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手放した鳥、届かない手

雪加に抱き着かれて、そして離れて行かれて、ジョゼは追いかけることができなかった。自分がどれほど雪加を追い詰めていたのか、分かったからだ。

できることなら、あの会話の弁明がしたいけれど、雪加が望んでいるか分からない状態で、それを話すことは憚られた。記憶を無理やりに呼び起こされた挙句、思い出したくもないことを話されたらいやだろうと思った。

中央には戻りたくないというジョゼの思いと、領主になりたくない弟の利害が合致して、弟を中央にやることにした。自分は領主の仕事をする。雪加はここでのんびり好きなことをして、過ごせばいい。跡継ぎは弟の子供をもらえばいい。

ジョゼはそう考えて、なるべく雪加の望みに沿うようにしようと思った。自分のわがままで、妾を取らないことにしたのだから、他のことはすべて雪加の望み通りにしよう。

手始めに、雪加が離れを使いたがっていたことを思い出して、提案した。中央の屋敷ほどではないが、別荘の離れも趣があって、日当たりもよく快適な場所にある。

雪加もそこで過ごせたら、楽しかろうと思って、提案した。

屋敷の手入れに興味がなさそうだった雪加も、離れの手入れは楽しいのか、とても一生懸命にしていた。

そこで過ごしたいと熱望しているのだろう。あまりに熱心で、少し心配になるぐらいだった。あまり、笑わなくなってしまった雪加も、離れのことになるととても嬉しそうに笑った。だから、この提案は正解だったと思った。


「旦那様、お時間ですが、いかがなさいますか。」


カリーナに声をかけられて、雪加との時間が終わりになる。本当はこの後に何も予定はない。だが、二人でいることは雪加の負担になると考えて、カリーナに時間を決めて伝えていた。自分で設定した時間なのに、とても短く感じる。

断腸の思いだが、雪加に予定があると言えば、雪加は笑う。だから、短めの時間でいつも切り上げることにしていた。

カリーナはもともと雪加付きにする予定で雇った。レミエ以外の人間も受け入れるようになった雪加に本来ならカリーナをつけるべきだが、一度でも雪加の目に留まった人間を雪加の周りに置きたくなくて、自分につけることに決めた。

これなら、雪加の目に留まらぬよう監視することも簡単だからだ。だが、幸いといっていいのか、雪加はカリーナがジョゼ付きになってから、興味を失ったように視界に入れなくなった。

これもジョゼが良いと思う方向に向かってくれて、嬉しかった。

もう一つ良かったことは、雪加が完成した離れをジョゼに見せてくれたことだ。とても、満足そうに見せて回ってくれた。少し雪加らしくない内装だったけれど、とても落ち着いていて、ゆったりできそうな雰囲気だった。

雪加はこういったものが好みだったのだ。初めて知れてよかった。また、時間を短めに切り上げて、部屋を好きなように使っていいといった。

雪加との時間は短くなってしまうが、居心地悪そうに夕食を共にする雪加を見るよりは、快適に過ごしている雪加の話を使用人から仕入れたほうが、いいと思った。

それに、一度部屋を見せてくれたのだ。雪加が、どうやってこの部屋で過ごしているのか想像しやすい。だから、自分に気を使って、雪加が言いよどんでいるであろうことを全部提案した。すると、雪加は嬉しそうに笑った。


「旦那様、ダンスパーティーの準備の件ですが、雪加様にいかがお伝えいたしましょう。」

「雪加を煩わせる必要はない。」


デビュタントのためのダンスパーティーを企画運営するのは妻の仕事だが、雪加にはさせたくない。雪加はこのところ『善き妻のすすめ』を読んでいるようだったが、そんなもの気にする必要はないことを教えてやりたかった。

雪加が自由に過ごすのに、そんな本は必要がない。


「ですが、ファーストダンスはいかがなさるのですか。」


ファーストダンスを踊るのは家主の仕事だが、雪加をそんなことのために駆り出すとなると、負担を増やすばかりである。このところ、雪加は離れの周りの庭に花を植えたりすることに熱中しているらしい。雪加が好きなことを見つけているのに、邪魔はしたくない。


「デビュタントの中から、見繕え。変な野望を抱かないような、目立たぬ娘にしておけ。」


領主夫妻を呼ぶことも考えたが、同じ時期にあちらでも同じような催し物をしなければならない。雪加のことを妙に勘繰られるのも嫌だったので、適当な人選で無難にこなすことにした。今までも、家主の妻の病気を理由にデビュタントから選ばれたことはあった。


「はい、承知いたしました。」


ぎりぎりまで雪加に伝えなかったのは、雪加が煩わしく思う時間を少しでも短くするためだった。少しでも柔らかな気持ちで過ごしてほしいという配慮だった。紙を選び、筆をとると無駄に緊張して、どうにでもなれと走り書きのような手紙を送ってしまった。どうせ、彼女が一読するか、侍女が読んで聞かせるだけだ。

ダンスパーティーには、人手がいる。何人か貸してほしい旨を伝えると、なぜかレミエが来た。もちろん、レミエが来るとは思っていなかったジョゼは、正直、喜ばしいと思った。雪加がレミエ以外を受け入れていることも、よい傾向だし、雪加の様子をレミエから詳しく聞けることも都合がよかった。

このところ、雪加の様子を使用人たちが教えてくれないのだ。雪加の様子を尋ねても、一様に、雪加様の許可がなければお教えできませんと答える。最初はみな、快く教えてくれていたのに、このところ、まるで親の仇を見るような目でジョゼを見る。

デビュタントの一人と踊って、あとは、くるくると回る人間たちを眺めたり、あと幾人かのデビュタントと踊れば、お役はごめんだ。

用意をするのに、手いっぱいで、レミエを捕まえ損ねたが、明日もある。すでに灯りの消えた離れを眺めて、ジョゼは眠りについた。




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