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深く、青く

「雪加様、旦那様が選定に入られました。もうしばらくすれば、雪加様にも良いご報告ができるかと存じます。」


カリーナは目線を下に下げたまま、雪加に告げた。レミエは雪加のためにお菓子を取りに行ってそばを離れていた。一緒に居てくれたなら、手を取り合って喜んでくれただろうに、残念だ。

カリーナは、痛ましいという表情は隠しきれていなくて、雪加は不思議に思った。

この屋敷の使用人のほとんどが、そんな顔を雪加に向ける。まるで、雪加は不幸であるかのように、ふるまわれる。

だから、より一層、いやになってみんなを遠ざけてしまう。

どうせ、離れにこもるのだし、みんなが雪加を嫌いになってしまえばいいのに。

選定に入った。その言葉を唇の内側で確かめるようにつぶやいた。

それは、雪加の望みを叶えてくれて、妾を選んで子どもを産ませることに同意したということだ。なんて喜ばしいことなんだろうか。

雪加とジョゼの間にある『信頼』は、本物だったのだ。

そう考えられるのに、感情はうまく伴ってくれない。

嬉しい、そう感情を描き出そうとして、なぜか『がっかり』を描き出しそうになる。

どうして『がっかり』するというのだろうか。

これで、雪加の望み通り、離れに籠って好きなことをして過ごせる。誰にも搾取されない道を選んで、その通りになった。

幸せだと思うのに、なぜだから体の重みも、頭の痛みも、靄も、イライラも消えてなくなってくれない。

雪加は慌てて『がっかり』を封印することにした。暗くて底の見えない場所に、沈めてしまえと『がっかり』を箱に詰めて鍵をした。

まるで泉に沈んでいくかのように『がっかり』が落ちていくのを見ていると、安心した。これでもう、何に対しても『がっかり』しなくなるはずだ。

とても素晴らしい気持ちになって、雪加は嬉しくなった。

してはならないと言われたことだけど、とてもいい気持になった。頭の痛みも一瞬忘れられる。

こうやって、嫌な感情を全部、封印してしまえば良い。雪加は思った。

不安も怒りも焦りも妬みもイライラも。

そう思ったのに、なんだか体に力が入らなくなってきて、何も考えられなくなってきた。まるで睡眠薬を盛られたみたい。

雪加は飲んでいた紅茶を見た。ここに薬が入ってたのかな。

ぼやける視界の端っこに、お菓子を取りに行ったレミエが見える。体が重たくて痺れたみたい。立ち上がろうとするけど、うまく出来なくて、倒れてしまう。その拍子に紅茶のカップが倒れて手を濡らした。

遠い所で声がする。でも、それが、どんな声だか、誰の声だか、何を言っているのか分からなかった。分からなくても、良いかもしれない。

だって、何も感じたくないもの。

雪加は、先ほどなにかを沈めた泉に自分が沈んでいくのが分かった。

暗くて何も見えないけれど、頭上に月の光が差し込んでいるような場所だ。とてもきれいだ。

何も聞こえないし、水の中なのか、雪加が唇を開けると言葉が泡になって上に昇っていく。

綺麗な泡のおかげで、嫌な言葉を吐き出さなくて済む。

逆に嫌な言葉も聞こえない。

とても心地のいい場所だ。なんて、素敵な場所なんだろう。

雪加は、そこにいることを選ぶことにした。離れよりもとても良い所。

だれにも邪魔されず、誰にも搾取されず、誰からも嫌なことをされなくて済む場所だ。

レミエに会えないのがさみしいけれど、レミエならいつか会いに来てくれるかもしれない。

ここがどこだか正確には分からなかったけど、雪加はここが一番安全で、一番素敵な場所だと確信した。

目を閉じるととても深い呼吸の音が聞こえる。

雪加はゆっくりと横になって眠ることにした。




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