ヒロシ、極限の彼方に
無双学園高校2年生の主人公・ヒロシは、初めてのVR世界に今までに味わった事もない感動を受けつつも、どうも心の底からは素直に喜び切れない。
なぜならば、この世界にログインするにあたり、たった1つだけ重大なミスを犯してしまっていたのだ。
「現実世界の俺の体よ、俺が戻るまでどうかこのままトイレを我慢していてくれよな……」
さて、5人の班長によるバトルであるが、奇数人であるので勝ち抜けトーナメントにすると1人シードを作らなければならないが、ここはスポーツ無双であるユーミンに譲る事で全班長が満場一致で決定した。こんな時にはやはり功績を称える意味でも事が有利に運ぶのだ。
気になる対戦相手だが、ここはじゃんけんによりハカセ対ゴールドフィンガー、そしてゆい☆ポン対俺という組み合わせになった。正直言って班員選びにそこまで執着の無い俺は、このバトルの温度感があまり分からなかったので、2試合目に回されたのはありがたい限りである。
「双方、前へ!」
と、まり子先生が気合の入った声で指示を出した事もあり、周囲には一瞬にして緊張感が張り詰める。固唾を呑んでとは、まさにこの事を言うのだろう。
人を見た目で判断する訳ではないが、このカードは退屈なものになるだろうと予想している。納得いく表現を用いるのであれば、ガリ勉VS真正ヲタという構図だからだ。
そんな事を考えていたら、対戦する2人の頭上に突如巨大なウィンドウが出現。「激突!究極バトル~第1回最強班長決定トーナメント~」などと大層な響きのタイトルが映し出されている。あまり想像したく無いがこれって2回目もあるという複線なのだろうか。
巨大ウィンドウには続いて対戦者のプロフが映し出される。
【氏名】 :小磯河 博士
【アカウント名】:ハカセ
【誕生日】 :10月19日
【好きな一言】 :文武両道
【嫌いな一言】 :一夜漬け
【好きなゲーム】:推理モノ・知育ゲーム
【嫌いなゲーム】:格闘ゲーム
【もし魔法少女になれたら?】:TOEIC満点取りたいです
【だろうねww】 :な、なんなんですか一体!?
あいつもヒロシだったのか……とか思いつつ、名前と誕生日以外はいかにも見た目どおりの面白くも何とも無いプロフだが、最後の回答は焦ったのが丸見えだな。なんせ音声入力だからな。
続いてゴールドフィンガーのプロフが映し出される。
【氏名】 :金指 幸太
【アカウント名】:ゴールドフィンガー
【誕生日】 :2月23日
【好きな一言】 :酒池肉林
【嫌いな一言】 :文明開化
【好きなゲーム】:FPS(オンライン銃撃戦ゲーム)・MMORPG
【嫌いなゲーム】:一箇所に集まらないと出来ないやつ全般
【もし魔法少女になれたら?】:札束風呂に入りたい!
【ふーん】 :……え?
奴の名前に関してはもう何も言うまい。しかしハカセの時もだが、最後の一言は完全にアドリブである。もし俺が中の人だったら、奴には同じ反応をするだろう。彼とは美味い酒が飲めそうだ。
プロフ紹介が終わると、巨大ウィンドウには「READY」の文字が浮かぶ。いよいよである。そして、「GO!」と表示が切り替わった瞬間、戦いの火蓋が切って落とされた!
最初の攻撃は、意外にもハカセからだ。金指に向かって全速力でダッシュ!あまりの形相と思い切りの良さに、周囲のクラスメイトからも「おおーっ!?」と歓声が湧き出る。
それに対して金指が「なっ!?」と驚きながらも、静かに腰を落とし半身になり、空手の構えにも似たポーズを取る。次の瞬間、それを見たハカセも右腕を頭の高さまで引き上げ、真正面から殴りに掛かる。ハカセの速度は更に勢いを増し、徐々に距離を詰めて行く。
2人の距離が残り5メートルを切ると、金指は流れるような動きで右足を大きく振り上げる。カカト落としで対抗するつもりだろうか。
金指の足がぎりぎりまで伸び切った瞬間、ハカセがまだ間合いに入らぬにも関わらず思い切り振り落とす。ビュッっという風を切る音に次いで、ハカセの目前にて、ズドン! と猛々しい破壊音を立てて右足を地面に叩きつける。観客達もその一挙手一投足に「なにぃ!?」と湧き上がる!
