白いユリの、眠り
雪加の世界は、白いユリに覆われていた。マーガレットよりも大きくて、たくさんあるせいで暗くて深い海の底のはずなのに、すごく明るくて雪加は目を瞬かせた。
見上げても、とてもまばゆい光が降り注いでいる。まるで、満月を水のそこから見上げているようだ。
たくさんある泡は、雪加の周りをふわふわと漂い、雪加を躍らせようとまでしてくる。
そのうちの一つに触れると、とてもキラキラとした感情が雪加の中に入ってくる。
もう一つに触れると、胸を引きちぎられるかと思うほど、切なくなった。また一つ触ると、今度は狂おしいほどの愛しさがあふれた。
雪加はこれ以上は良くないと手を引っ込めた。だが、海の底はとても明るさをどんどんました。光の泡はたくさん生まれたし、ユリの光は強くなる。
嫌だ、こんなの、よくない。
雪加は、慌てて暗がりに逃げ込もうとしたけれど、何かに躓いてしまった。
なんだろうこれ。
足元に転がった箱は何重にも鎖がまかれている。
これは絶対に良からぬものである。
触れないように逃げようとしたのに、光の泡がその鎖に何個も何個もくっついた。南京錠の穴にも泡は入って行ってしまう。
だめ!
雪加は叫んだけど、声は泡になってふわふわと浮かんで消えてしまった。
南京錠がかちゃりと開いた。深く深く沈めたのに、箱が開いてしまう。
いや、いやなの。
開けちゃダメ。
気づけば、他にも箱がある。何個も何個もある箱にどんどん、光の粒が集まった。
だめ、開けてはだめ。
どんなに叫んでも箱は開いてしまう。その中にあるものが雪加に戻ってきてしまう。
いやだ、いやだ。戻ってこないで。
雪加は、逃げ出すように水面の上を目指して、足をけり上げた。
追い付かれてはいけない。思い出したくはない。
それなのに、それらは、追いかけてくる。とてもスピードは速い。
月の光を目指して、泳ぎ始めてもなかなか水面にはつけない。どれほど、遠くに潜っていたのだろう。何個かが、雪加に追いついてしまった。逃げ惑うように、体をよじりながら、光を求めた。
「雪加、」
水面に顔を出した瞬間、声が聞こえた。それと同時に、いろんなものが雪加の中に入ってきたのが分かった。
追い付かれてしまった。嫌だったのに。
起きたくなんてなかったのに。
視界の中は、不思議なものでいっぱいだった。
ジョゼが居る。でも、この部屋は見たことない。
ジョゼの不思議な表情は、なにか大切なものを無くしてしまったかのようだ。どうして。
何を無くしたの。
雪加はゆっくり瞬きをした。
「雪加、」
ジョゼの声だ。
ジョゼはゆっくりと倒れた。まるでスローモーションのように、それでも、雪加をかばうように地面に倒れた。
「亡者になったの?ねえ、なったの?」
マーカスが叫び声に似た声を出して、雪加を戸惑わせた。
「いいえ。亡者にはなっておりません。魔術師長殿、ジョゼ様を運ぶ手伝いをお願いいたします。雪加様は、今しばらく、そのままで。」
「え、」
「もう一度、眠ろうとしたら、あんたのこと引っぱたくから、起きて待ってなさい。」
「あ、はい。」




