初・体・験
前回、クラスで一番最後にログインをしたひろし。
偶然にもそれが効を奏したのか、ログインにて意識が遠退く直前、教室内で驚くべき光景を目にする。
30人もの人間がみな同じ方向に、同じリクライニングシートに座り、同じヘッドパーツを着けているそれは、まさに怪しい新興宗教団体の様な一体感を産み出していた。
だが、ひろしが不快だと感じていたシートのバイブレーションによって細かに揺れる女子生徒のそれは、ひろしにまた違う感情(愉しみ)を抱かせるのであった。
「振動よ、グッジョブ!」
かくいう訳で記念すべき自身初めてのVR世界にログインした訳だが、10秒程の異空間での転移を挟み、無事着陸した先は直径5メートル程の銀色の円盤で、周囲には宇宙空間を模したであろう暗闇が広がっている。
暗闇の中に散りばめられた無数の小さな光が、それぞれ星の様な雰囲気を醸し出しており、まるで本当の宇宙空間に来た様な気分にさせてくれる。
神秘的な光景に目を奪われていると、俺の胸元からおよそ30cm程離れた位置に40センチ四方程のウィンドウが出現した。これがRPGなどでいう所のメニュー画面なのだろう。
中を覗き込むと、現実氏名やアカウント名等の記入欄が用意されており、早速記入を開始。
すると目の前にいきなりもう1つウィンドウが出現し、中には同年齢位の女の子の顔が映し出されている。良く見ると顔の輪郭がポリゴン調になっていて、実在する人物ではなくCG技術で作られた顔である事が分かった。すると画面の女の子はニッコリと微笑んだあと、挨拶と説明を開始する。
「おはようございます。私は超高校級プレイヤー支援用メイド型AIナビゲーションシステムです。通称はまた後ほどご案内させて頂きます。まずはご主人様のプロフィールを入力致します。音声入力となりますので、項目を選択して、声を出せば入力完了ですので、まずは発声して下さい」
なるほど、本格的にゲームの世界っぽくなってきたが、通称がなぜ後回しなのかはさておき、各項目を埋めていく。
【氏名】 :大空広
【アカウント名】:ひろし
【誕生日】 :5月15日
【好きな一言】 :学級閉鎖
【嫌いな一言】 :チート
【好きなゲーム】:MMORPG全般・ウイ○レ
【嫌いなゲーム】:恋愛シュミレーション系全般
【もし魔法少女になれたら?】:リア充爆破
【じゃあ僕と契約しようよ?】:訳がわからないよ
俺としては結構真面目に答えたと思うのだが、ちらほら運営側(学校?)の悪意も感じる内容である。
チートが嫌いな事を意外に感じる人も多いであろうが、これは単純な理由で、いつもネトゲでチート野郎にフルボッコにされているから、というだけである。
入力も終わったので先のメイド型AIに提出をするのだが、その画面上には赤い文字で【入力エラー】と出ている。指摘されたのは3箇所あり
・【氏名は姓と名の間にスペースを空ける】
なるほど。でも音声入力だから俺のせいじゃ無いだろ。修正完了。
・【アカウント名はカタカナ必須】
あーはいはい。これはネトゲあるあるだな。これも俺のせいじゃ無いが、「ヒロシ」っと修正完了。
・【名前が小学1年生の漢字しか使われていません】
やかましい。俺にどうしろって言うんだ。
そんな感じでエラーを修正すると、メイド型AIは「入力完了しました。それではフィールドに移行します」と言いながら消えていった。
直後に、目前の宇宙ぽい空間が足元の方から裂ける様にして神々しい白い光と共に開かれてゆく。そのあまりの眩しさに慌てて顔を両腕で覆い、「うわーっ」と叫びながら棒立ちしている事10秒。正面から優しい声で「ヒロシ君、ヒロシ君」と作りたてのアカウント名(って言っても本名だけど)を呼ばれた気がしたので、恐る恐る腕を下げると、そこにいたのはカーテンを開けながらこちらをじっと見つめるまり子先生ではないか!
