世の中は格差の上に成り立っている
4月になり、新しいベーシックインカム移住者が100人ほど追加された。昨年度の間に、逃げ出してしまったり、亡くなってしまった人が出たためだ。
新しい移住者たちはこの街の各地に散っていき、シェアハウスに入れてもらったり、1人暮らしのお年寄りの家に間借りしたりして暮らし始めた。
僕は、相変わらず将来の見えぬまま、チマチマと畑など耕しながら生きていた。
暖かくなってきてから、再び近所の人から声がかかるようになり、畑作業などを手伝ってわずかな賃金をもらえるようにもなった。
国から月々もらえる8万円だけでも、どうにか暮らしていくことはできたが、それでも近所の人たちのお手伝いでもらえる収入は貴重だった。収入は安定しないし、月に1~2万円程度の額ではあったが、それでも大変にありがたかった。そのわずかな追加収入で、本を買ったりゲームを買ったりできるのだ。
「これでも、随分と恵まれている方なんだよな…」と、僕は1人つぶやく。
そう。なにしろ、僕は家賃を払う必要がない。死んだおばあちゃんの残してくれた家を守っていくことで、無料でここに住むことができるのだ。
それに比べて、他の移住者たちは、もっと過酷な条件で戦わなければならない。1人で住むのは割に合わないので、シェアハウスなどで共同生活をしているのだ。
「だけど、世の中にはもっと恵まれている人たちもいるんだよな…」
今回のベーシックインカム大実験だけ見ても、僕よりもさらに好条件で暮らしている人たちもいる。元々持ち家があって、さらに家族で住んでいる人たちだ。
ベーシックインカムの基本理念により、“全ての人に同じ金額が配られる”ということになっている。今回の実験であれば、1人月に8万円ずつだ。各家庭にではない。1人に8万円。5人で住んでいれば、40万円。10人ならば、80万円。その上に、元々働いて得ていた収入もある。
なんだか、それは凄く不公平な感じがした。
「でも、世の中って、そんなものだからな…」
そう。世の中というのは、常に不公平なものなのだ。常に格差の上に成り立っている。今回のベーシックインカムだって、元々はその格差をなくそうと始められたもの。でも、結果的には、そうなってはいない。
結局、どのようなシステムで社会を動かそうとも、このような不公平は必ず生まれてしまう。それは、どうしようもないのだ。ただ、その不公平を“なるべくなくしていくこと”はできるだろうが。
「もしかしたら、このベーシックインカムというシステムではダメなのかもしれないな…」と、僕はつぶやく。
なるべく理想のシステムに近づけようと、政府は試行錯誤している。人々も努力している。でも、このやり方ではダメかもしれない。財源の問題をどうするかというのもあるが、それとは別に、この方法では根本的に欠陥があるように思う。
僕は、毎月政府に提出している報告書に、素直にそのまま思っているコトを書いて送った。
“何もせずともお金がもらえるから、自分に有利なコトを書こう”などとは思わずに、なるべく公平な視点に立って報告書を書いた。きっと、長い目で見たら、それがこの国のためにもなるし、世界のためでもあると思ったから。




