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夢の合間に  作者: 朔羅
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「飛鳥さん!おはよう!」

騒々しい朝の通期時間帯で回りのサラリーマンは朝から何だか重たい空気を纏って歩いている。そんな駅構内には全くと言っていいほど似合わない軽やかな声で呼びかけられ、はっと後ろを振り返る。

「あ、おはようございます。飯島さん…」

昨日の今日で凄く打ち解けた雰囲気を醸し出されているのは気のせいだろうか。そして彼女は周りの視線という物を一切感じない特殊体質なのだろうか。

「昨日は遅くまでありがとうね。凄く楽しかったわ。また行きましょう」

だから、せめて疑問符を添えてくれ…

「え、ええ。是非。」

なんとか絞り出した声と笑顔は、最後まで崩れていないだろうかと心配になる。どうして、こんなにも気に入られたのか不思議で溜まらない。早く飽きてしまわないだろうかと期待するが、果たして彼女は飽き性なのだろうかと、なんとか逃げる方法はないものだろうかと策を巡らせる。

しかし、駅から会社までは10分もない距離にある。ここで進路を変えれば変に思われる為、別々に進むわけにもいかず、彼女と共に出社するのは免れない。

「ところで飛鳥さん。一ついいかしら。」

「は、はい…?」

「どうして同期で同じ部署なのにずっと敬語なの?」

少し頬を膨らませて、拗ねたような顔をする飯島。この表情にどれだけの男性が……。

「あ、えっと…私会社で敬語ではない人はいないというか…」

敬語の何が問題なのだろうかと、疑問を浮かべる。なんと説明すれば良いのかもわからず、口籠っていると彼女はほっとしたように、そしてなんだか心の底から嬉しそうに微笑んだ。

「あら。そうなの?それなら、私が飛鳥さんのため口第一号って訳ね」

ペロッと子供のように下を出す。

「は、はい!?」

思わず声が上ずる。一体この人はまた何を言い出すかと思えば…。ああ。飽きてくれるのを期待するのは、やめた方が良いのかもしれない…。


朝からどっと疲れを抱えたまま午前の業務をこなし、気づけばもうお昼となっていた。

もうこんな時間か…。今日はなんだかいつもよりもしんどいな…。

昨日から立て続けに飯島に話しかけられ、いつになく気疲れしていた。

ふと廊下から正面広場が目に入る。


キッチンカー…?


会社の敷地内に、小さなワンボックスとパラソルが見える。そういえば風の噂で聞いたことがある。不定期でキッチンカーに正面広場の一角を提供しているとか…。

今日がその日なのか。確かに天気も良く、外で食事をするにも打ってつけといえばそうかもしれない。

今日はお弁当もないことだし、覗いてみるとしよう。


「いらっしゃいませー!」

青々と美しく広がる空に、眩しく太陽の光が降り注ぐ中、とても爽やかな青年がキッチンカーの中から客を迎えている。なんだか苦手なタイプの店員だと気が舞える。

「あ、えっと…おすすめとかってありますか?」

太陽のせいか、青年のせいか、余りにも眩しくて俯き加減で問う。

「嫌いな食べ物はないですか?」

「あ、はい。」

「かしこまりました!本日のおすすめは、こちら当店自慢のBLTサンドです!当店限定メニューでして、新鮮なトマトとレタスの触感に、とにかくやわらかくてとろけそうな鶏肉とオリジナルソースが絡まってめちゃめちゃ美味しいです!」

いや、BLTサンドって…どこでも売ってるのは?と、自信満々な笑みを浮かべている青年にはとても言えず、BLTサンドとブレンドを注文する。

注文している間にも続々と社員達が列をなしていく。商品を受け取ると自社の社員達から逃げるようにそそくさとその場を離れる。視線の端で、男性社員と楽しそうに談笑している飯島がいた。今日はお昼まで絡まれなくて済んだとほっと胸を撫でおろす。そもそも彼女には常に纏わりつくように人だかりができる位の人気者なのだから、私にかまける必要なんて微塵も無い筈なのだ。


住む世界が違う…。


そんなことを同じ会社の同期に感じる自分を少し惨めに思えたが、考えてもどうしようもないことだと思考を振り払う。今日は珍しく楽しみにしていた事があるのだ。


騒々しくもどこか冷たい空気がひんやりと抜けるオフィス街から少しだけ離れた公園。

公園の中はしんと静まり返り、通行人もまばらだ。周囲に住宅街も少なく、平日の昼間から公園を利用する者は少ない。外回りで疲れた足を休めるためか、スーツ姿の男性が一人二人ベンチに腰かけているくらいのものだ。


ここは何だか落ち着くな。


本来人気のない公園に、女性が一人で訪れるのはあまりよろしくないと言えるだろう。昨今、都心部でも単独で行動する女性はなんらかの犯罪に巻き込まれるケースが珍しくはない。琉音も女性が無残な姿となって発見されたニュースを日々目にしていた。普段ならば一人で人気のない場所に近寄ろうとも思わないのだが、昨日見つけたこの公園だけは違っていた。風が心地よくそよぐ。何の音もしないと思っていたが、すっと耳を澄ましてみると、木々の葉擦れの音や小鳥の囀りが少し遠くから聞こえてくる。

都会のど真ん中にいるのを忘れさせてくれる不思議な空間で、爽やかな青年おすすめのBLTサンドを食す。


あ。思ってたよりも美味しい…。


自信満々な青年の眩しい笑顔が蘇る。BLTサンドと一言で言っても、ここまで違うのか。それともこの空間が味覚まで変えさせるのか。なんだかふわふわとした感情が再び心を包む。

あれ。この感覚。

瞬間、さあっと風が舞い上がるように吹き抜ける。

落ち葉や塵が宙を舞うその光景に、不思議な既視感を覚えた。

どこかで見たことがあるような…でも、どこで?

デジャヴとでも言うのだろうか。初めて見る景色のはずなのに、前に見たことがあるような感覚。人によってはデジャヴといった体験は身近にあるそうだが、琉音にとっては初めての事だった。

ぼうっとどこを見るでもなく、視線を委ねた刹那、はっと我に返る。会社に戻らなければならない時間だ。慌てて身支度を整え、会社に戻るため公園を後にする。

しばらく、お昼はここで決まりだな。

昨日から溜まっていた気疲れが一気に解放されたような、穏やかに気持ちで会社へ戻る。お節介だと思っていた母の愛情にも、感謝の念すら抱いていた。

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