ヒロシ、武器を作る!~その②~
~前回までのあらすじ~
オリジナル武器を作るクエストを選択した絶賛彼女大募集中の主人公・ヒロシは、その武器を作る為に必要な素材集めに奔走していた。
最初の獲物であるオオサンショウウオモドキを捕獲する為にあの手この手を駆使して臨むヒロシであったが、実際はただ川に入っていただけなので捕獲できるはずも無かった。
なのにも関わらず意気消沈しながら現実世界に戻ったヒロシ。果たしてこんな調子でオオサンショウウオモドキを捕獲する為の手掛かりは見つけられるのであろうか!?
頑張れヒロシ! 負けるなヒロシ! 未来は君と共にあるはず!
さてさて今日の昼休み。現実世界に戻った俺は昼食を取りに食堂に向かう。
ソロプレイだったので特に待ち合わせは無いのだが、VR世界ではずっとマドカが付きっきりだったので現実世界に戻ると少しばかりこの静けさが寂しさとなって身に染みる。
あれはあれでありがたい事なんだなと、少しばかり感謝である。
今日も大好きな和食の日替わり定食の食券を購入し、席を確保した後にカウンターまで料理を取りに行く。
すると、料理を受け取る列の中には一際目立つナイスバディな長身の女子生徒の姿があった。
ユーミンである。
特に話し掛けたりはしなかったが、俺が料理を席に運ぶと、丁度隣のテーブルにユーミンが一人で座っていた。さすがに目が合ったので、軽く頭をペコリ。すると
「ヒロシ君も一人? じゃあそっちのテーブルで一緒に食べてもいい?」
などと言ってくるではないか。断る理由など無いので、俺はもう一度ペコリと頷く。するとユーミンも笑顔で移動してくる。
「じゃあ、お邪魔しまーす」
「神様、ありがとう……」
「え?」
「ああ、いやいや、何でもない」
思わず心の声が漏れてしまった。何度も言うが、ユーミンのルックスは俺の好みなのである。
スラッとした長身に、擬音で例えるならボン・キュッ・キュッのパーフェクトボディを持ち、美しく整った小顔にピッタリの爽やかなショートカットで文句の付けようが無い。
最強班長決定戦の決勝で対戦した時もVR世界のはずなのに女の子らしいいい香りがした(気がした)し、下着だって可愛らしいパステルピン……おっと、ここらへんでストップしておこう。理性、理性っと。
しかしいざ目の前にすると、中々会話が進まない。今日の献立は鯖の塩焼き、ひじきの煮付け、ポテトサラダと豚汁なのだが、5分もしないうちにポテトサラダは完食、豚汁も具を全て平らげてしまった。せっかくのシチュエーションなのに気まずい。
するとユーミン側から沈黙を破ってくれた。
「あはは、面白い食べ方するね。それじゃ豚汁じゃなくて只の汁じゃん」
「はは、そうだね」
ハッキリ言って何が面白いのか全く分からなかったが、一応相づちを打つ。きっと彼女の頭の中も俺と同じことを考えていたのだろう。
と言うか昨日のマドカの映像が頭に焼き付いていて、楽しく話がしたいのに煩悩が邪魔をするのだ。
「ところでさ、ヒロシ君もう初級クエスト突破したんでしょ? さすが最強班長だよね」
「いや、まぁ、トシマキと一緒だったけどね」
少しばかり謙遜して見せたが、ユーミンは微笑みながら話を続ける。
本当は、ユーミンがいいタイミングで着替えてくれたからクリアできたなんて、口が裂けても言えまい。
「それでもさすがだよ。やっぱり私を倒したのもまぐれじゃ無かったんだね。何たって私が負けたのは両親のせいだもんねー」
「いや、それは俺が言ったんじゃ無くて、俺の中のもう一人の俺が勝手に、いやまぁ俺ではあるんだけど俺ではない俺でとにかくその……」
何て説明していいか分からなかったが、ユーミンは笑って聞いてくれている。
「あはは、ヒロシ君て面白いね。私も班長じゃなくてヒロシ君の班員が良かったなーなんて」
「はは、苦労するよ、きっと……」
ここで面白い事の一つも言えないとダメだと自分でも分かっているのだが、中々のピュアハートの持ち主である俺は、見つめ合うと素直にお喋りできないのである。
