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Hydrangea  作者: 彩芭つづり
第3章 全部、雨月のため
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第11話 先生としての提案

「やっぱり外の空気っておいしいね」


 空を見上げながら雨月に言う。

 

「そうだね」

「空青いねぇ」

「そうだね」

「雲白いねぇ」

「そうだね」

 

 と、てきとうにうなずいてから、雨月がひとこと。

 

「晴花のパンツみたいに白いね」

「言わないで!」

 

 気にしてたのに。

 ていうか、しっかり色まで見てるし。

 そんながっつり見えてたの……?

 

 再び顔を真っ赤に染めると、雨月がぷっと吹き出す。

 それから、ころころと楽しそうに笑った。

 

 ……なんだ、学校でもちゃんと笑えるんじゃない。

 そりゃ、笑ったネタがわたしの下着だっていうのは少し癪だけど。

 それでも、雨月も学校で笑えることを知ることができて……わたしは心底ほっとした。

 

 学校での雨月の笑顔は、本当に貴重だ。

 二ヶ月間ずっと近くで見てきたけれど、雨月が教室で笑ったところは、まだ一度も見たことがない。

 それどころか、友だちと話している姿さえも……一瞬だって見たことがなかった。

 

「自分は空気だ」と言っていたあの言葉も、最初は、ちょっと大袈裟なのではと思っていた。

 でも、実際にクラスの雰囲気を見ているかぎり、雨月が空気として扱われているというのは――たぶん、本当なのだろう。

 当の本人は気にしていないと言っているけれど……わたしのほうがつらくなると言ったら、雨月はどんな反応をするだろう。

 

 正直、学校での雨月の様子を見ていると、わたしは胸が張り裂けそうになる。

 まわりの子たちは、みんな毎日楽しそうに過ごしているのに。

 どうして、雨月だけ……あんなふうに、自分の殻に閉じこもっているのだろう。

 

 わたしは、できれば雨月にも、楽しい高校生活を送ってほしい。

 学生時代に過ごした日々は、一生の宝になるから。

 

 どうにかしてあげたい。

 けれど……きっと、雨月にとっては、ありがた迷惑なんだろうな。


 ちらりと隣に目をやる。

 広がる街の風景の――もっとずっと先を見ているような、雨月の瞳。

 わたしは、その横顔にそっと話しかけた。


「……雨月は、いつもここでお昼を食べてるの?」

 

 返事をせずに、ただこくりとうなずく彼。

 

「そう。……じゃあ雨の日は?」

「空き教室を探す」

「毎日一人でお昼の時間を過ごしてるの……?」

 

 静かに尋ねると、雨月は目を細めてわたしを見やった。

 

「他に誰かいると思う?」

 

 それは……。

 うん、そうだよね。

 わかっていたことだ。

 それなのに聞いてしまった。

 想像をまったく裏切らない答えに、どうでもいいと思えない心は、やっぱりまた苦しくなる。

 

 雨月はあいかわらずだ。

 ちっとも変わっていない。

 今日も、一人殻の中。

 

 わたしはなにも言えなくなって、代わりに今開けたイチゴ牛乳を、ちゅうと吸った。

 

 どうにかして雨月を楽しませたい。

 卒業するとき、高校生活をここで送れてよかったって心から思ってもらいたい。

 ……どうしたらいいだろう。

 

 二人のあいだに、じわりと重い沈黙が落ちる。

 それから数十秒後、わたしははっとして、

 

「そうだっ!」

 

 と声をあげた。

 

「ねえ、いいこと考えた。明日からわたしもここで一緒にお昼を食べていい? どうかなっ」


 名案だとばかりに目をきらきらと輝かせて、隣の雨月に視線を向ける。

 するとそこには、わたしとは対照的に、あからさまに気乗りしない表情でわたしを見返す雨月がいた。

 口に出さなくても、瞳が完全に「それっていいこと?」と語っている。

 

 ああ、まったく。

 雨月はてんでなんにもわかっていないんだから。

 二人でお昼を食べるのは絶対いいことに決まっている。

 そうすれば高校生活のいい思い出にもなるし、おいしいごはんを分け合えるし、そしてなにより楽しい!

 そんな簡単なこともわからないなんて。

 雨月は、まだまだおこちゃまだ。

 

「どうかなって言われても……なんていうか、あんまり」

 

 雨月は首をかたむける。

 全然乗り気ではない彼の態度にむっとして、わたしは頬を膨らませた。

 

「なによ、嫌なの?」

「べつに嫌っていうんじゃないけど……」


 煮えきらない言葉のあと、雨月は無言でブラックの缶コーヒーを取り上げる。

 タブをぱきりと開けて、静かに口をつけた。

 

「おれはいいけど、晴花がまずいと思う」

「わたし? なんで?」

「当然だろ。こんな場所に二人で一緒にいると、変な目で見られるよ。どこで誰が見てるかわかんないし。よくない噂されたら困るだろ」

「よくない噂ってなに?」


 問い返すと、雨月はふいに視線をそらした。

 そして、もごもごと口の中で濁す。

 

「それは……いろいろあるから、そんなの」


 急に目を合わせなくなった。

 わたしはそんな彼の顔を覗き込む。

 ……なんかちょっと顔赤くない? なんで?


「……と、とにかく。変なこと言われても嫌だし、やめといたほうがいいと思う。おれみたいなのと一緒にいるところを見られたら、なに言われるかわかんないよ。……おれと違って晴花は人気者だから」


 苦い顔をしていたから、単に雨月が嫌なだけかと思っていたけど……もしかして、わたしの心配をしてくれているのだろうか。

 なんだ、そんなこと。

 わたしはにっこりと笑う。

 

「大丈夫、わたしのことなら心配しないで」

「いや、でも……」

「気にしない、気にしない! 噂されても堂々としてればいいじゃない。一緒にお昼を食べるだけだもん、なにも悪いことしてるわけじゃないんだからさっ」

 

 ね、と意見を押し通す。

 雨月は終始乗り気ではなかったけれど、それ以上拒否したりはしなかった。

 

 そうだ。

 なにも気にすることはない。

 だってこれも、全部雨月のため。

 雨月に、幸せになってもらうため。

 これは、先生としての正しい判断だ。

 

 心配性の雨月は、まわりの目を気にしてああやって言うけれど……わたしはきっと、なにも間違ってはいないから。

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