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花と、子どもと

雪加は結局、カーテンの色も壁紙の種類も変えずにそのままにすることにした。趣味の良いお義母様が決めたものをわざわざ変える必要を感じなかったし、カーテンは擦り切れてもいないきれいな状態で、まだ、しばらく使えそうだったからだ。

家具ももちろん変えることはない。壊れているものがないかチェックして回って、きれいなものばかりだから変えないことにした。

一つ変えたのは、部屋の中に花を飾ることにしたことぐらいだ。

庭師のロイスにお願いすると、花を山ほど持ってきてくれたので、それを花瓶にさしたり、グラスに浮かせたり、バスケットに入れてみたり、ちょっと楽しくなってきて、雪加はそればかりして過ごすことにした。

花が枯れちゃうのが悲しいかなと思っていたけれど、そういう花が雪加の目に入ることは無かった。使用人がきれいにしてくれていたのと、あとは、砂糖水を使ったので、少し持ちがよくなったのだ。

砂糖は貴重品じゃないか、何回も確認してから使ってみた。

貴重品だったら、使うのをためらってしまう。だって、人のお金で生きていくのに贅沢してはダメな気がするからだ。


「雪加、ただいま帰りました。」


雪加が玄関ホールの花をさしているときに、たまたまジョゼが帰ってきた。いつも迎えることがなかったのだが、たまたまそうなっただけなのに、ジョゼは妙に喜んでいた。

もしかして、これも女主人の仕事なのかもしれない。


「お帰りなさい。」

「どうしたんですか、その花。」

「これ、ロイスが午後になってプレゼントしてくれたんです。午前にまとめてくれる花じゃなくて、私に似合う花を見繕ってくれて。」


大輪のバラではなく、素朴なガーベラなのが、良いchoiceだと思った。よくわかってるな、ロイスは。


「花を、プレゼントしてもらえるなんて嬉しくて、はしゃいでここに飾ってたところです。」

「……そうですか。ロイスには礼をしなくてはいけませんね。」

「あ、大丈夫です!明日、お菓子を渡す約束をしましたから。」

「お菓子、」

「心配いりませんよ!ライアンに頼んで、厨房を借りて、お菓子作りの指導してもらうことになってますから。ちゃんと食べられるものを渡します。」

「やっぱり、あなたがつくるんですか。」

「ちゃんと、ライアンの監修のもとですけどね。」

「私には、ありませんか?」

「え?あ!ライアンに頼んでおきますね!」

「いえ。あなたの手作りはいただけませんか。」


雪加は小首を傾げた。どうしてだろう。ジョゼが、一流のライアンがつくったお菓子ではなく、雪加がつくったお菓子を欲しがる理由が純粋に分からない。


「お渡ししませんよ!ちゃんとライアンに作ってもらった方が、おいしいですもん。」


笑って、雪加は、部屋に戻るための階段を上り始める。振り返ることも、夫を顧みるつもりはない。そこにあるのが意地だと笑われても、雪加のしがみついていられる唯一のものだ。

私室に入り、ため息をつく。


「どうして、渡してやんないのよ。」


後ろから黙ってついてきたレミエの問いかけに返事はしない。

その質問の解答は、無かった。




ライアン監修で作ったクッキーは、しっとりしていてすごくおいしかったから、全部使用人たちに配った。

さすが、ライアンのレシピだけある。

庭をすたすたと歩いて回って、心地よさそうな場所に布を敷いてピクニック気分を味わっていた。

レミエは隣に座って、本を開いている。雪加は、退屈まぎれに花冠を作っていた。


「クッキー、渡さなかったの?」

「渡さないよ。みんなで、全部、食べちゃった。」

「そう。」


それ以上、追及してこないのは、さしたる興味がないからだ。

レミエは『善き妻のすすめ』を読み進めている。レミエはきっと善き妻になるだろう。その時、雪加もレミエについて、この家を出ていけたら良いと思う。レミエとずっと一緒に生活できたら、とても楽しそうだ。


「ねえ、レミエは結婚しないの?」

「別に、興味ないわ。」

「だって、みんな結婚してるでしょ?」

「みんな、幸せそうじゃないもの。私は私の生きたいように生きるの。」


それに結婚は邪魔だから。


「そっか。」


雪加は、完成した花冠を読書を続けるレミエにかけた。金色よりももっと薄い髪の色に白い花の花冠はとてもきれいに栄えた。

レミエはそれをつけているととても美しい花の妖精のようだった。


「ねえ、レミエ。私も私の生きたいように、したいの。」

「そうね。」

「だから、ここを選んだの。」

「そう、みたいね。」


前のあんたはそうじゃなかったみたいだけど、今のあんたは、多分そうだね。

レミエは花冠を自分の髪から、雪加の髪に移した。


「だから、私はそうするんだ。」


レミエは困った子供を見るような目で見て、そしてあきらめたように笑った。


「それが、あんたの選んだことなら、私は反対しないよ。」


そう一言だけ言って、レミエは本に視線を落とした。

子どもができて、この庭ではしゃぐ姿を見ることになったら、雪加はその子をぎゅっと抱きしめる。ともに遊び、笑い、怒り、泣き、喜ぶ。

その姿を想像してから、ちょっと違うと思った。

子どもができて、この庭ではしゃぐ姿を窓越しに眺める。雪加はその子に触れることはない。その時には、ジョゼと会うこともなくなって、雪加は好きなことをして遊びまわる。好きなことを見つけなければ、飽きてしまいそう。とても、贅沢な悩みだと思い、雪加は笑った。こっちの想像の方が、きっと、真実になる。

その時、雪加はどんな表情をしているだろうか。今と同じであれば良いなと、どこか他人事のように思った。





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