現実世界での自分に自信が無いと言えばそうなのだが、だからこそゲームの中ではせめて主人公の様でありたいと思っているのかも知れない。詰まる所が臆病者なのだ、俺は。
「あのさ、ヒロシ君、今日の放課後って空いてる?」
「えっ? 空いてるけど」
「じゃあさ、お願いがあるんだけど、クラスの子達とカラオケに行くんだけど、女子が3人で男子が2人で、ちょっと釣り合いが悪いから一緒に来てくれないかな? ヒロシ君なら大歓迎なんだけど」
「うーん。まぁ、そう言う事なら」
一瞬デートの誘いかと思った自分が恥ずかしいが、それでもユーミンと出掛けられるのならば変わりはない。しかも安請け合いしてしまったが俺はアニソンしか歌えない。まぁこの際どうにでもなれである。
「じゃあ、放課後教室で待ってるから、ログアウトしたらまたね!」
と言ってユーミンは食器を片付け、教室へと戻っていった。
午前中のオオサンショウウオモドキ捕獲で行き詰まって沈み気味だった俺は、いつの間にか元気を取り戻した様にスッキリとした気分になった。
教室に戻る前にトイレに言ったのだが、そこで見た鏡の中の俺の表情がニヤけてキモかったのはここだけの話である。
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昼食を終えて先程の川に戻ってきた俺は、もう一度マドカと作戦を練る。
攻略不可能なゲームなど無いのだから、必ず方法はあるはずなのだ。
すると不意にマドカが話し出す。
「所でパパ、何かいい事でもあったの? さっきから顔がキモいんだけど」
どうやら顔の緩みが全く元に戻っていなかったらしい。
「うるさいわ。お前はいつも傷付く事を平気で言うなよ」
「どうせお昼ご飯でママといい事でもあったんでしょ? 脳内からダダ漏れだよもうキモいなぁ」
「キモいキモいって連呼するな! 仕方無いだろ、昨日最初に出会った時には二人きりで飯食うなんて想像もできなかったんだから」
「出会った時、ねぇ……」
マドカが軽蔑の目をこちらに向けるが、もう勝手にしろと言う感じである。
「出会ったと言えば、パパは最初にどうやってオオサンショウウオモドキを見つけたの?」
「いや、何もして無いよ? 水が綺麗だったから両手でこう、掬い上げただけで……ん?」
「何か分かったの、パパ?」
「……マドカ、お前は親孝行娘だな」
「ななな、なニイッテンの!? べ、別に優しクナンカしてあげテナイんだかラネ!?」
まさかのツンデレ属性だったらしい壊れ気味の娘をよそに、俺はすぐさま水辺に駆け寄り、最初に来た時と同じ様に両手で水を掬った。
こぼれない水、淀む水面。タイミングを図って、首を左肩にぶつける様に一気に降り倒す。
「ここだっ!」
直後に手の中の水からピューっと水鉄砲が飛んでくる。読んでいた俺は水鉄砲を顔に食らう事も無く、そのまま背面にある砂地に水を放り投げる。
するとその砂が埃を巻き上げながら、動く生き物の姿を露わにして行く。その姿はまるで唐揚げにされる為に油で揚げられる前の鳥肉の様だ。
「よっしゃー! オオサンショウウオモドキ確保!」
しばらくするとオオサンショウウオモドキは動く事をやめ、キラキラと輝くエフェクトと共に透明になりながら消えていった。
直後に俺の眼前にウィンドウが出現。
「You get オオサンショウウオモドキの皮×1」
と映っていた。
ナイスなヒントを導き出してくれたマドカにも改めて礼を言うべくウィンドウを覗いてみるが、まださっきの会話の余韻が残っていたのかアワアワしていたので、絡むと面倒くさいから黙ってウィンドウを閉じた。
かくしてまずは一個目の材料ゲットと言う事になった。
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次の獲物はシッタカブリの殻かドリルホーンバッファローの角だが、今いる位置からだと荒野エリアが近いので、そうなるとシッタカブリがどんな生き物であっても、必然的にバッファロー狩りになるだろう。
名前だけ見るととても強そうな名前だが、俺も段々とこのクエストの特性が分かってきたのであまり心配はしていない。
