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僕の畑

 毎日、駄菓子屋に通い、ブロックを押して敵を倒すゲームを極めていく一方で、僕はもう1つ新しいコトを始めていた。

 それは、畑作業だった。


 それは、こんな風にして始まった。

 いつものようにヒツジマーケットで手作りのお弁当を買って帰ろうとする僕。レジで会計を済ませ、店を出ようとする。すると、ヒツジマーケットのおばさんが、こんな風に話しかけてきたのだ。

「あなたのおばあさんはね、この街ではとても人気があったのよ」

「へ~、そうなんですか。でも、僕にとっては口うるさいおばあちゃんでしたよ」と、僕は答える。

「それはそうかもしれないわね。確かに、おしゃべりな人だったから。それがお節介せっかいに思えるコトも多かったでしょうね。でも、誰にでも積極的に話しかけて、困っている人がいたらすぐに手を差し伸べるような親切な人だったわよ。あなたのおばあさんがいなくなって、私の母親もさびしがっていたわ」

「なるほど…」

 僕の記憶の中にあるおばあちゃんは、いつもまくし立てるようにしゃべりまくり止まらない人だった。まるで、機関銃みたいにペラペラペラペラと“言葉”という名の弾丸を撃ち込んでくる。

「ああしなさい」「こうしなさい」「あの人は、こんなに立派な人で」「私の援助してあげた人は、こんな風に努力して、今では立派に成長して大学の教授になって、有名な科学雑誌にも論文を発表するような人になったの」「あなたも負けないように努力して、偉い人になりなさい」

 なんて話を1日中しているような人だった。それも、同じ話を何度も何度もリピートするものだから、聞かされているこっちは、たまったものじゃあない。

 まるで、壊れたテープレコーダーか、番組制作能力のないラジオ局が何度も同じ番組を再放送しているような感じだった。


 けれども、考えてみれば、アレこそが“コミュニケーション能力”というモノだったのかもしれない。少々わずらわしくはあったけれども、確かにヒツジマーケットのおばさんがいう通りでもあった。

 “誰にでも積極的に話しかけて、困っている人がいたらすぐに手を差し伸べるような親切な人”そこの部分は当たっている。少なくとも、そういう一面はあった。

 そうして、僕の母親はそういう性格を引きいでしまっている。だからこそ、一緒にいるとうんざりしてしまうのだった。


 ヒツジマーケットのおばさんは、さらに言葉を続ける。

「いつも子ネズミみたいに動き回っている人でね。常に何かしていないと気が済まない人だったのよ。しゃべっているか動いているかしないと、心が落ち着かなかったのね。畑なんかもたがやしていたし…」

「畑?」と、僕はたずね返す。

「そうよ。知らなかった?よかったら、場所を教えるわよ。誰も耕さず、荒れ放題になってるから、あなたが引き継いで使ってあげれば、畑もおばあさんも喜んでくれると思うわよ」


 そういえば、おぼあちゃんは、よく手作りの野菜をくれたっけな。ものなんかも1年中漬けていたし。


 その瞬間、記憶がフラッシュバックしてくる。小さな子供の頃の記憶だ。おそらく、まだ小学校にも通っていない頃。おじいちゃんがまだ生きていた時代のコト。

 僕は、おじいちゃんに連れられて、近くの畑へと向っていた。坂道をテクテクと歩いていき、5分か10分ほど歩くと、畑に到着する。そこでは不格好ではあるけれど、大きく立派に育った数々の野菜が実っていた。

 ナスビだとかキュウリだとか、スーパーで売っているのとは全然違っていた。キュウリのツブツブは見たこともないくらい大きかったし、野菜はみんな変な形にひん曲がってしまっていた。それでも、大きく育っていたことには違いがない。形こそ悪かったが、野菜たちはみんな、全身から「僕は、こんなに立派に成長しましたよ!」という気をムンムンと発していたのを覚えている。


「教えてもらえますか?その畑の場所を」

 無意識の内に、僕はそんな言葉を発していた。


 僕は働かない。この街に来る前に、そう決めていた。

 特に、誰かに命令されて働くのだけは絶対に嫌だった。

 でも、これならば…

「きっと、畑で野菜を作るだなんて、ゲームみたいなモノだろう。実際に、農場経営のゲームも何度かプレイしたことがあるし」

 その時の僕は、そんな風に安易な気持ちでいたのだった。

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