圧倒的に有利な条件!
4月になり、ベーシックインカム大実験が本格的にスタートした。
最初はテレビ局や新聞記者などのマスコミが駆けつけたりもしたけれど、しばらくして、その騒ぎも落ち着いてきた。
実際に暮らしてみてわかったのだけれども、特別なコトなど何もない。ただ、周りに便利なお店がないというだけのこと。人によっては、そういうのを大いに気にかけるのかもしれないが、僕にとってはどうでもよかった。どうせ、部屋の中でテレビを見たり、ゲームをして暮らすだけなのだから。
結局、ここは日本であり、他の土地と何も変わらないのだ。ただ、ちょっとばかし制度が違っているという、それだけのことで。
実験がスタートする4月1日が近づくにつれ、街の住民が増えていった。
元々、3000人しか住んでいなかった街に、新たに2000人が加わるのだ。それは、いろいろと問題も起こる。一番の問題は“新規入居者の住む場所がない”というものだった。
マンションやらアパートなんかが乱立している地域でもない。その手の物件の数は限られている。
旅館すらない。何十年も昔に炭坑で栄えていた時代には、宿泊所のようなものもたくさんあったらしいが、今では1軒もなくなっていた。
借りるとすれば、空き家ということになる。空いている家自体は、何百軒もあった。ただ、持ち主が貸してくれないのだ。
理由はいろいろとあるようだったが、一番の原因は“勝手に知らない人に上がりこまれて、家を荒らされたくはない”というものだった。
それらの空き家の持ち主は、ほとんどが他の地域に移り住んでいる人たちで。親から家を相続したはいいが、放置したまま。ただし、定年で退職した後に、いずれ戻って来ようという算段なのだ。
“今は使うはない。でも、いつかは、住むつもりだ”そんな空き家が、アチコチに点在していた。実に、もったいないお話だ。
でも、それは人ごとじゃない。この家だって、僕が住むことにならなければ、同じ運命をたどっていたに違いないのだから。
結局、政府の役人が間に入って交渉し、どうにかこうにか契約がまとまっていった。
その多くは、“シェアハウス”という形で、見知らぬ人同士が何人か集まって1軒の家を借りる形式で落ち着いた。
家賃自体は、そんなに高くはない。結構な広さの家を丸々1軒借りても4万円とかそこらだ。けれども、ベーシックインカムで毎月振り込まれるお金は8万円に過ぎない。しかも、仕事先だってまだ決まっていない。そんな人が1人で一軒家に住むわけにはいかない。なので、必然的に何人かでシェアすることになる。
あるいは、元々人が住んでいる家庭に部屋を間借りする人も多かった。
この地域は住民の平均年齢が高く、高齢者の1人暮らしという家も数多くあった。そんな家に、若い人が住んでくれるならば、それだけで心強い。ほとんど無料みたいな家賃で、部屋を貸してくれる人も大勢いたのだ。
それに比べれば、僕はなんと恵まれていることだろうか!
なにしろ、住む場所は最初から決まっている。家賃など払う必要はない。それも結構な広さの家だ。家族5人くらいで住んでもゆとりがある。無理をすれば、10人だっていけるだろう。家の造り自体は古かったが、内装は10年ほど前にリフォームしたばかりなので、きれいなものだ。キッチンなんて、オール電化になっている。洗濯機に乾燥機、部屋によってはエアコンまで設置されている。
この上、毎月8万円が何もせずに郵便局の口座に振り込まれてくるのだ。
ベーシックインカムスタート時点で、僕は圧倒的に有利な環境に置かれていた!
「こりゃ、別に働かなくても生きていけるな」
僕は、部屋の中で1人そうつぶやいた。