おそらくミッション系のクエストには、派手な戦闘は無いのだ。さすがにまだ中級と言うだけあって、戦闘してガッツリ狩ると言うよりは何かしらのパターン行動で獲得フラグを立てる方法が採用されていると見ている。多分ね。
とにもかくにもまずはそのドリルホーンバッファローとやらを見付けない事には始まらないのだが、川エリアから10分もしない位置に荒野エリアはあった。
さてさて、お目当ての牛を探していると、早速いるではないか。20頭くらいの群れで走り回っている猛牛達が。
体長自体は1.5メートルも無さそうなのだが、いかんせん群れている上に、走るスピードが早い。
そして噂のドリルホーンとやらも半月の弧を描く様な美しい角が、確かにネジ巻いている。あれで刺されたらワンパンで始末書確定だろう。
ここでもやはり、まずはマドカと作戦を練る。
まずはざっくりと流れを確認する。
①群れから一頭を引き離す
②何かしらの罠に掛け、動きを止める
③恐らく剣で角を切り落とす
こんな所だろう。角は左右で2本有るので、捕まえるのは一頭で間違いないはずだ。
問題は、どうやって一頭だけおびき寄せるかである。
「マドカ、お前には何か辞典的な機能は無いのか?」
「良く聞いてくれました、パパ! 泣く子も黙る超高校級データバンク、その名も窓ぺディア!」
「黙る理由が1ミリも分からんけどな。とりあえずバッファローについて検索してくれ」
「Yes,BOBB!」
「何とボスじゃない!? つーかボブって誰だ!?」
そんな下らないやり取りはまたまた置いといて、データが見つかったようだ。
ふむふむ、どうやらバッファローの雄は頭部で角の根っこが繋がっているらしい。そして雌よりも一回り大きいとの事だ。
早速バッファローの群れをチェックすると、確かに一頭だけ条件に該当する個体を発見した。どうやら狙うのはアイツで間違い無さそうである。
となると、後はどう引き離すかだが、俺には既に妙案が浮かんでいた。
「マドカ、お前のそのいつも暗い背景は赤とかにできないのか?」
「できるよー、ハイ!」
見事に一瞬で背景色が赤に変わる。お次は……
「お前のそのフリル付きのカチューシャはケモミミにできるか? できれば牛かバッファローみたいな角がいいな」
「できるよー。コスプレ機能は全プレイヤーでもパパだけが使える裏コマンドだよ。幸せ物だね、ハイ!」
他に実用的なパパ特権は無いのかと思いながらも見事に牛の耳がマドカに装着された。後は準備をするだけだ。ステータスウィンドウを開いて剣を装備し、ザクッと地面に突き刺した。
俺はまず、バッファローの通行ルートからやや外れた場所に10分程掛けて深さ2メートル、幅1.5メートル四方程の穴を掘った。そして水の魔法石を取り出し、その穴を魔法で精製した水で埋める。
「さてマドカ、ここでお前の出番だ」
「はぁいパパ、何すればいいのー?」
俺はニヤリと微笑み、ただ一言。
「お前はここで開いたままでいてくれればいい」
「?」
不思議そうなマドカをよそに、俺は真横に立っている。
「そら来たぞ、閉じんなよマドカ!」
正面から、進行ルートに沿ってきたバッファローの群れが走ってくる。ちょうど観察しつつ計算したルートの曲がり門で次々とバッファローは迂回して行くが、その中の一頭、つまり狙っていた雄バッファローが真っ直ぐに突っ込んできた。俺はマドカから離れて、水を張った落とし穴の後方にすぐさま移動する。
「狙い通りだ。人間も牛も雄は分かりやすいな」
つまり俺が仕掛けたのは闘牛さながらの赤い布切れモドキである。あの布はムレータと言うらしいが、そこに雌牛に扮したマドカが映っていれば少し位は食い付く確率も上がるだろうと思ってのコスプレ指示である。
その上マドカはデータなのでバッファローが触れても何も問題は無い。
そして雄バッファローはマドカのいる位置に猛ダッシュで突っ込んできたので、5秒後には落とし穴にズッポシである。我ながらパーペキな作戦だ。
さぁ来い、ドアホバッファローめ!