この技はまさしくーー床ドンである。
無論、そんな事では勢いが付いたハカセの足は止まらず、振りかざした右腕は美しい直線を描き、渾身の右ストレートが金指の顔面にクリーンヒットしたのであった。「ぶるふぇっ!」と言いながら宙を舞う金指は、現実世界なら差し歯が決定的だったであろう。
死合終了である。
「勝者、ハカセ!」
と、まり子先生に殊勲の右腕を高々と掲げられ、残った左手でメガネの中心部をクイッと上げるお馴染の仕草をしたハカセは、ゼエゼエと息を切らしながら死合の締めくくりに金指に向けてこう言い放った。
「TOEICを馬鹿にした罰だ……」と。
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第一試合の興奮冷めやらぬ中、いよいよ俺の番である。予想外のハカセの奮闘(?)振りにクラスメイト達のテンションも一気に最高潮に達した様で、ハカセには悪いが正直言ってありがた迷惑である。
そもそも、女子相手に手を上げねばならない俺としてはイマイチ戦う気が失せるのであるが、どう戦おうか悩んでいる間にも、頭上の巨大ウィンドウが対戦相手のゆい☆ポンのプロフを表示する。
【氏名】 :藍川 結衣
【アカウント名】:ゆい☆ポン
【誕生日】 :9月3日
【好きな一言】 :一生懸命
【嫌いな一言】 :だまし討ち
【好きなゲーム】:テーブルゲーム
【嫌いなゲーム】:ホラー系
【もし魔法少女になれたら?】:素敵なお嫁さんになりたいです
【なれるといいね】:ハイ、一生懸命頑張ります!
これはもう「いい子」の一言である。こんな子に手を上げるなど、どうして俺にできようか。出来る事ならば避けて通りたいものである。続いて俺のプロフも流れるのだろうが、自分のプロフにはあまり興味は無い。
が、何だか観客達がざわつき始める。更に対戦相手のゆい☆ポンが若干引き気味な表情で妙な事を言う。
「ヒロシさんて、イメージと全然違うんですね……」と。
【氏名】 :大空 広
【アカウント名】:ヒロシ
【誕生日】 :5月15日
【好きな一言】 :学級閉鎖
【嫌いな一言】 :チート
【好きなゲーム】:恋愛シュミレーション系全般
【嫌いなゲーム】:MMORPG全般・ウイ○レ
【もし魔法少女になれたら?】:リアル感謝
【じゃあ僕と契約しようよ?】:訳がわからないよ
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!
やめろっ、やめでぐれマジで恋愛シュミが好きとかマジでヤメロしかもリアル感謝とか言ってねぇし何ソレだしもう訳がわからないよ!!!
……失敬。悪意ありすぎる誤植(?)に一瞬我を忘れてしまったが、最早この口から言える事は1つしかない。
奴とは一生、美味い酒は飲めまい。
そうこうしている内に、死合開始が迫る。まり子先生が高々と右手を上げ、開始の合図を今、声高に叫ぶ!
