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神に、瞬き

雪加が倒れたことを教えに来てくれたのは、ジョゼを快くは思っていなさそうな雪加の侍女だった。

慌てて自分に出されていた紅茶をひっくり返して、姿絵を濡らしてしまう。

家令がハンカチを取り出したけど、それに構うことなく雪加のもとに行こうとしたが、レミエに止められた。

レミエが倒れた雪加のもとを離れて、知らせに来てくれたのは親切心からではないことは重々承知している。


「雪加様とあなた様を会せる訳にはまいりません。あなたに、頼みがあってきただけです。王宮の魔術師長殿を呼んでください。」

「マーカスを?いや、それより、医者を、」

「医者なんか役に立ちません。魔術師長殿でなくては、多分無理です。いや、もしかしたら、魔術師長殿でも無理かもしれない。」


無理、その単語が嫌で拒絶したくなる。雪加が居なくなるくらいならと思って始めた選定はあまりうまくいっていない。姿絵の山ばかりが出来上がってしまったが、これ以上失望されたくなくてカリーナにもうすぐ終わると伝えるように言ってしまった。

伝えた直後に倒れたから、もしかしてショックを受けてくれたのかもしれないと淡い期待をしたけれど、そんな問題ではなさそうだった。


「なぜ、雪加は、倒れたのだ。意識はあるのか。どうすれば良い。」

「意識はありません。眠っているような状態ですけど、今のままでは多分目覚めることなく儚くなります。」

「なっ、」

「雪加様が倒れたのは封印しすぎたせいです。」


何を伝えさせたのですか。レミエの目には明確な嫌悪が浮かんでいた。言葉少なに返すと、レミエはがっかりした顔を隠しもしなかった。失望させたかったわけではない。

レミエのがっかりした顔から、すぐに雪加もがっかりした顔をしたのだろうと想像した。


「何かお嫌に思われたことを、封印なさったのでしょう。」

「その、封印とはなんなのだ。どうすれば、良いのだ。」

「だから、魔術師長殿を呼べって言ってんのよ!私だって詳しいことは分かんないんだから。雪加を救いたいんだったら、さっさと行動しなさいよ!そんな姿絵、並べたってなんの解決にもならないわよ!」


魔術師長殿に慌てて文を書き、早馬に持って行かせる。

字が斜めになっていた。

部屋の中をうろちょろと歩き回って、それでも、雪加に会いに行けない。会うことはきっと、できないだろう。


「マーカス様がご到着になられましたが、いかがなさいますか。」

「すぐに行く。」


玄関先で、マーカスを迎えると、あちらもそれなりに急いできたのか、いつもふわふわしている髪の毛が風であちこち跳ねまわっていた。


「どうしたの?緊急事態みたいだから、ダッシュできたんだけども。」

「雪加が倒れた。」

「え、聖女殿が?どうしたの?おめでた?」

「ちがう。私にもよくは分からない。案内するから、来てくれ。」


おめでた、であったらよかったものを。雪加が望んでいないことを想像するのは、彼女の『信頼』を裏切ることになるのだろうか。

雪加は、確かにジョゼに愛情を傾けてくれていたと思った。戦場でも、ジョゼはよく雪加の周りにいた。

雪加は最初ひとりでいることが多かった。誰とも交わらず、聖女としての役目を果たし、この世界とのかかわりを少しでも減らしているように見えた。

誰のことも信頼することもできず。そんな雪加が気の毒で、ジョゼはよく話しかけた。

そのうちに、何がきっかけか分からなかったが、ジョゼを信頼してくれ様になった。ジョゼだけではなく周りのものにも少しずつ気を許すようになった。でも、ジョゼにだけ、弱い心も悲しいことも小さな声で打ち明けてくれた。

ジョゼにだけ、特別で自然な微笑みをくれた。

目が合うだけで、唇がジョゼを呼んでくれるようになった。

時折、ジョゼを探してくれるようになった。

ジョゼを見つめ、そしてゆっくり瞬きをする。そうされると、ジョゼは自分と雪加の時間だけが二人の中で切り離されて、記憶という名前で結び付けられる気がした。

それなのに、どうして、いつから、こうなってしまったのだろうか。雪加は、どこまでもジョゼを拒絶するようになった。

何も打ち明けずに閉ざされる唇。無表情にジョゼを見つめ、思い出したかのように致し方なく笑う。目が合うことはないし、ジョゼを視界に入れようともしない。ジョゼの前でゆっくりとしたあの独特の瞬きをすることもなくなった。

切り離されたのは、二人の間の何かだ。『信頼』という言葉にすり替わったそれは、容赦なくジョゼに刃を振るった。


「ここだ。」

「えっと、僕が入っていいの。」

「私は、ここから先には入れない。お前だけ入って、診てきてくれないか。」

「えっ、なんか、よくわからないけど、分かった。」


旅の仲間であったマーカスは、雪加の体調を管理する役目を担っていた。

この国では数少ない魔法を使える人間でもある。

それでもレミエにとっては一縷の望みに過ぎないようだが。

閉ざされた扉にこぶしを当てて、ジョゼは目を閉じた。

もう、どうすればいいのか分からない。

どうすれば、雪加の笑顔を取り戻せるのか分からない。

自分がいるから雪加がおかしくなるのだろうか。雪加が望む神殿にはいかせてやれないけれど、自分がどこか遠くに行くことならできる。

神殿に行けば、雪加は、本当にお飾りの人形にされかねない。あの暗い神殿の奥底で何がされても助けてやれない。

それなら、ここから自分が消えて、雪加の望む美しい世界をここに作り出せば、また笑ってくれるだろうか。

目覚めてくれたなら、何でも願いを叶えてやりたい。

望むのなら、他の女を抱いて、子どもを産ませてもいい。たとえ、ジョゼの心がちぎれても、それが望みならば、甘んじて受け入れよう。

だから、せめて、この世界まで拒絶しないでくれ。

ジョゼの望みが叶うことはきっとないと思いながら、信じてもいない神に祈った。




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