パリンっ!
「ん?」
何か割れる音がした気がするが、とりあえずバッファローは無事に落とし穴に落っこちてくれたので、ブモブモ言いながら溺れている。
しばらくすると息絶えたのか、オオサンショウウオモドキと同じエフェクトを発しながら静かに消えていった。
「You get ドリルホーンバッファローの角×2」
と俺の目前にウィンドウが現れた。2つめの材料ゲットである!
これが正しい獲得方法だったのかは定かではないが、何はともあれ今回はすんなりゲットできたのでヨシとしよう。
そして何やら嫌な音がしたマドカのウィンドウに目を向けると、案の定ウィンドウの左半分が割れて崩れ落ちている。残った右半分も至る所にヒビが入っており、とてもマドカと会話できる状態じゃない。何やら大変な事になってしまった。
と言うか、ウィンドウがまさか物体化しているとは思っていなかったので完全に誤算である。
とは言え、以前ウィンドウの中なら安全とマドカも言っていたので多分大丈夫であろう。しかしさすがにウィンドウが壊れてしまってはマドカと連携が取れないので、これにはお手上げである。
いくら会話の9割がコントだとしても、仮にもマドカはプレイヤー支援ナビゲーションが本職だ。
マドカ抜きで進めるというのは、取扱説明書無しで進む事と同義である。なので早速、緊急用連絡回線を使って担任のまり子先生に指示を仰ぐ。
「システムコマンド! 『ECL』オープン。まり子先生に繋げてくれ」
ECLとは、エマージェンシー・コミュニケーション・ラインの略称である。本来、このVR世界でのプレイヤー間の通信手段はステータスウィンドウ内のメールツールのみで、この緊急用通信のECL以外は電話の様な通信機能は無い。理由は、電話で簡単に通信が出来てしまうとクエスト攻略方法の伝達や頼み事の横行が発生し、プレイヤーの技術向上を阻害してしまうかららしい。例えるなら、ペーパーテスト中に他人と連絡を取る様なものだからだ。
メールツールにしても、用件は必要最低限と言う事で送信は1日3回まで、1通50文字以内と定められている。なので他のプレイヤーと連絡を取るならばVR世界か現実で直接顔を合わせるしかない。
情報1つでも自分の足で稼げ、と言う事である。
なんて言っている内に、まり子先生と回線が繋がった。
「はい、小田です。ヒロシ君どうかしましたか?」
俺は事の顛末を全て話した。するとまり子先生から衝撃の事実が明かされる。
「それは困りましたね。本来の使い方ではない方法での運用で学校の備品を壊した訳ですから、どうしても弁償になってしまいます。とりあえず修復プログラムは流したので、5分もすればまた開けるようになりますよ。それにしてもあのモンスターを攻略したなんて……有り得ないですね」
ゲームの中なのに備品かよ!? とツッコミを入れたかったが、まり子先生も結構ガチな雰囲気で話してきたし、俺の活躍が予想外だったのか驚いてくれている様なのでここはグッと我慢をしよう。ナイス大人の対応、俺。
「それで、いくら位するんですか? あと、いつ支払えばいいんですか?」
「支払いは来月の学費と混ぜてね。金額は100円位です」
「学校が払え!」
結局我慢しきれずツッコンでしまったが、たかだか100円の物を生徒負担で学費に混ぜて支払わせるとは、笑止千万もいいところである。
とりあえずはこれでマドカも復活するので、俺は次の標的であるシッタカブリを探しに歩き出した。
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「パパ酷いよ、いくらなんでもアレは無いよ」
