続々と誕生するカップル
シェアハウス同士の交流が深まるにつれて、あちこちでカップルが誕生するようになっていった。
恋愛だなんていっても、しょせんは人間関係の延長線上にあるもの。何もない田舎でのコトだ。他にするようなコトもなく、大してお金もなく、時間にはゆとりがある。こうなるのは自然な流れだといえた。
この実験において、恋愛は禁止されていない。むしろ、そういうものも含めての実験なのだ。データ収集には様々なできごとが起こってくれた方がありがたいに決まっている。
ただし、そうなるといろいろと問題も起こってくる。
恋愛感情のもつれからケンカが頻発するようになったし、住む場所の問題も生じてきた。
これまで男同士・女同士でうまく暮らしていたシェアハウスにも亀裂が入る。男女2人で住みたがるカップルも増え、住居が足りなくなってくる。
中には、毎月8万円ずつ定期的に入ってくる収入を捨てて、この街を去る者たちも現れ始めた。
「こんな何もない場所に、いつまでも暮らしてはいられないわ」
「理想の相手も見つかったし、さっさとこんな場所からはおさらばだ」
「都会に出れば、もっと楽しいコトがいっぱいある。お金には苦労するかもしれないけれど、2人の愛があればどうにかやっていけるさ」
といった感じで、ベーシックインカム大実験を途中で投げ出して、「バイバ~イ」ってなもんだ。
「それはそれで、悪くない生き方なのかな?」と、僕は思った。
あくまで大切なのは自分の人生なのだ。実験に協力するとかしないとかは、2の次。まずは、本人同士の幸せが最優先に来るべきだろう。
ただし、少数ながら悪事を働く者も存在した。
この街を去りながら、ちゃっかりお金だけはもらっているという人たちだ。毎月もらえる8万円は、自動的に郵便局の口座に振り込まれる。政府に提出する報告書だって、電子メールでいい。もしも、この街にいなくても、お金を受け取ることはできる。他の街で暮らし続けるというコトは可能だ。
もちろん、それがバレた時は大変な目にあう。着服したお金は全額返金しなければならないし、場合によっては刑務所行きになってしまうかも。
そうして、そんな目にあった人は何人もいた。なにかしらの機会にバレてしまうのだ。たとえば、街の人の密告や、郵便局の引き出し履歴などで。
僕には、そんな気はサラサラなかった。
この人生に不満はなかったし、今の生活に満足していた。むしろ、充実感を覚えているくらいだった。
確かに、退屈に思う日はある。でも、そんなものは、都会に出ていったとしても解消されはしないだろう。クワを握って畑を耕すのが、スーツを着て営業に回るのに変わるだけだろう。あるいは、作業服で工場労働に従事するか。
いずれにしろ、そんなものは退屈な人生に決まっている。それだったら、今のままの方がまだマシだ。
毎日の行動は、完全にルーチンワーク化されていた。
朝起きて、食事をして。その後、畑に出て、草むしりなどをやる。家に帰ってきて、シャワーを浴び、お昼寝をする。駄菓子屋にビデオゲームをやりにいったり、家で溜まっている録画番組を見たり。気が向けば料理をし、そうでなければ近所の食堂にご飯を食べに行く。
声がかかれば、近所の人のお手伝いをしたり、坂道さんの住んでいるシェアハウスに出かけていって食事したり会話したりする。
そんな中にも自由はあった。何をやり、何をやらなくていいか?それらは全部自分で決めるコトができた。面倒ならば、誘いは断ればいい。
きっと、都会に出て働いても、これほどの自由はありはしないだろう。
…というわけで、僕は、もうしばらくこの生活を続けることにしているのである。
おそらくは、ベーシックインカム大実験の終わる5年という期限まで。そうでなくとも、心の底から「もう飽きた!もうたくさんだ!」と思える日が来るまでは。