「死合開始っ!」
かくして俺のデビュー戦が幕を開けたのである。
戦いが始まりはしたものの、どう攻めたものか。相手のゆい☆ポンもわなわなした感じで困っている様子だ。こんな子が人に手を挙げた事など当然無かろう。
互いに攻め手を欠きつつ2分程経った時、俺は最高とも言える妙手を考案した。早速脳内でシュミレートを開始する。
よし、イメージは固まった。後は実行に移すのみだ。
1分後、ゆい☆ポンは地面に尻餅を付き、勝負はあっけなく終了した。何があったか分からない様子でゆい☆ポンがこちらを見ている。
俺が取った妙手とは、こうだ。
「ゆい☆ポン、頭に虫が付いてるぞ!」
と叫びつつ、視線を逸らした隙にダッシュで懐に入り、ゆい☆ポンが視線を俺に戻した瞬間にパンッ! と猫だましをして怯ませ、更にその隙に高速で背後を取る。したらばすかさず腰を落とし、膝の高さをゆい☆ポンの膝裏に合わせる。
とどめは渾身の力で俺の膝を前方に突き出す!
「大空御剣流秘奥義・膝カックン!」
である。
こうして第2試合は俺の完勝という形で幕を閉じた。敗戦のショックから未だに立ち上がる事もできず、ちょこんと可愛らしく尻餅をつきながら、今にも泣き出しそうで悔しげな表情をするゆい☆ポンを尻目に、俺はドヤ顔でこんな言葉を手向ける。
「敗者の君にその☆は似合わない。作者の負担軽減の為にもその☆は取り上げだ」と。
かくして「ゆい☆ポン」はこの戦いを境に「ゆいポン」として新たな旅立ちを迎えるのであった。
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激戦続く最強班長決定トーナメントも折り返しを迎え、第3試合にてついにシード登場である。
組み合わせはハカセ対スポーツ無双のユーミンである。勝った方が俺との決勝戦で対決する事になるので、俺としても一瞬たりとも目が離せない一戦だ。
ユーミンについては既に紹介済みだが、実はルックスも申し分無く、黒髪ショートカットがこれでもかと言うほどにその小柄な顔に似合っている。結構俺好みなタイプである。
巨大ウィンドウにはまずハカセからプロフ紹介があり、続いてユーミンのプロフが流れる。
ほどなくして周囲には今までにないどよめきが起こった。
【氏名】 :神崎 遊海
【アカウント名】:ユーミン
【誕生日】 :7月20日
【好きな一言】 :天衣無縫
【嫌いな一言】 :出来レース
【好きなゲーム】:スポーツ系・格ゲー
【嫌いなゲーム】:RPG
【もし魔法少女になれたら?】:……あぁ?
【いや、ですから魔法少……】:訳がわからないよ
詰んでる。
もうハカセ詰んでるよ。戦わなくても分かるよコレ。こんな完璧な魔王ステータス見た事が無いもん。
心の中で、どうにかしてハカセが仮病を使ってくれる様に祈ったが、その願いは届かずに必死に制止しようとする観客に向けて、ハカセは自慢のメガネを正しながら一言こう遺した。
「諦めたら、そこで死合終了ですよ……?」
そして無常にも死合開始の号砲がまり子先生の口から告げられるのであった。
「第3死合、開始っ!!」
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さて、いよいよ決勝戦である。
文章に書き残す意味も無い程に瞬殺されたハカセの戦いからは当然の如く得られたモノなど無く、あるのはラスボスを目の前にした恐怖ばかりである。
観客達も、この戦いがせめて字に残る様に善戦を期待する哀れみの目をしている。
とは言っても、ここでやらねば話にならぬ。一矢報いるにはどうすべきか。
そう言えば、昔々に遡るは戦国時代。メチャクチャ強い傾奇者のお侍さんがこんな事を言ってたな。「いくさ人は戦う前から死人と化しているので、いくさ場に出たら何も恐れる物は無い」とか何とか。
よし、ポジティブシンキング完了。こうなったら当たって砕けろである。
そうしていよいよ決勝戦、緊張の一瞬がやってくる。目の前の魔王に何とか一泡吹かせてやるべく、常に先手を取ろうと意識してゴングを待つ。
毎度の如く両者のプロフ紹介を終え、まり子先生の右手が高々と上がる。
「それではこれより決勝戦を執り行う。位置について……死合、開始っ!」
まり子先生もレフェリーが板に付いてきたのか、本来のキャラから脱線しかけている。
そんな事は置いといて、まず俺は左右に小刻みなステップをしながら右、左とジャブを繰り出す。ユーミンを女子と思っていては勝機はあるまい。
しかしながら打たれる側に回ってもユーミンの戦闘能力はズバ抜けており、全て片腕でバシッ、バシッと防がれる。たまらず2メートル程距離を取ると、一瞬で間合いは詰められ、強烈な右足ハイキックが俺の頭部を襲うが、間一髪で両腕を交差してガードに成功。あまりの重さに痺れが残る。
そんな俺の両腕を労わる素振りも見せず、続けざまに左足でミドルキック、更にまた右足でハイキックと連続で追い討ちが掛かるが、何とかガードして耐え切る。
人の気持ちを知ってか知らずか、観客達のボルテージは一瞬で沸き上がり、周囲には歓声と悲鳴が入り混じる異様な空気に包まれる。
このままでは俺に勝ち目は無いと悟るや否や、やや長めに距離を取り、自分にある武器を頭で整理し始める。
俺にあるのは、冷静な判断力、空手の経験、秘奥義、後は……後は何か無いか!?