「スマンスマン、でもお前のお陰ですんなりクリアできたし許してくれよ」
俺は復活したマドカと共に次の獲物に向けて会議中だ。
「でもさ、シッタカブリってやっぱり虫系なのかね? マイマイカブリみたいな名前してるし。マドカはどう思う?」
「どうなんだろうね? でも殻が付いてるんなら虫か甲殻類の生物しかいないよね」
「だよな。 案外、カタツムリの殻から出られなくなったマイマイカブリだったりしてな」
「何それウケるー! いくらなんでもそんなアホ設定でモンスターを作らないでしょ」
アホ設定にされたAIのお前が言うなと心底思ったが、そうこうしている内に目的地の山エリアに到着。勿論、ビッグゴリラを討伐した始まりの町の裏山である。
虫系のモンスターがいるとすれば山エリアで間違いは無さそうなのだが、一言で山と言っても広いのでどこにいるかが分からない。
クエストに指定されている以上、ある程度は目立つ虫なはずなのでそれだけが救いだろう。
そんなシッタカブリを探す道中で、俺はアジサイの花が大量に咲いている地帯を見つけた。今はまだ4月だと言うのに、季節外れのアジサイが見られたのはVR世界ならではの光景だろう。
「なぁマドカ、アジサイって本当はいつ咲くのか知ってるか?」
「シッテルヨ。ナツダヨ」
「お、よく知ってんな。そんな知識はこの世界に必要無さそうだから知らないと思ったよ」
「シッテルヨ、シッテルヨ。アジサイシッテルヨ」
なんだかマドカの話し方がおかしいので、新しい芸風かと思ったらマドカが言う。
「パパ、さっきから誰と話してるの? 独り言?」
「え? いやいや、お前と話していたんじゃないか」
「話してないよ? パパも遂に幻聴が聞こえるようになった?」
「バカを言うな! この歳でイカれるほど不摂生はしてないわ!」
しかし俺は確かにマドカと話していると思ったのだが。幻聴なんぞが都合のいい返答も出来るはずないし、確実に誰かが俺と会話していた。
「ゲンチョウハビョウキ。シッテルヨ、シッテルヨ」
突然の声に、俺とマドカはビクッと身を震わせ顔を合わせる。声のした方向に恐る恐る視線を向けても、そこにはアジサイが咲いているだけでやはり誰もいない。
「パパ、花の根っこになんかいるよ!」
マドカが慌ててそう言うので、俺もアジサイの根元に目を向けるとそこには少年時代に良く見たカタツムリの殻が3つ転がっていた。その内1つがカタカタと小刻みに震え、ヒョコッと小さな顔を伸ばす。
黒い頭につぶらな目、触覚かアゴか分からない4本のアンテナの様な突起物。カタツムリの殻に入っているが、間違いなくカタツムリではない。マイマイカブリである。
まさか捜索前にマドカと話していた通りのアホ設定が採用されているなど思っていなかったので驚いたのもあるが、本当にこの虫がシッタカブリで合っているのか確かめたかったので、俺はその虫の殻をひょいとつまみ上げて幾つか質問をしてみる事にした。
「さっきから俺と話していたのはお前か?」
「シッテルヨ、シッテルヨ。ニホンゴシッテルヨ」
声の主はコイツで間違いない様だ。続けて質問をする。
「お前の名前はシッタカブリで合ってるか?」
「シラナイヨ、シラナイヨ。シッタカブリ、ソンナカッコイイムシ、シラナイヨ」
どうやら間違いない。確信犯もいい所だ。そして何も話していないのに、シッタカブリが続けて喋り出す。
「シッテルヨ、シッテルヨ。オマエ、ヒロシ、オキイオパーイガスキ、シッテルヨ」
「黙れ」 ぴんっ!
