昔は人が多かったんだけどねぇ…
ある日、僕は近所のおばあちゃんに頼まれて、部屋の蛍光灯の取り替えを行っていた。
作業が終わり、脚立から降りる僕。
「よっし!と。これで、明るくなったはずですよ」
「どうもありがとね~」と、おばあちゃんにお礼をいわれ、お茶とお菓子が出される。
ちゃぶ台に向かい合って座るおばあちゃんと僕。
「昔は、この辺りも人が多かったんだけどねぇ…」と、おばあちゃんの昔話が始まる。
蛍光灯の取り替えだとか細々した作業を僕に頼むのは、こういう役割もあるのだ。おばあちゃんは、普段から寂しくしていて、話し相手を求めているのだった。
近所には、このような人が多かった。
「昔は、この辺りもそれはそれは栄えていたもんだよ。お店なんかも多くてねぇ」
「でも、今は何もありませんよね。ヒツジマーケットと他に食料品が買えるお店が2軒あるだけで」と、僕はいってみる。
「そうなのよ。みんななくなっちゃってね。信じられないかもしれないけれど、以前はなんでもあったもんよ。本屋も文房具屋も豆腐屋もあった。食堂だって開いてたし、旅館だって2つあったわよ。病院も2つ建ってたし、歯医者も美容室もあったのに…」
「何年くらい前の話ですか?」
「何年くらい前かしらね?戦後すぐの時代だから、60年とか70年くらい前かしらね。それが、どんどんなくなっていって、今じゃこの有様よ…」
ズズズッとお茶をすすってから、僕は尋ねてみる。
「子供の数も多かったんですよね?」
「そうなのよ。一番多い時は、小学校に300人近くはいたかしら?」
「それが、今は数えるほど?」
「そうそう。あんまりにも人がいないものだから、1学年で1クラス作れないくらい。年の違う子が一緒の教室で学んでたりするもの」
「そんなにですか?」
「そうなのよ。今に、廃校になってしまうかもしれないわね…」
僕は、ちょっと不思議な気がした。時代と共に人が増えていくならわかる。でも、戦後を境に逆に人が減っていってしまっただなんて。
そういえば、この国でも少子化が問題になってきていると聞く。増えるのはお年寄りばかり。子供は全然生まれない。都会には今でも大勢の人が住んでいるけれども、こういう地域にそのしわ寄せが来ているのだ。
「でもね…」と、おばあちゃんは再び切り出す。
「ン?」
「例のベーシックなんちゃらでたくさん人が来てくれたでしょ」
「ベーシックインカムですね」
「そうそう。それそれ。それで一時とはいえ、人が増えたでしょ。5年が過ぎても、その人たちが残ってくれるといいと思ってるのよ」
確かに。ベーシックインカム大実験により、この街には2000人もの新しい人たちが移住してきた。けれども、僕を含めてその人たちがいつまでもこの街に残り続けてくれるとは限らないのだ。実験期間の5年が終わってしまえば、潮が引くように消え失せてしまう可能性だってある。
元々この街に住んでいた人たちからすれば、それは迷惑な話でもあるのだ。
「そうですね。残ってくれるといいですね」と、僕はいった。
「あなたはどうなの?いつまでも、ここに住んでくれる?」
僕はちょっと迷ってから、こう答えた。
「今は…ちょっとまだわかりませんけど。でも、それもいいかな、という気もしています」
その言葉は嘘ではなかった。確かに、そういう思いも僕の心の中にはあった。ただ、いつまでも同じ生活を繰り返す退屈さも身にしみていた。そういうのは嫌だった。「もっと広い世界を見てみたい」そういう思いがあるのも、また確かだった。




