抽選で5000人にお金を配る
日本政府によって最初に行われたのは、希望者に毎月8万円ずつを配るというやり方だった。
条件はない。誰でも応募できる。応募者の中から5000人が選ばれ、当選した人には毎月8万円ずつが振り込まれる。そこには所得税などの税金は一切かからない。そういうシステム。
もちろん、報告の義務はある。もらったお金をどのように使ったか、詳細な報告書を毎月1回提出する義務はあった。が、リスクはそれだけだった。
だが、この方法は、うまくはいかなかった。
ベーシックインカムというよりも、“ただ単にお金を配ったにすぎなかった”からだ。
今現在働いている人(あるいは、働いていない人)に対して、ただ一定の金額の資金を渡すというだけでは、何の意味もない。実験にはなりはしないし、そこから得られるモノも何もなかった。
みんな、もらったお金を趣味に使ったり、生活費の足しにしたり、貯金したりしただけ。
「ラッキー!臨時収入が得られた!」くらいにしか考えていなかったのだ。そこには、思想も何もない。
当然のことながら、お金をもらえない人たちからは文句が出る。
マスコミも騒ぎ立てる。
「補助金を配ってるのと、どこが違うんだ?」
「これじゃあ、体のいい生活保護みたいなものだろう」
「1億2000万人の内、5000人が当選する宝くじみたいなものだ!」
そのような批判が国民から殺到した。そうして、わずか1年で打ち切りになった。
ま、これにもいいコトはあった。
この1年間、ニュースで頻繁に取り上げられ、世間はこの話題でもちきりだったし、大いに議論は盛り上がった。おかげで、政治に関心も持つ人も増えた。
けど、それだけだった。当選した5000人が毎月8万円×12ヶ月=計96万円もらって、丸々儲けただけ。
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そこで、今度はもっと本格的な実験が行われることとなった。
1つの街を小規模な国のようにして、外界とは別の手段で運営してみる。もちろん、完全に隔離されているわけではなく、人の出入りは自由。監査官や観光客もやって来る。他の街に遊びに行くことも、日帰りで働きに出ることも許された。
ただ、街の運営システムそのものは別物。そういうやり方だ。
ここで、様々なデータが取られ、将来の国の運営に生かされることになった。
「仮に、ベーシックインカムそのものが失敗に終わったとしても、何かしら得られるモノ・学べるコトがあるだろう」
そう政府に説得され、国民の多くも賛同した。
全国各地から実験に参加しようといくつもの街が名乗りを上げた。
様々な条件から候補地が厳選される。あまりにも田舎すぎず、都会から近すぎず、産業のバランスも取れている土地。季節によって雪に埋もれてしまうような地域は避けられた。
こうして、最終的に、1つのさびれた街が選ばれた。
かつては炭坑でにぎわっていたのだが、炭坑が閉鎖されると人々が去っていき、人口は激減した。
電車はなく、バスは日に数本しか走っていないが、自動車を運転すればちょっとした買い物ができる場所まで15分もあれば行ける。さらに大きな街までは、45分くらいかかる。そういう街。
元々3000人ほどが住んでいる街に、さらに希望者をつのって2000人を集めた。合計5000人。
今度は、最低でも5年は計画が継続されることが約束された。
その参加者の内の1人が、この僕というわけだ。
そうして、この物語も本格的にスタートする。