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籠の中の鳥、踊る鳥

雪加は刺繍をしていた。この申し訳ないという気持ちと、自分をもう一度好きになってほしいという気持ちとを形にしたくて刺繍をプレゼントしてみようと思った。

雪加は刺繍をしたことがなかったし、器用なほうではなかったから、簡単なものからレミエに教えてもらっている。


「なんで、そんなにぎくしゃくしてるかな。」

「だって。さすがに、自分のしてたことを自覚すると申し訳なくて。あんなに守っていただいてたのに。」

「すごい、敬語になってるし。そもそも、あの会話の真意も聞けてないんでしょ。」


ぎくりとしながら、雪加は次の運針をアドバイスしてもらう。

聞けていないことはたくさんあったけど、それを聞く勇気はなかなか芽生えてこない。雪加の勇気がしぼんでしまう理由はたくさんある。


「コンコン、」


ノックの音が聞こえて、雪加は慌てて刺繍を片付けて、本を読んでるふりを始める。刺繍を始めたことをジョゼが知ったら、気を使わせてしまう気がした。

へたくそな刺繍を喜んでくれるか、喜んだふりをさせてしまう。

それが嫌で、雪加は慌ててレミエに片付けて貰った。本は、レミエが読んでいた『善き妻のすすめ』だ。

雪加の知らないことばかりが書かれていて、どんどん雪加の自信を奪っていく本だ。マナーすらまともに出来ていないし、刺繍は子女の嗜みだと知って、とても落ち込んだ。少しずつ出来ることを増やそうとしているけれど、レミエが呼吸するぐらいに簡単にしていることすら出来ないと、雪加は自信を失って、ジョゼに余計に何も言えなくなった。こんな自分が我が物顔でいたなんて、申し訳なさと恥ずかしさで、まともでいられなかった。


「雪加、今、大丈夫ですか。」


レミエが扉を開くと、ジョゼが立っていた。やつれた顔は規則正しい生活で少し戻ってきた。優しい雰囲気は前と変わらないのに、とてつもなく緊張する。


「はい。」


たくさん話せたら。聞きたいこともある。世間話でもいいから、ジョゼと距離を縮めたい。雪加は緊張しながら、期待もしていた。

でも、ジョゼの後ろから一緒に入ってきたカリーナを見て、雪加は急速に勇気とその他もろもろが萎んでいくのが分かる。

カリーナは普通の侍女の制服とは違うものに腕を通している。ジョゼが目覚めて、元の生活に戻るようになって、領主としての仕事を徐々に始めるようになってから、カリーナはジョゼ付きになった。

一度はカリーナに妾になるように薦めた。カリーナは見惚れるように美しい人だ。あの時は、とてもぴったりだと思った。そして、今も二人が並んで立っていると1枚の絵画のようだと思う。この別荘自慢の画廊に飾れそうだ。




「雪加は、まだ、私が妾をとることを望みますか。」


目覚めたその日に聞かれた。それも、あまりに無表情で、怖いと思ってしまうほど無感情に。雪加は、どう答えていいか分からなかった。

もし、ジョゼがもうその気になって、選んでしまっていたら、雪加の返答次第で、またジョゼを振り回してしまう。でも、最初の気持ちのままでいたら、雪加の返答次第で、またジョゼを傷つけてしまう。


「ジョゼ様の望む通りにしていただけたらと思います。」


雪加は悩んだ末にそう言った。でも、間違えたなと思った。その場で、ジョゼの望みを聞いてしまえばよかった。そうすれば、こんなに悩むこともなかった。




カリーナをジョゼは身近に置くようになった。雪加と過ごすよりもカリーナと過ごす時間の方がきっとずっと長いだろう。それは、ジョゼの望む通りにしたということなのだろうか。

カリーナを身近に置くのは、優秀だから?それとも、望んだ通り、選んだから?

今更、聞けなくなって、雪加は二人の姿を見かけるといそいそと隠れる癖がついてしまった。見なかったことにすれば、現実を見なくて済む気がしたからだ。

大きな厚い辞書のようなものをカリーナが取り出して、雪加の前にある机にのせる。ジョゼは雪加の向かいに座った。

開くように促されて、雪加は、ちょっとした恐怖心を抱きながら、開いた。

前と同じように姿絵かもしれないと思ったけれど、違った。壁紙やカーテンの見本布の本だ。

あの時のようにこの別荘を雪加の好きなように改造しろと言われているのだろうか。


「これは、見本の布地ですか?」

「ええ。ここから選んでいただきたくて。もちろん、お嫌だったら、構わないのですが。」


雪加は、慌てていいえと被りを振った。今度は、ちゃんと選ぼう。


『善き妻のすすめ』には、屋敷をきれいに整えるのは妻の仕事と書いてあった。あの時は、必要ないと思ったけれど、この別荘を雪加の趣味に変えるのも列記とした仕事だ。少しでも妻らしいことをすれば、雪加の勇気も出るかもしれない。


「どんなお部屋にすればいいかしら。」


一生懸命に、ページをめくると、ジョゼは笑って無理しすぎないようにと言ってくれた。笑ってくれたことがうれしくて、雪加は安心した。


「この別邸にも離れがあるんです。そこをあなたの好きなように改装していただきたくて。もちろん、家具も新調してかまいません。」


雪加は、え、と声が漏れるのを一生懸命に耐えた。雪加はてっきり今、使っている場所を、好きなように変えろと言われているのだと思った。少し行ったところに離れがあるのは知っていたけれど、隠れ家のようなそこはあまり人が出入りしているように見えなかった。

暗に出て行けと言われているんだろうか。

雪加は、戸惑いを見せてはいけないと、一生懸命に笑おうと思った。望み通りじゃないか。離れで楽しく暮らすことは雪加の望みだった。きれいにして、好きな部屋にして、住みやすくして、そしたら、雪加もジョゼも大満足だ。

ほら、笑え雪加。せっかくジョゼが提案してくれたんだ。喜べ、雪加。

雪加は、一生懸命に、どんな部屋がいいか、この布地がきれいだとか言ってみた。それから、しばらくしてカリーナが時間ですと告げるまで、一生懸命、カーテンの布地がどんながいいか相談してみた。

耐えた。感情を封印しないままに、耐えて、耐えて、耐えた。

暗に出て行けと言われているのか、聞けなくて、カリーナを選んだのか、聞けなくて、雪加はジョゼたちがいなくなっても、見本の布地を見続けた。

自分は邪魔者なんだろうか。

雪加はそう思ってから首を振った。こんなこと聞いたら、ジョゼを困らせてしまう。

ジョゼは自分を犠牲にしてまで雪加を目覚めさせてくれた。ジョゼはちゃんと目覚めて、雪加を忘れないでいてくれた。それで十分じゃないか。

ジョゼの期待に応えられる妻でいなくちゃ、雪加は離れの改装をちゃんとやり遂げようと決めた。





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