保存食作り
9月も終わりが近づいてくると、植物の成長も遅くなってくる。これまでのようにスクスクと育ち続けるというわけにはいかなくなってくる。
まだ暑さが残る日も多かったが、朝晩は冷え込む日が増えてきた。
そもそも、この辺りは山と山の間に位置している。標高も若干高めだ。家の隣に川が流れているせいもあるのだろうが、8月からして、日の出前の時間は少し寒さを感じるくらいだった。
明らかに、前に僕が住んでいた実家よりも平均気温も最低気温も低い。ここから、わずか車で1時間ほどしか離れていないというのに…
それでも、さすがは“収穫の秋”というだけあって、ナスやらトマトやらオクラやら、僕の畑でもいろいろと収穫できるようになって忙しくなった。
その上、近所の人たちかも畑作業を頼まれることが増えた。放置されたクリやカキの木もたくさんあり、それらの実を拾うように頼まれることも多かった。
おかげで食べる物にだけは困ることはなかった。自分の畑で収穫した野菜に加えて、お手伝いのお礼にもらった野菜や果物などが家の中に山と積まれていた。
行きつけの食堂に売ったり、シェアハウスの集まりに持っていったりもするのだが、どうしても食料が余ってしまう。
「めんどくさいけど、仕方がないか…」と、僕はブツクサと文句をいいながら、保存食を作っていく。
近所の人に教わったり、インターネットで調べたりしながら、イモやカキやトウモロコシなどを干していく。漬け物やジャム作りにも挑戦してみた。
「まるで、昔の人の生活だな、こりゃ…」
などといいつつも、僕はちょっと楽しさを感じてもいた。
もしも、このベーシックインカム大実験がなく、実家で本を読んだりゲームをしたりアニメを見たりするだけの生活を続けていたら、こんな経験は一生できなかったことだろう。
そりゃ、今の生活だって根本的には大差ない。ゲームもするし、アニメも見る。でも、同時に畑を耕し、草を抜き、保存食も作る。以前とは大きく違っていた。
そういう意味で僕は感謝していた。この環境を与えられたことを。このチャンスをつかめたことを。
けれども、こんな生活を続けながら、同時に不安や不満も感じつつあった。
「残り4年以上こんな生活を続けて、その先に一体、何があるのだろうか?」と。
あるいは、もっと先のことも。
「この先ずっとこのような人生を歩み続けていくわけにもいくまい。どこかで別の人生に切り換える時が来るだろう。そこには一体、何がある?」
このような田舎から抜け出して、実家に帰るか?もっと都会に出ていくか?
いずれにしろ、これ以上の人生を歩める保証などどこにもない。それは、お金の問題ではない。もっと根本的な問題。畑を耕すにしろ、会社に勤めるにしろ、基本は同じ。
朝起きて、仕事に生き、食事をして、寝る。いくらか趣味の時間にあてることはできるだろうが、根本的には何も変わらない。単純作業の繰り返し。
僕は、その人生に耐えられるだろうか?
「自信がないな、そんな人生。果てしのない先を思うだけで、嫌になってくる。憂鬱になってくる…」
僕は、1人そんな風につぶやく。
それでも今は仕方がない。この生き方を続けるしかないのだ。我慢してでも続けるしかない。ただ、いずれ、それにも限界はやって来るような気がしていた…