神秘的だった宇宙空間が只のテントによって作られた暗室だったなんて少しばかりショックではあったが、何はともあれ初のVR世界に確かな1歩を踏み出したのであった。
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初めてのVR世界は、それはもう言葉にならない位感動した。生い茂る緑の草木に、遠くに堂々と連なる山脈、爽やかに吹き抜ける風まで見事に現実の様だ。
さて、生徒全員のプロフィール作成が終わったらしく、まり子先生が一同を集めて、今度こそオリエンテーションを開始する。
「まずはプロフを元に自己紹介をしていきます。その後、カリキュラムの説明をして、時間を取ったら班を作っていきます。では出席番号1番のゆい☆ポンさんからどうぞ」
うわーこれ変なアカウント名だと恥ずかしいなザマァww とか思いつつ、すぐに俺の番が来た。苗字が「おおぞら」なので、出席番号5番目なのだ。
さしたる特徴も無い俺の自己紹介はすぐに終わり、全員分が終わった所でまり子先生からカリキュラムの説明が入る。
「まず1学期はこのVR世界での操作、立ち回りにおける基礎力を付ける為に、100個のクエストを用意しています。それぞれソロでも班でも、我慢出来ないならカップル同士でも挑戦してかまいませんが、中には班限定クエストや期間限定クエスト、班対抗クエスト等もありますので、周りの人とは適度に仲良くしておきましょう。なお、このクエストが今までで言う所の“単位”に当てはまります。ほとんどのクエストが1単位となっていますので、1学期に取得必要な90単位をしっかり満たせる様にペース配分を心がけましょう。」
なるほど。この無双学園は2学期制なので、まずは半年かけて90単位をクリアすればいい訳だ。
「因みに、90単位目のクエストを履修しようとすると強制的に特殊ソロクエストとなりますので、必然的に各自のクリア順位が出る形になります。その中で1・2・3年生の計100名中上位10名に入ると10傑と呼ばれ、例えば10番目ならば“第十席無双候補”と呼ばれる栄誉と、2学期での授業に様々な特権が与えられます。この無双候補権限が有るか無いかでは天と地程の差がありますので、皆さん積極的に狙って行きましょう。」
そうなのである。この無双学園では優秀な成績を残せる生徒には“無双ランク”を授与しており、年度末に決定するこの無双ランクが有るか無いかでエライ違いがあるのだ。
どれ位凄いかというと、1度無双ランクが与えられれば卒業はほぼ確定である。その分野の活動であれば、何をしたって単位として認定されるからだ。
例えば俺が今年度末に無双ランクを授与されたとして、3年生での卒業必須単位が50だったとしよう。教室で携帯アプリを攻略してても1単位だし、お台場とかでゲームショウに行っても1単位である。
つまる所が、ゲームプレイなら攻略すればヨシ、それ以外のゲーム活動なら参加すればヨシ、合計で50単位分の活動をするだけでOKという神システムなのである。
更に言えばその分野においてのプロな訳なので、その分野の企業から引き抜きがハンパ無いという話もある。将来まで安泰が見込める凄まじい権利なのである。
無双候補とは、半期の成績を称えて授与される暫定の無双ランクなので、履修カリキュラム自体は変わらず、ある程度の特権が与えられるらしい。それでも肩書きがあるので十分にエライ。
さて、続いては班を作る作業だ。
どの様に決めるのかと言うと、まずは班長を計5人決め、ゲームで争いクラスから欲しい人材を引き抜いていき、計6班作るというものだ。プロ野球のドラフト制度と言えば分かりやすいだろうか。
その肝心の班長の決め方であるが、まり子先生が立候補を募るが、ここは2人が挙手。いかにも委員長風のオーラが漂う長身の黒縁メガネ男子「ハカセ」と、先ほどの出席番号1番の「ゆい☆ポン」である。ただでさえ女子と話すのが苦手なのに、堂々と「ゆい☆ポン」とか言える気がしないのは俺だけではないだろう。
小柄で、かわいらしい掻き揚げた横髪が特徴的な女の子である。しかしアカウント名に使っていいのはカタカナだけでは無かったのか。女尊男卑だな。
