関係ないよ。どうせ、私の子どもとして発表するんだし、カリーナがどこの誰でも、私と仲良くしてくれればそれでいいもん。」


カリーナはいつもより顔の色を白くしていた。きれいな雪解け水の様に、何者にも侵されない色が、きれいだった。


「それは、カリーナに命令しているのと同じよ。あんたがしているのは、他人の人生をあんたの都合で良いようにしていることと同じ。望まぬ人間を無理矢理、妾なんて日の当たらないところに貶めるなんて、あんたがしようとしていることは最低のことよ。」

「え、あ、そっか。」


口をつけるたびに嫌になるハーブティーの味が舌先に残っていて、びりびり痺れる。それが、全身に広がっていく気がした。


「ごめんね、カリーナ。無理強いしようとか、思ってないから。」

「いえ、お分かり頂けたなら、大丈夫です。」


他人の人生を都合のいいようにしている。それは雪加の人生も同じだった。どこに行っても、何をしても、両親がいないこと、お金がないことで好きなようにされた。ここに来たってそうだ。聖女という身分のせいで、都合のいいようにされた。

そうするなら、最後まで夢を見させてくれればよかったのに。


「……一つだけ、質問してもよろしいでしょうか。」


カリーナは、レミエの言葉遣いに戸惑っていたけれど、少しだけ赤みを取り戻した顔でそう言った。


「なに?」

「どうして、雪加様は、旦那様を拒まれるのですか?使用人の目から見ても、旦那様は雪加様をとても大切にしてらっしゃると思います。」


そう続けられた言葉はあまり意味を持たずに右から左に流れていった。


「だって……、」


大切にするのは、機嫌を損ねると面倒だからだ。神殿に逃げ込まれては、手出しができなくなる。聖女はかごの中に囲って、与えられたものだけに満足させればいい。むしろ、何も与えなくたっていい。子どもを産ませて、身動き取れなくしてしまえ。

ぱっと思いついた言葉が残酷すぎて驚いて、雪加は瞬きを繰り返した。なんだか、とても嫌な気分だ。思い出したくないことを思い出した気がする。

王太子の声と、ジョゼの声が特に意味を持たない音声を頭の中で作っている。雪加は急いで心を閉ざそうとした。

ダメだ、思い出したら、良くないことの気がする。

あのキラキラと同じように箱にしまって、二度と出てこないようにしよう。

雪加は慌てて、記憶を封印した。二度と思い出さないように厳重に鍵をかける。


「っ雪加!雪加!」


肩を揺さぶられて、雪加は意識を戻した。すごく怖い顔をしたレミエが正面にいて雪加の肩をつかんでいる。


「あ、ごめん、ぼーっとしてた。」

「あんた、今、何したの!?」

「え、何って、何もしてないよ。」

「嘘つかないの!何したの、絶対よくないことしたでしょ!」

「や、本当に、何もしてない……。あれ?」


自分が何をしたのか、全然思い出せない。特に、何もしてなかったと思ったけど、ぽかんと記憶が抜けてしまったみたいに思い出せない。


「あの、私、」


どうしたのか慌てたような表情のカリーナを見て、カリーナの質問を思い出した。そうだ、カリーナと話してたんだ。雪加は、思い出せてよかったと思って笑った。でも、なんで、拒むのか理由は判然としない。

信頼しているから。それが雪加の中の答えとすり替わったけど、それは雪加の中だけの答えであって、誰からも理解される理由にはなりそうにない。


「どうして、だっけ?あれ、思い出せない。」

「あんた、まさか、封印したんじゃないでしょうね。」


レミエはどこか青ざめていた。カリーナの顔と同じようにとても白く見える。


「封印?」

「変だ、変だと思ってたけど、あんた感情を封印してたのね?」

「そんなことしてないよ!私、ちゃんと喜怒哀楽あるでしょ?」

「じゃあ、ジョゼ様への気持ちは何だったの?プロポーズを受けた時の気持ちは?」

「えっと、それは……、何だっけ?」

「あんた今、記憶も封印したんでしょ?」

「そう、なのかな。ごめん、全然思い出せない。」


カリーナは蒼い顔をしてレミエに謝った。だが、レミエはそんなことを気にしている余裕はなさそうだった。


「雪加、絶対もう二度と、封印してはだめよ。」

「悪い、ことなの?」


封印したという事実自体、思い出せないことなのに、とても悪いことをした気分になる。


「約束して、絶対にもうしないって。」


無意識のことだ。絶対なんて約束できない。でも、唯一無二と思える親友のあまりに真面目な表情に雪加は頷くことしかできなかった。




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