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パチンコにハマる隣の畑のおじいちゃん

 “ベーシックインカム大実験”が始まって、いろいろと問題が発覚してきた。それは、実際にやってみるまでは、ほとんど議論にすらあがらないようなコトが多かった。


 たとえば、重複して援助をもらえる人や格差の問題。

 これは、本格的に全国でベーシックインカムを始動させたわけではなく、あくまで実験段階だからこそ生じた問題なのだが。“たくさんお金をもらえる人”と“そうでない人”というのが生まれてしまったのだ。


 1人暮らしの人が月8万円をもらっても、それだけで生活していくのは難しい。家賃に食費、光熱費や通信費、各種保険料などを支払っていると、8万円なんてアッという間に飛んでいってしまう。

 ところが、これが家族5人で生活していくとなるとどうだろう?8万円×5人=40万円。これならば、なんとかなってしまう。1人も働くなくても、生きていくことくらいは充分に可能だろう。

 ある意味で、これは不公平だともいえた。


 それ以上に不満がもれたのが、年金だった。

 現在のお年寄りというのは、結構な額を年金でもらえる(これは、人によって額がマチマチなのだが)それに加えてベーシックインカムで月額8万円ももらえてしまう。これならば、かなり贅沢ぜいたくができてしまう。

 孫に、おもちゃを買ってあげたり、おこづかいやお年玉をあげたりもできる。旅行に行ったり、趣味に使えるお金も豊富にある。

 でも、今の若者たちが将来お年寄りになった時に、同じ境遇を与えられる保証はどこにもなかった。それどころか、もらえる額は減るのが目に見えていた。

 もっとも、これに関してはベーシックインカムというよりかは、年金の仕組みの問題だともいえるのだが…


         *


 そんな風だったから、この街ではムダにお金を使うお年寄りが多かった。

 隣の畑のおじいちゃんも、畑仕事なんてほっぽり出して、毎日のようにパチンコ屋に通っている。自分で自動車を運転し、隣街となりまちにあるパチンコ店まで足しげく通うのだった。

 もちろん、それで勝つ日もあれば、負けて帰ってくる日もある。でも、総合的に見れば、明らかに損をしていた。1日に何万円も損する日もあったし、トータルで見れば月に10万円とか20万円くらい失っているらしかった。


 近所のシェアハウス同士の集まりでも、そのコトはよく話題になっていた。

「そりゃ、自分のお金だもの。自分の好きに使えばいいんじゃないの?」

「そうそう。ああいう人たちがお金を落としてくれるから、世の中はうまく回っていくのさ。ケチケチして貯金なんてされるよりも、よっぽど世のため人のためさ」

「…とはいえ、ちょっともったいないお金の使い方よね?せっかく、国から何万円ももらっているのに、あんなコトにしか使えないだなんて。もっと有意義なコトに使えばいいのに」

「有意義?じゃあ、何に使えばいいんだ?何十万円もする健康器具でも買った方がいいってか?」

「その方が、まだマシなんじゃないの?物が残るだけでも」

「サービスって、そういうものかな~?物理的に物が残るかどうかだけで決められるわけじゃないと思うけど。“幸せだ”と感じることができれば、物質的な物の有無うむは関係ないと思うけど」

「そうそう。何が有意義で何が無意味かなんて、人が決めるもんじゃない。本人が満足していれば、それでいいだろう?」

 このような議論が、頻繁ひんぱんにかわされるのだった。


 僕にはよくわからなかった。

 元々は、“国民全員に最低限の生活を保障する”という目的で始まった、このベーシックインカム。もらったお金を、生活費以外に使ってもいいものなのか、どうなのか?

 そもそも、そのお金がベーシックインカムでもらったものなのか?月々の8万円は生活費に使い、それ以外の収入を趣味にあてているともいえる。果して、それは非難されるような行為なのか?

 誰かがいっていたように、貯金されるよりかはまだマシにも思えた。貯金通帳の額ばかりが増えていき、世の中にお金が回らない。それでは意味がないのではないだろうか?

 お金は血液と同じ。どこか1ヶ所に固まっていてはよくない。常に循環し続けていなければ。そういう意味では、パチンコであろうがなんであろうが、世の中に放出し、回し続けている。それだけで意味があるようにも思えた。

 けれども、もっと有意義なお金の使い方…確かに、そういうのはあるのではないだろうか?


 もっとも、これはまだ実験段階なのだ。

 本格的にベーシックインカムが始まれば、そういった問題も解決される可能性がある。完全に年金という制度がなくなり、今よりもみんなが公平な社会になるかもしれない。きっと、どこかの偉い人が、その辺のうまい仕組みも考えてくれるさ。

 この時の僕は、そんな風に安易に考えていたのだった。

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