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願いごと、一つだけ

「あ、ジョゼ様!お願いがあるんです。」


食卓について、早々に言いたかったけど、食事が来るのをちょっと待ったのは、何となくそれがマナーなのかと思ったからだ。

昨日の今日で仕事に行っていたジョゼから、さすがに愛人とか恋人とかお妾さんの話は出てこなかった。ちょっと期待していただけに残念には思ったけれど、ジョゼは悪いようにはしないだろうと思った。

仕事で忙しいから、雪加の言う条件に当てはまる人を見繕えていないのかもしれない。


「……なんでしょうか?」


微笑んでいるが、少しの間があった。そんな高価なものをお願いする予定はなかったけど、少し警戒されたかもしれない。ちょっと残念。思ったより、信頼されてないのかも。


「そんな、高価なものとかじゃないんですけど。」

「ああ、何か、欲しいものでも?なんでも買いますよ。」


ちょっと食い気味に来られて、なんだか、ちょっと違うな、と思ってしまう。買って欲しいわけじゃないんだけどな。


「離れあるじゃないですか。それの掃除をしてほしくて。」

「え、ああ、あそこは長く使ってませんでしたから、埃がすごいでしょう。行かれたんですか?」

「ええ。ちょっと下見がてら。でも、掃除さえしてもらったら、快適そうで安心しました!」

「えっと、あそこを使う予定が?」

「掃除が終わったら、あっちで寝泊まりしようかなって思ってます。」

「……それは、どういう意味でしょうか?」


ちょっと雰囲気が悪くなった気がして、雪加は困った。どうして、悪くなる要素があったんだろうか。特に、お金を使って欲しいとか、無理なお願いとかしたつもりはない。

むしろ、お互い気まずい思いをしなくて済むと思うのだが。

なんだか、給仕をしている使用人までそわそわしている。


「その、そういう人を迎えたら、仲良くしたいなって思うんですけど、ね、私の部屋と夫婦の部屋が近すぎますし。ちょっと、気まずいじゃないですか。私も相手も、さすがに。だから、離れを使うってのが良いアイディアかなって思って。」


そういう人と、使用人の手前濁してみたけど、迎えたら使用人たちがその人の世話をするんだから、意味ないかと思った。へんに隠したように言うと、後ろめたいことがあるようでだめだ。次からちゃんとお妾さんとか、愛人さんとか呼んでみようと心に決める。

あからさまなため息が左後ろから聞こえたけど、ここは聞こえないふりだ。レミエとは、若干の意見の相違があることは、承知済みである。

ジョゼと雪加の意見が一致すれば問題ない。


「……掃除はしましょう。」

「あ、ありがとうございます!」


良かった、分かり合えた。やっぱり、ジョゼはいい人だ。雪加のことをよくわかっている素晴らしい人だ。


「でも、寝泊まりをすることは認めません。」

「え?」


でも、だって、そう言おうとしたけれど、給仕の人が皿を引きに来たので口を閉ざす。


「もし仮に、私がそういう人を迎えるとして。」

「えっと、……はい。」


もし仮に、という言葉にとても引っ掛かりを覚えたけれど、さすがにここで一言モノ申すことはできずに先を促す。


「それまで、あなたが離れで過ごす理由にはなりません。雪加は、ここで過ごしてください。もし、移動の必要があるなら、その時、私が言います。」

「えー、でも、そっちの生活に慣れたいかなと思うんですけど、」


ちょっと視線がきつくなって、言葉尻が小さくなってしまう。雪加は、仕方がなく少し折れることにした。


「わかりました。とりあえず、そうします。」

「そうしましょう。」


そのあと、特にする会話もないと思って、黙々と食べていたけれど、ジョゼは飽きることなく雪加に話しかけた。何をしていたか、何をしたいか。ジョゼ自身はどう過ごしたか、どんな仕事をしているか。

興味はそそられないかなと思っていたけど、案外面白くて、つい笑いながら聞いてしまった。やっぱり、この人の傍は心地いいな。

しばらくは屋敷で過ごそうかな。

そう、思いながら雪加はデザートまでおいしく頂戴した。




雪加は寝支度を済ませて、ベッドに入った。レミエは、雪加が夫婦の部屋に行かないであろうことを予想済みで、早々に自分の部屋に引っ込んだ。

雪加のことを、意外と頑固と意味不明に評価して、部屋を出て行った。

今日も疲れた。慣れない環境だし、使用人さんたちの視線にだって、疲れてしまう。

雪加は早々に眠ることにして横になる。快適なベッドで、目を閉じればすぐ眠れそうだった。


「コンコン」


その音が響くまで、いい感じにまどろんでいたのに。雪加は眉間にしわを思わず寄せてしまってから、やめた。感じ良く過ごさないと、追い出されたら困るのは雪加自身だからだ。


「はい、」

「奥様、失礼いたします。」


聞いたことない声だったけど、遠慮がちに入ってきた女性には見覚えがあった。少し赤みがかった髪をきっちり結わって、緑の瞳が理知的な人。

淡い光の燭台を持って入ってきた彼女は、ベッドサイドの燭台に明かりをともしてしまう。まぶしさに目を細めたけど、唇は突き出さなかった。


「えっと、どうかしたの?」


使用人には丁寧語を話してはいけないと、散々王宮で言われて、何とか話せるようになったけど、やっぱりものすごく年上の人に普通に話すのはかなり抵抗があった。


「夫婦の寝室にて、旦那様がお待ちです。」

「えっと、何か用があるの?」


なんだか、面食らったような顔をされて、今度は雪加が面食らった。どうして、そんなハトが豆鉄砲くらったような顔するんだろうか。


「特に用がないなら、明日にしてもらってもいいかな。私、疲れちゃって、もう寝ようと思うんだ。」

「奥様、」


何か困ったように言い淀んでいる間に、雪加は眠気に耐えられなくなってきた。


「おやすみなさいって、伝えといて。」


お願いね、そう言ってから、背中を向けて横になる。本当に耐えがたい睡魔だ。

奥様、そう小さくつぶやかれたけど、どうも身動きを取るのもおっくうで、無視してしまった。嫌なら、無視していいと言われたこともあったけれど、すごく罪悪感だ。

それを感じながら、後ろで彼女が動き出して、燭台の明かりが消えたのを瞼の裏側で感じた。名前、聞き忘れちゃった。

明日は聞いてみようかな、そう思いながら気づいたら眠っていた。





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