絡んだ糸、ほどけた刺繍
「いい部屋に、なりましたね。」
離れをきれいに掃除して、カーテンや壁紙、絨毯、家具を新調した。お金がかかりすぎたら、迷惑だろうと、リメイクできるものはリメイクして、それなりに時間を費やして出来上がった部屋は、寛げるものにした。
ジョゼの趣味はわからなかったけれど、これならきっと寛げるだろうというものにした。趣味にあったら、ジョゼも気が向いたら来てくれるかもしれないと期待した。
だから、雪加の趣味というよりは、男性の好みそうな落ち着いた雰囲気を目指した。
雪加はうれしくて笑った。ジョゼが褒めてくれた。ジョゼの好みに合ったのだ。
ジョゼの後ろにはカリーナが控えていたけれど、いつもより少し遠くにいたから、雪加は見ないように見ないようにした。
ここを二人で使おうと提案したら、ジョゼは了承してくれるかもしれない。
毎日、頑張った甲斐があった。実を言えば、今日、ジョゼに渡す刺繍も完成させたのだ。目の下にクマを作りながら、ハンカチに鳥の刺繍を縫いつけた。
人に渡すにはちょっと、どうかと思ったけど、なんとか形になった。目の下のクマはメイクでごまかした。
「あちらの部屋には、前この部屋で使っていた家具を使いました。雰囲気が変わって、明るい部屋にしたんです。」
「見せていただけますか。」
意気揚々と案内した。こちらの部屋もジョゼの落ち着ける空間を目指した。
「落ち着いた部屋ですね。」
「はい。」
「すこし、イメージと違いました。」
雪加は、思わずジョゼを見上げた。ジョゼの好みと違うものを作ってしまったようだ。雪加は慌てて、どうすればいいか分からなくなった。二人で使おうと提案しようと思っていたのに。やっぱり、ジョゼの好みをちゃんと聞いておくべきだった。
「お好きでは、ありませんか?」
すぐに変えさせようか、どうしようとレミエを見ると、レミエは小さく首を振った。
「いえ。もっと可愛らしいお部屋になさると思っていたので、想像していたのと違っただけで。雪加がこの部屋がいいのなら、いいんですよ。」
ジョゼの好みかどうか知りたかったが、そう言われると聞き出せない。レミエが近づいてくる気配がして、雪加は深呼吸した。ここで、レミエがハンカチを雪加に渡して、それをジョゼに手渡しながら、二人で使うことを提案する計画だ。レミエが、協力して一緒に考えてくれたセリフを思い浮かべる。
上手に言えますように、雪加はレミエからハンカチを受け取ろうと振り返ると、ジョゼに呼び止められた。
「すみません、雪加。これから、大事な客人が来るのです。」
そう言ってから、カリーナに指示を出すためか、耳元に唇を寄せた。親密な関係を見せつけられているようで、雪加は目を伏せた。そんなつもりは、きっとない。自然な動きだったもの。それに、仕事の話をしているだけだ。
「この離れは、雪加の好きに使ってください。」
「あ、えっと……」
「今日から使いますか?すぐに荷物を運ばせますよ。ここで、寝泊まりしても構いません。」
なんだか、急いでいる雰囲気のジョゼをこれ以上引き止められない。雪加は、ハンカチのことは忘れることにした。提案のことも忘れることにした。
雪加の部屋は、夫婦の部屋に近い。だから、気を使ってくれているのかもしれない。
確認していないから、分からない。自分で勝手に判断しちゃいけない。
そう、学習したはずなのに、心の中で感情が上滑りする。
雪加の望みを叶えてくれようとしているのだ。そう思うことにした。
優しい夫だ。素敵な夫だ。
「そうさせていただけたら、嬉しいです。」
雪加は笑った。なけなしのプライドだけで、笑った。
上手に笑えたはずだ。




