油山さんによる散髪指導
坂道進さんと一緒に住んでいる油山幸次さんは、散髪がうまい。元々、本職でやっていただけあって、僕なんかでは到底かなわないテクニックを持っている。
そんな油山さんだが、自分の髪の毛はいつもボサボサ。ヒゲも伸び放題。まるで、ドワーフである。
“医者の不養生”とはよくいったもので、油山さんも人の髪の毛を切るのは得意でも、自分の髪の手入れに関しては無頓着なようだった。
ある日、僕はそんな油山さんにこう尋ねてみた。
「どうして髪を切らないんですか?」
「え?いや、面倒だからな。それに、切ってくれるような相手もいないし」
「なんだったら、僕がやりましょうか?」
「お前さんが?」
「そんなにうまくはないと思いますけど、自分の髪を切っていた経験がありますから。他の人よりかはまともにできると思います」
「あ~、そうだな。じゃあ、やってもらおうかな~」
と、こんな風にして、僕は油山さんに散髪のイロハを学ぶことになったのだった。
*
いつものように、庭にビニールシートを敷き、その上にイスを置くと、油山さんに座ってもらう。
油山さんの首にタオルを巻くと、さらに服の上にビニールのシートをかぶせ、てるてる坊主の格好となる。僕が以前にやってもらったように。ただし、今回は立場が逆だ。
「じゃあ、初めは好きに切ってくれよ」
油山さんにそういわれて、僕はハサミを手に取る。道具は、油山さんに貸してもらった。
「はい。じゃあ、いきますよ」
「おう!」
僕はドキドキしながら、ゴワゴワとした髪の毛にハサミを入れていく。迷っていても仕方がない、「エイヤ!」と思い切って一刀目を入れる。
ジョギリ!という音と共に、まとまった量の髪の毛が切れ、パサリと地面に落ちる。
「おう、いい感じじゃないか。勢いのある、いいハサミの入れ方だ」
「そ、そうですか?」
「そうよ!ガンガン行ってくれ!」
油山さんに褒められて、僕はどんどんハサミを進めていく。
ジョギリジョギリという音を立てて、切り落ちていく太くて縮れた髪の毛。
ある程度まで切り進めると、今度は油山さんに指導してもらいながら切っていく。
片手に手鏡を持ちながら、「ああだ、こうだ」といいながら、細かい指示をしてくれる油山さん。僕は、どうにかこうにかその指示に従いながら、不器用にハサミを扱う。
前髪と横髪はそれなりに形になったが、後ろはなかなか指導してもらうのが難しい。油山さんに手鏡を持ってもらい、時々、僕も鏡を持って後ろ髪を映す。2枚の鏡を駆使しながら、どうにか指示を出してもらう。
そうこうしている内に、大体の形が整った。最後は、油山さんに自分で前髪などの細かい部分を切りそろえてもらい、散髪は終了した。生まれて初めて、人の髪の毛を切った瞬間だった。
「おう!なかなかいいじゃないか!」
そう言葉を発した油山さんの姿は、見違えるようになっていた。さっきまでのドワーフはどこにもおらず、かなりの男前に見えた。これでヒゲさえ剃れば、都会にいるサラリーマンとしても通用するだろう。
「初めての経験で緊張しました。でも、自分の髪を切るのに比べると、随分と楽なものですね」
「ハハハ、そりゃそうだ。自分で自分の髪を切るだなんて、プロの理髪師でも、なかなかできるもんじゃない。何度か試せばできるようになるかもしれんが、いきなりは難しいな」
「そ、そうですよね。ムチャしてました…」
それから、散髪道具を片づけると、油山さんは僕の手に何か金属のカケラのような物を握らせてきた。500円玉だった。
「え?」
「散髪料だよ」
「いや…でも、こんな…技術だってつたないし」
「いいんだよ。お前さんが自分の力で稼いだ金だ。また、頼むよ」
「は、はい!」
こうして、僕はこの後も何度も油山さんの髪の毛を切らせてもらい、指導を仰ぐこととなる。