戯れ言を抜かして来たので、デコピンぽく指で弾くとシッタカブリは「アァッ!?」とか言いながら本体だけがどこかへ飛んでいってしまった。
「You get シッタカブリの殻×1」
と、お決まりのウィンドウも出たので、俺はもう一匹も同じ様にデコピンで弾き出し、材料を揃えた。
この虫系モンスターを設定した製作者は、一体何をさせたかったのだろうか? 甚だ疑問である。
さてさて、これで残るはオリハルゴンの鉱石とやらを見付けるだけである。
最初はどうなる事かと思ったが、昼飯以降はすんなりと進めているので今日中にクエストクリアができそうだ。
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残る材料のオリハルゴンとやらであるが、これまでと違うのはその存在を現実世界では見たことがないので、探すとしても全くのノーヒントである。行き先も勿論分からず、ここに来て手詰まりである。
あまりにも手掛かりが無いので、始まりの町に戻りながらマドカに愚痴をこぼす。
「『オリハルコン』ならゲームの中ではよく聞く用語なんだけどなぁ」
「どんなものなの?」
「メチャクチャ硬い素材で、今回みたいに装備とかによく使われているレアアイテムって設定が一般的だな。多分ここでもそれに近い位置付けだとは思うんだが。鉱石って設定なら、鉱山や洞窟的なエリアがあれば分かりやすいんだけどな」
「ふーん。でもレアアイテムって言っても、こんな序盤から手に入るものなの?」
マドカの疑問は的を得ていると思う。『オリハルコン』と言えば、大体のゲームでは最上位の武器素材として扱われている故、おいそれと手に入るケースは少ない。
「とりあえず、町の武器屋にいってみるか。何か別のフラグが立っているかもしれないし、情報収集もしたいしな」
と言う事で、始まりの町に帰還した俺はまずは武器屋に足を運んだ。
武器屋の隣には掲示板が新設されており、なにやら数人のプレイヤー達が騒ぎ立てている。
その中には俺の班のメンバーであるナトセの姿もあったので、何が起こったのかナトセに聞く事にした。
「おいナトセ、何かあったのか?」
「お、ヒロシじゃん。クエストの不具合だってよ。なんでも上級クエストの内容が間違って流れていたらしいぜ」
「そうなのか。まあそれじゃどうせクリアできないから仕方ないよな」
会話を終えて、俺は掲示板の内容に目を向ける。ふむ、どれどれ。
~クエスト内容修正のお知らせ~
中級クエスト『オリジナル武器を精製せよ』におきまして、一部現状のプレイ環境では攻略不可能な要素が発見された為、内容を修正させて頂きます。
修正内容:クエスト『オリジナル武器を精製せよ』は上級クエストに持ち越し
理由:特定フラグ専用モンスター『ドリルホーンバッファロー』の捕獲に必要な上級クエスト専用アイテム『紅のムレータ』が現段階では取得不可能な為
……なるほど。まり子先生が驚いていたのはこの為だったのか。そんな上級モンスターがまさか100円で討伐できるとは誰も思うまい。きっと俺がクリアした事も手伝って、今頃はドリルホーンバッファローのマドカチート作戦も出来ないように修正されているだろう。
しかしこれにはどうしたものか。ここまでの苦労が水の泡になってしまうのは悔やまれるが、オリハルゴンの鉱石さえ手に入れば俺だけは現段階でもオリジナル武器を作れるのだが。
なぜ俺が諦められないかと言うと、修正内容に『オリハルゴンの鉱石』についての記述が無かったからだ。と言う事は、これは現段階でも取得可能という事の証拠だと推測できる。しかしそれでもノーヒントである事には変わり無いので、進展があった訳ではないのであるが。
「はーあ、しっかしあの石買った意味無かったなー。せっかく強力な武器が手に入ると思ったのに」
とナトセが愚痴をこぼす。
「何の事だ? 何か高いアイテムでも買ったのか?」
「ああ、『オリハルゴンの鉱石』って知ってるか? 武器作るのに必要だったんだけど、上級クエストのモンスターからドロップできるレアアイテムなんだってさ」