あるではないか。俺には誰にも負けない超高校級の正確無比な究極武器が! 今使わずにいつ使うというのだ。
「うおおお! 轟け、俺の必殺黄金の右目よ!!
程なくして、俺の目前にはユーミンのステータスが流れる。
【Name:Yuumi Kanzaki】
【165cm:48kg B86・W57・H84】
【美点:くっきり二重の目】
【弱点:うなじ】
「なん……だとっ!?」
ある事実に俺は驚嘆の声を上げた。今日のユーミンはジャージを着ていたので全く気付かなかったが、なんとあのパーフェクトだと思われていたまり子先生よりも1㎝も、1㎝も…
「おっきいじゃねえかよぉおおお!!」
その瞬間、俺は咆哮を上げると同時に、意識の奥底で、俺の中の「何か」が目覚めた気がした。
意識は遠のき、体中の血が噴き上がる様な熱さが全身を覆い、急に体が軽くなり、力が漲るような、そんな感覚に包まれる。
そして俺ではない誰かに体を支配されたかの様に、自然と口が開いた。
「ユーミンよ、お遊びはこれまでだ。かかって来い」
俺がそう言い放つと、ユーミンは無言で俊足を活かして俺の懐に入り込む。
ユーミンの高速の左フックを何とか避けると続けざまの右ハイキック! しかしこれも瞬時に見切りかがんで回避。すかさず立ち上がり眼前にて猫だまし!怯んだ隙に音速でユーミンの背後に回りこむ。
しかしこれは読まれていたのか、右ハイキックからの回転運動の流れで左バックブローが飛んでくるが、この腕を両手でガッチリと抱え込む。その刹那、俺はユーミンの耳元へ素早く顔を近づける。
「大空御剣流奥義・極限疾風斬!」
そう心の中で雄たけび、「フウーっ」とユーミンのうなじ目掛けて熱い吐息を噴射すると、魔王の口から「はんッ!」という可愛らしい声が漏れた。同時にそれまで狂気の暴君であった魔王の表情は、恍惚のそれに変貌しており、体を小刻みに震わせながらガクッと膝から崩れ落ちた。
この瞬間、初代最強班長のタイトルは俺が王者として君臨する事となったのであった。
半ば覚醒状態であった俺の意識はいつの間にか元の俺に戻っており、勿論、偉大なる敗者に対する労いの言葉も忘れなかった。
「俺の最大の勝因であり、君の最大の敗因は、君(の体)が完璧過ぎた事だ……恨むんなら、健康に育ててくれたパパ、ママを恨むんだな」
なんて訳もわからない戯言を抜かしつつ、この究極バトルは幕を閉じたのであった。
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かくして班員決めの優先権が
1 ヒロシ
2 ユーミン
3 ハカセ
4 ゆいポン
5 金指
の順に与えられるのであった。
つづく。
途中、下に走り過ぎてすみませんでした(笑)