他には立候補が出なかったので、続いて推薦を公募すると、これには様々な名前が挙がったが本人が了承しなかったりと時間が掛かった。
結局出揃った3名は「ゴールドフィンガー」、「ユーミン」、そして俺となった。
俺に関してはまり子先生が既に決めていたらしく、端から推薦も何も無かった。枠は実質上4人だった訳だな。大方、去年のよしみで雑務が頼み易いからだろう。
「ユーミン」は「ゆい☆ポン」に続いて2人目の女子班長だ。背は165cm程で女子にしては高い方だろう。
実は学年の誰もが知っている運動科、そしてバスケ部でスターである。
昨年冬の全国大会で1年生ながらエースとして大活躍、決勝では大会記録を上回る得点数を上げブッチギリのMVPに選出。無双学園バスケ部初の全国大会優勝の立役者となり、勿論ユーミンは昨年度末の無双ランカーである。
運動科から転科してきた理由は、どうやら燃え尽き症候群らしく、バスケ部も退部したらしい。
しかしなぜ次のステージにこのGコースを選んだのかは、俺には知る由も無い。
「ゴールドフィンガー」については、去年隣のクラスだった。授業で何回か一緒に話した事もあり、何を隠そうネトゲ仲間、所謂同志である。とりあえず男性だが、特徴が無いのでこの辺でいいだろう。
さて、5人の班長も決まった事で、後はゲームの説明を残すのみとなった。
おもむろにまり子先生がウィンドウを出現させ、慣れた手つきで操作を終えると、突如3枚のカードが現れる。手品の様な見事な手捌きに、まり子先生には拍手が飛び交い、先生も照れた仕草とカワイイ笑みで返しているが、気持ちの中では先ほどの自爆を取り返した安堵でホッとしている事だろう。
3枚にカードには「じゃんけん」「運動」「クイズ」と書かれており、どれで戦うかを選ばなければならない。
先生がそれぞれのカードをまとめてシャッフルし、ババ抜きの様にカードの背をこちらがわに向けて指の間で開く。代表をして、俺がそれを引く事になった。
しかしよくよく考えると、何を引くかで勝敗はかなり左右される。何故なら「クイズ」が選ばれれば秀才(ぽい雰囲気)のハカセが有利である。
そうかと言って「運動」を選べば、スポーツ無双のユーミンが自慢の体躯を活かしてそれこそ無双してくるだろう。
となると公平に決めるなら「じゃんけん」しか無いのだ。勝機を見出だすには、この3択のヒキに全てが掛かっている。
唸れ! 俺の右腕よ! と心の中で叫び、勢い良く中心に位置するカードを引き抜こうとしたその時、誰もが予想し得なかった事態が起こる。
何と、渾身の力を込めて引っこ抜いたにも関わらず、まり子先生の指からカードが抜けていなかったのである。
「こっちまで緊張しちゃって、ついつい力が入ってしまいました、てへっ」
とか言ってるがどこにそんな膂力があったのか。全く仕方ない奴だなまり子は。
そんな茶番は置いといて再び引き直すと、願い虚しく引いたカードは「運動」という事で、まさかのユーミン無双待ちという結果になった。
しかしよくよく考えてみれば、ここはVR世界、筋力ではなくステータスの数値がモノをいう世界ではないのか?ならば今の時点では皆横並びという仮説が立つ。
もしそうで有ればユーミンの無双体勢が崩れ、更に何をやるのかによっては全くの五分に持ち込める筈だ。しかし逆に言えばハカセやゆい☆ポンにも差が無くなってしまう事にもなるが、そこは油断大敵で注意しつつ、かなざ…ゴールドフィンガーは、まぁ気にしなくてもいいだろう。
内容は、すぐにハカセがまり子先生に問い掛けてくれた。
「所で先生、運動とは何をするんですか?」
「はい、やはりここはGコースですから、格ゲーで競ってもらいましょう。詳しいシステムの説明はまだなので、一発クリーンヒットが入った時点で勝ちとしましょう」
キタコレまさしくキター!
これは願っても無い大チャンスだ!何せ俺は小6まで空手をやっていたので、打撃の受け攻めは得意中の得意である。
まさかの俺が4人まとめて無双してしまうシンデレラストーリーも有りうる。
かくして俺を含めた5人の班長によるサバイバルゲームはこうして幕を開けたのであったとさ。
つづく。