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白いユリの、偽証


「雪加、あなたとの記憶を話せるのは、実は今日で最後なのです。今日は、満月だ。とても綺麗だから、あなたを目覚めさせるのは今日にしようと思うのです。成功するかは分からないけれど、あなたが目覚めたとき、月があなたを照らしていたら素敵だと思いませんか。そうしたら、目覚めたあなたも、少しだけここに留まっても良いと思えるかもしれないとそう思って。」


雪加の手を撫でる。象牙色と呼ぶには少し、血の気を失った色。

微笑んで頬を赤くしてくれた雪加。自分がもし亡者になったとき、雪加を思い出せなくなるんだろうか。


「最後の話は、雪加にプロポーズした時のことを。あの日は、とても緊張していたんです。あなたに、告白して、それを受け入れてもらえるか、分からなくて。生まれて初めて、女性に愛を告白し、許しを請う。それが、あんなに緊張するなんて思っていませんでした。あなたは、少しショックを受けていた。もとの世界に戻れないことを、予想していたけれど、ショックを受けたような顔をされた。だから、最低ではありましたが、チャンスだと思った。受け入れてもらえる可能性は高くなる。」


花は、白いユリを選んだ。大輪の花。7月の花でもあったし、白いユリが、目に留まった。雪加に、渡すには少し派手だとは思ったが、雪加は小さな花を好ましく思っていても、愛してはいないと思った。雪加に花を手渡すものは、皆、小さな可憐な花を選んだ。雪加にはよく似合う。でも、雪加はそれを愛してはいない。だから、白い大輪のユリを選んだ。花言葉は無垢だ。雪加にとても似合う。本当は薔薇を選ぶべきだと思ったけど、棘のある花を雪加が嫌がっていた記憶があったからやめた。棘を抜いても、雪加に好まれない薔薇は送りたくない。花言葉で愛の言葉を囁くことまで頭になくて、無垢だなんて言葉を選んでしまったのは、今考えれば、馬鹿だった。もっと、きざったらしく愛の花を選べばよかったのに、慣れないことに自分も舞い上がっていたのだと思う。雪加は花言葉に関係なく喜んでくれた。それはユリが美しかったからか、それとも自分が渡したものだからか。あの時は、後者だと思いあがっていた。

雪加に渡した言葉は、「この世界で、あなたを守り慈しむ盾でありたい。その資格を、私に下さいませんか。あなたの夫として、あなたを守り抜きたい。」だった。愛しているという言葉は、使わなかった。使わなくても、愛し合っていた。

あの時は、絶対に、それは揺るがないと思った。雪加は、かわいらしい笑顔を、惜しげもなくくれた。それが、嬉しくて、絶対に手を離してなるものかと思った。

白いユリ。

誓いの言葉。

自分の全てを捧げても良い。今この瞬間も、その気持ちに偽らざるところはない。

雪加がこの世界が嫌いだというのなら、世界を壊して回ったっていい。

雪加が気に入らないというのなら、世界中のユリを燃やして回ったっていい。

この記憶を失っても、人で無くなっても、それでも、あなたの傍にありたい。魂だけの存在になり果てても、あなたを守る盾であり続けたい。


「雪加、あなたを愛しています。」


これが偽証だと言うのなら、この命をもって証明して見せる。

これが、自分の命の使い方だと、ジョゼは胸を張って言えた。




「これで、丸く収まったな。」

「ええ、神殿にでも取り込まれては、均衡が崩れて困りますから。」

「お前が、すぐにプロポーズしてくれて、助かった。あれだけ優しくすれば、そりゃ、懐きもするだろう。それにしても、あれだけ浮名を流したお前もとうとう、年貢を納める訳だ。」

「おやめください、殿下。浮名を流してなどおりませんよ。」

「よく言う。まあ、結婚後もお前なら、うまくやりそうだけどな。」

「そのようなこと。誠実でありたいと思いますよ。あの方の、ご機嫌を損ねるのは面倒ですから。」


殿下はお寂しい方だ。ふわふわとした絨毯の上で足を揃えて立っていたジョゼはそう思った。


「神殿に逃げ込まれたら、困るだろう。まあ、あと一月もせずに、結婚して屋敷にでも閉じ込めておけ。」

「純粋な方でよかったです。与えられるものに、満足してくれますから。」

「むしろ、何も与えなくても気づかないか。聖女が扱いやすくて、良かったな。」


殿下は、愛することが分からないのだ。雪加をどうして囲い込もうと思うのか、この人には一生理解できない。

雪加を抱きしめたくなる気持ちを、抱きしめ返してほしいという気持ちをこの人は一生理解しない。それでもいい。雪加を守る盾になるのに、政治的な言い訳が必要なら、一生、その言い訳を使い続けることに何の疑問もない。

雪加、雪加、雪加。

そう繰り返していくと、段々、なんだか頭が痛くなる。

雪加はどんな表情をしていただろうか。

雪加は、どんな瞳の色をしていただろうか。

雪加は、どんな顔をしていただろうか。

雪加とは、誰だろうか。

ああ、怖い。怖くてたまらない。

手を握りしめると、その手の中に象牙色の手があった。ジョゼは、ずっと女性の手を握っていたようだ。記憶を話しながら、その娘の手を握っていたのだ。

ベッドで横たわり、目を閉じている娘。

顔を見たが、誰だか、分からない。主人の横たわるはずのベッドに知らない娘が眠っている。戸惑いを感じて、顔を上げると、そこにはマーカスと侍女が立っていた。

レミエは目を細めているが、その手には似つかわしくない剣が握られている。ろくに手入れもしていないような剣だ。

主人になんてものを向けるんだ。

そう言おうとして、主人とは誰だと思った。

ここは、公爵邸だ。公爵邸のベッドに横たわる知らない娘。その手を握りしめているのは、自分。

自分。自分とは誰だ。私は何ものだろうか。

私の名前は何だ。

その瞬間、娘が目を開けた。開かれた目は、何度か瞬きを繰り返して、自分を見つめた。

ゆっくりと瞬きがされる。

普通の瞬きじゃない。私とこの娘の時間だけが二人の中で切り離されて、記憶という名前で結び付けられる気がした。


「雪加、」


ポロリと自分の唇から、名前が飛び出た。ああ、そうだ。この方は、雪加という名前だ。

雪加の名前の由来は、若くして死んだ鳥類学者の父親が、愛した鳥の名前だ。スズメよりも小さな、褐色に黄褐色と黒褐色の縦斑。尾羽が黒褐色で先端は白い。そんなこの世界にはいない鳥の名前。

なぜかは分からない。でも、自分が何よりも大切にしている人だ。

誰だか、どうしてかは思い出せない。でも、この人のために、自分は死を選ぶんだ。

体が重くなって、抗えない。雪加を傷つけてなるものかと、倒れ込む場所を無理矢理に変えた。

体が地面に打ち付けられた感覚が遠くに感じる。

重くて、暗くて、水のそこに沈められていくような感覚だ。


「じょぜ、」


耳慣れない音が自分の中に落っこちていくのを感じたが、それもひどく遠かった。




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