いざ!ホームセンターへ!
畑を耕し始めた僕は、いろいろと欲が出てきた。
そこで、街の外に出て、大型のホームセンターに行くことに決めた。農作業に必要な道具をいろいろと買いこむためだ。
ホームセンター…あるいは、DIYショップとも呼ばれるそのお店は、今の僕からすると夢のような場所だった。生活に必要な品や、農業用具などが数多く取りそろえられている。
ヒツジマーケットでも、ちょっとした野菜の種などは売っていたが、どうにも種類が少ない。しかも、定価で売られている。大型のホームセンターであれば、少しは値段も安いだろうと踏んだわけだ。
ただし、そこまで行くにはバスに乗らなければならない。
インターネットでホームセンターの場所を調べ、バスの時刻表と料金表を確認してみると、バスは1日5本しか出ていないということがわかった。しかも、片道290円もかかる。往復で580円の出費。これは、かなり痛い!
「こりゃ、農作業道具もネットの通販で購入した方がいいんじゃないか?」
1度はそう考えた僕だった。が…
「いやいや、こういうのはちゃんと手にとって確認してみなければ!重さや手ざわりも重要だ。高いお金を出して買ってみたはいいが、思っていたのと全然違う商品が到着したら目も当てられない」
そう思い直し、やはり、街の外までバスに乗って出かけることにした。
考えてみれば、この街にやって来てから異様に行動範囲が狭くなってしまっていた。このままだと、どんどん世界が狭くなっていってしまいそうだ。たまには、別の空気を吸った方がいいだろう。
*
1日にわずか5本しか出ていないバス。
その内の3本目に乗って、隣街まで出かける。バスの座席に座って20分も揺られると、目的のバス停まで到着した。ここまで、僕の他に乗っているお客さんはほとんどいなかった。
「やれやれ、これじゃあ1日5本しか走っていないのもうなずける。このままだと、今に廃線になっちゃうんじゃないか?」
バスを降りた僕は、そんな風につぶやいた。
それから、バス停の時刻表で帰りのバスの時間を確認して、目当てのホームセンターまで歩き始めた。
バス停から10分も歩くと、目的地へと到着した。
「おお~!凄いな~!!」と、思わず声がもれてしまう。
しばらくの間、何もない自然だらけの環境に身を置いていたせいで、たかがホームセンターごときでも近代的な建物に見えてしまう。まるで、竜宮城か何かのようだ。
建物の中に入って、また驚いた。
巨大な施設の中に、所狭しと商品が並べられているのだ。
「これでもか!これでもか!」と物であふれ返った棚から、「さあ!オレを買ってくれ!」とばかりに商品たちが威圧感を発している。
「ちょっと前まで実家にいた時には、こんなもの大したコトがないと思ってたんだがな…」
そう!おばあちゃんの残してくれた家にやって来るまで、僕はここから車で1時間と離れていない土地に住んでいたのだ。そこには、この程度のお店、近所に何軒もあった。
その時には、それがいかに贅沢なコトなのか全く理解していなかったのだ。あの頃の僕は、なんと恵まれた環境に生きていたのだろうか。何もない田舎にやってきて、それをようやく理解したのだった。
それから、僕は店内をグルリとひとまわりして、お目当ての農作業道具を物色してみる。
「ウ~ン…これもいいな。おばあちゃんの家にあったクワは完全にさびてしまっていたからな。新しいのを1つ持っておくかな?」
「お?こっちの草刈り道具もいいな。柄の先に三角形の金属がついていて、そこがギザギザになっていて草を刈りやすくできているのか。これならば、腰をかがめずに除草作業ができるな。しかも、クワみたいに地面を掘ることもできるらしい」
「そうだ。野菜の種も購入しておかないとな。何がいいだろうか?とりあえず、基本となるものから始めよう。育てやすくて、この季節に合っている物は…と」
などと、1人でブツブツ言いながら、商品を見て回る。
「あ!アレは!!」と、僕は視界に入ってきた物を見て驚いた。
それは、自転車だった。
「自転車だ!自転車があるじゃないか!アレさえあれば、ここまで来るのに高い料金を払ってバスになんて乗る必要はない!」
値段を見ると、安い物だと9800円から置いてある。
「ウ~ム…この一番安いのを買ってみるかな~?このまま乗って帰ることだってできるし」
そこで、僕はいろいろと思案する。
「いやいや、待てよ。“安物買いの銭失い”なんて言葉もある。ここは、あまり安すぎる物は避けておいた方がいいかも。それよりも、ちゃんと作りがシッカリしていて、タイヤも丈夫で、段つきのヤツにしておいた方がいいかもな。しかし、それでは2万円を超えてしまうな…」
僕はいろいろ考えて迷ってしまう。
「今日の所はやめにして、自転車はまた今度にするかな~?」などと考えてみたりもする。
結局、店内をグルグルと歩きながら1時間も2時間も思案に暮れてしまった。
「あ!しまった!バスの時間が!!」
僕は、1日に5本しか走っていない貴重なバスを乗り損ねてしまっていた。
「この時間に出ていったのが4本目だから。残り1本しかないな…」
そこで僕は決断する。
「ええい!ままよ!これも長期投資と思えば安い物!!まだ5年近くはあの家で暮らすのだ。自転車の1台くらい持っておかなければ!」
そう決心した僕は、思い切って店員さんに声をかけた。
「すみませ~ん!自転車くださ~い!!」
*
こうして、僕は新ピカの自転車を1台購入し、さらにクワやら草刈り道具やら種やらをまとめ買いし、なんやかんやで結局4万円近くも出費してしまった。
「ちょっと、これは痛いな。月に8万円しかもらえないのに。仕方がない。いくらか貯金を取り崩すか…」
そう。僕はこの街にやってくる前にいくらかの蓄えを持っていたのだ。貯金通帳の残高は、世間の人々に比べれば大した額ではなかったが、それでもしばらくの間、贅沢をするくらいはできそうだった。
それをくだらない遊びなどに使わず、こうして移動手段や農業用具のために使ったのだから、まあ偉いといえよう。
おニューの自転車にまたがり、買ったばかりの農業用具を肩にかつぎながら、どうにかこうにか帰路についた僕は、そんな風に考えながら自転車のペダルをこぎつづけるのだった。




