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諦めるまでの、ワルツ

「泣くほど嫌なら、あんなこと言わなきゃよかったのに。」

「だって、言ったら困らせるもの。」

「そんなの、分からないじゃん。」


一人ぼっちで食事をしたくなくて、レミエに同席をお願いした。夕飯の後の紅茶も一緒に飲んでくれたけど、耐えきれなくて泣いてしまった。

あちらに居たときは、会話には困ったけど、ジョゼは一緒に食事をしてくれた。

気を使わせていたのは分かっていたけど、一緒にいられるのがうれしくて断らなかった。それがいけなかったのかもしれない。


「また、マイナス思考になって。どんだけ、ネガティブなの。」


しくしく泣きながら、自分で刺繍したハンカチを目元にあてた。これは、もう渡せない。


「聞けばいいじゃん。」

「むり、聞けない。」

「言えばいいじゃん。」

「むりだよ!レミエ、絶対、言わないでね。」


絶対よ。と繰り返してから、すっかり荷物がそろってしまった部屋を見た。快適な空間にしたのは、自分で使うためじゃなかったのに。

雪加は、泣きたい気持ちに蓋をしたくなるのを懸命にこらえていた。また、眠りについたりしたら、今度こそ愛想をつかされる。

好き、だけどそれを伝えたらきっと迷惑になる。

雪加は、こんなハンカチを渡そうと思った自分も、一緒にここを使おうと提案しようとした自分も無かったことにすることに決めていた。

自分だけ浮かれていたなんて恥ずかしいし、迷惑だからだ。


「言ったほうが楽だと思うんだけど。」

「私が楽なほうに流れて、こんなことになったんだもの。中央での役職をやめて、領地に戻ったのも、私のせいだし。何もかも私が楽なほうに流れたせいじゃない。だから、もう少し頑張ってみる。自分の力で、なんとかできるように。」


そう思って、この離れもきれいにしたんだけどね。雪加は、そう呟いて、もう一度泣いた。一通り泣いてから、もう一回ハンカチを作り直すことにした。

今度はもっときれいな刺繍を渡せるように頑張ろう。

レミエの厳しい指導を想像しながら、雪加は笑った。大丈夫、自分はまだ、大丈夫。

雪加は、離れから見える庭の整備もしようと計画しながら、一生懸命に道を探していた。







とても賑やかな音楽がする。雪加は、窓辺からちょっと離れたところから母屋を見ていた。あまり窓辺に寄りすぎると、姿が見えてしまうかもしれない。せっかく、離れの灯りも落としているのに、姿を見られたら元も子もない。

母屋でパーティーが催されると聞いたのは、2月前のことだ。

レミエが仕入れてきた話では、ここら一帯の社交デビューの娘のためのダンスパーティーで、とても大きな催し物らしい。

もしかしたら、声がかかるかもしれないと思って、『善き妻のすすめ』を熟読して、何を用意すればいいか一生懸命に考えた。もちろんレミエの知識をお借りして。

家主が一番最初に踊ると聞いて、慌ててレミエや、ほかの使用人たちと練習をした。ダンスなんてしたことないから、迷惑にならないように一生懸命に練習した。巻き込まれた使用人の方々には申し訳ないことに、何度も足を踏んづけてしまったが、そのうちそれも無くなった。ワルツぐらいなら問題なく踊れるようになった。

きっと、ジョゼと踊ったら胸が張り裂けちゃうぐらい、緊張するし、嬉しいし、楽しいだろうなと想像して、キャーキャー騒いだりしていた。

そろそろドレスのことを考えると声がかけられておかしくないかな、という時期がきたけれど、声はかからなかった。

もしかしたら、ジョゼが全部用意してくれているのかもしれない。と無駄にポジティブに考えたけれど、待てど暮らせど知らせはこない。

今日になってきた連絡は簡素なものだった。

今日、母屋でパーティーがあるけど、気にせず過ごしてください。


「そっか、そうだよね。」


雪加はその紙に走り書きのようにして書かれた斜めの文字をじっと見つめた。たくさん使用人がいるにもかかわらず、涙が出てしまった。

そりゃ、そうだ。自分がしてきたことを考えたら、当たり前だ。

血豆ができるぐらいダンス練習を頑張った意味なんて、なかった。雪加は、涙を手の甲で乱暴に拭った。


「奥様、ハンカチを。」


コリンズが渡してくれたハンカチで涙をぬぐって、笑った。雪加が初めてもらった、ジョゼからの手紙だ。内容はともかく大切に扱おうと思って、何か箱をとってきてくれるよう頼んだ。

灯りを消そうと思ったのは、デビュタントに変な勘繰りをさせないためだ。英雄に聖女が嫁いだのは有名な話だけど、自分が離れにいたら、英雄が虐げてるだのなんだの、変な勘繰りをされると思ったからだ。

彼が最初に誰と踊るかはわからないけれど、その人のせいで聖女が離れに追いやられているだなんて噂になったら、ジョゼの迷惑になってしまう。わからないといったけれど、本当はカリーナを想像しながら、みんなに説明して灯りを落としてもらった。

暗い中、雪加は窓辺にも寄らず音楽に耳を傾けていた。

レミエの予想通り、一番最初はワルツだった。最初に、家主が踊ると言っていたから、ジョゼはワルツを踊ったのだろう。

レミエの言う通り、ワルツを練習したけど、意味なかったかな。

雪加はワルツの音楽を鼻歌で歌った。

また、ハンカチを渡せなかった。雪加は、前よりはましになった刺繍を眺めて、ぽいっと捨てた。何度も何度も手に針を刺して作った意味を感じなくなる。

こんなハンカチ、渡したってしょうがないじゃない。

雪加は、はあとため息をつく。レミエは母屋のパーティーに駆り出された。他のものを派遣するよう頼まれたけど、レミエに行ってもらった。ジョゼが誰と踊ったか、見てきてほしいとお願いした。そうしたら、きっと、諦めがつくと思うと言って送り出したけど、本当は諦めなんてつかないと思う。

レミエは、片付けまで手伝って、明日の夕方帰ってくるという。それまで、雪加は一人で食事をして、一人でお茶を飲まなければならない。

もう一度ため息をついた。




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