そうだったのか、道理で現段階でノーヒントな訳だ。しかしナトセは確かに買ったと言った。
「ちなみに、買ったってどこで買ったんだ?」
「ああ、そこの広場にランダムで登場する旅商人のNPCがレアアイテムを売っているんだよ。ただ、本来はしっかりクエストを攻略して手に入れるアイテムばかりだからどれも値段が高くてびっくりしたよ。どうしてもクリアできない生徒の為の救済システムなんだろうな。全く、金で単位を売っているみたいでこの学校も腹黒いったらありゃしないぜ」
それに漬け込んだお前が言うな。しかし、ここは交渉の余地アリだ。
「なあ、それ良かったら譲ってくれないか? 上級クエスト始まったらすぐに返すから」
「え? こんなの何に必要なんだ?」
「別のクエストで必要だったんだ。なんならマドカのコスプレ裏コマンドを教えてやってもいい」
「裏コマンドだと!? それは服だけでなくケモミミなんかも装着できるのか?」
「ああ、確認済みだ。俺のオススメは牛さんだ」
「……いいだろう。交渉成立だ。ただしそれ5万円も学費追加したんだからちゃんと返せよな」
「分かった、ありがとう」
こうして俺は娘の秘密と引き換えに、難なく最後の武器素材を手に入れる事に成功した。しかし何故コイツは5万円もの財政力を持っているのだろう。間違いなくゲーム内課金の中毒者である。読者の皆は気をつけて欲しい。
さてさてこうしてオリジナル武器に必要な全ての材料を手に入れた俺は、それらを武器屋に持って行く。どんな武器を作ってくれるのか楽しみである。早速武器屋の店主に話し掛けるとイベントフラグは有効だった様でストーリーが進む。
「へい、らっしゃい! ア、アンタそれは伝説のドラゴン『オリハルゴン』の鉱石じゃないか! 是非とも俺にそれで武器を作らせてくれないか?」
伝説のドラゴンのパーツが5万円でいいのかと思ったが、まあストーリーを進めよう。俺が支払った訳じゃないしな。
「ああ、よろしく頼む。何が作れるんだ?」
「この中から選んでくれ」
店主はそう言って、俺の目の前にウィンドウを開く。様々な武器がズラリと並んでいる。
剣や銃に加え、大鎌や杖など個性的な物もあったが、俺はやはり勇者チックに剣を選ぶ……つもりだったが、ウィンドウの1番下に気になる文字を発見した。
「超魔導砲? 何かの大砲的な武器か?」
「へい、それは七大魔道具の一つだぜ。1番最初にこのクエストをクリアしたプレイヤーにのみ選択可能なスペシャルプレゼントだぜ」
「七大魔道具?」
聞いた事の無いアイテムだが、それについてマドカが解説を始める。
「それはねパパ、この世界に1つずつしかない7つの最強アイテムの事だよ。特殊条件を満たすと入手できる設定なんだけど、本来は上級クエストから解禁されるはずのシステムだったの。今回はラッキーでパパだけが武器を作れたから、条件を達成できたって事かもね。ちなみに各魔道具の入手条件は私も知らないの」
なるほど、つまり隠し要素としての特殊武器と言う訳だ。この様な限定アイテムはMMORPGでは特に珍しいものでは無いので、ありがたく受け取っておく事にした。この世界でたった1つだけの武器とあらば、さぞかし強力な武器なのだろう。
店主が俺のステータスウィンドウ内のアイテム一覧から材料を全て抜き取ったのを確認すると、1分程店の裏にこもって武器を作ったらしい。実物はお目に掛かれなかったが、ウィンドウの装備一覧には確かに『超魔導砲・オールイレイザー』と確認ができた。店主によると、注意事項として、あまりに強力な為に24時間で3回までの発射制限がある事、そして人に向けて打たない事を指摘された。
こうして店を後にした俺は、さっそく超魔導砲を使ってみたい欲求に駆られながらも、放課後にユーミンと待ち合わせしていた為に明日に回してログアウトする事にした。
なにはともあれこれで8単位目をゲットである。
目標の無双候補に向けて、大きな単位と強力な武器を手に入れ、充実した1日を過ごした俺であった。
つづく。