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夢の合間に  作者: 朔羅
4/5

結局、彼女には終電まで付き合わされてしまった。

それなりの覚悟はあったのだが、まさか本当にそんな時間までとは思っていなかった。

「…ただいま。」

そっと玄関の扉を開け、小さく帰宅を知らせる。

「お帰り。今日は遅かったのね。」

その声にびくっと肩を震わせる琉音。

「…お母さん。起きてたの。」

初音は思いの外怒っている様子も無く、普段と変わらない笑顔で出迎えてくれた。そのことにほっと胸を撫で下ろす。

「いつも起きてるわよ?ところでご飯は?」

「あ。ごめんなさい。食べてきたの。」

「いいのよ。ただ、次からは連絡入れてね。」

早く寝るのよと、声を掛けてリビングへと戻っていく初音の後姿に少しだけ、寂しさが見え隠れする。

琉音の心の中は落ち着かない気持ちでいっぱいになった。

なんだか、悪い事をして怒られる前に子供の様に…後ろめたさでいっぱいだった。

それでも母の優しさを感じずにはいられない。複雑だった。




深い深い眠りに落ちる。

こんな時は決まって、あの人に逢う。

それがどこなのか、誰なのか、現実にある世界なのか、自分が作り出した空想でしかないのか…

いつも分からなくなる。

でも、それでも、私はあの人に逢う事がこんなにも嬉しくて仕方ない。

どうしてかは分からない。

気付くとふわふわとした柔らかい感情が胸に広がっていて、私の頬が高揚しているのを触らなくとも感じる。

こんなにも思って止まない人。けれど、あの人が一体誰なのかも、どんな顔をしているのかも知らない。

肌の温もりや、息遣い、肌の匂い、手の大きさや身長、まるで何も分からないまま。

しかも、小さいころから見ている夢なのに、彼は年を取らない。そこはやはり夢の中だからなのか、空想だからなのか。

私自身の年齢もこの中では曖昧になる。

幼女のままなのか、先人した今の姿なのか、はたまた老女となっているのか…

分からない。でもそんなことはどうでもいいことだった。

ただ私はあの人の元に行ければそれでいい。

あの人の所まで行く事しかもう考えられない。

はやる心とは裏腹に、足取りは重い。

しっとりとした草花達が足にまとわりついてなんだか思うように進むことができない。

それでもゆっくりでもいい。

歩いていればきっとあの人の所へ………







けたたましいアラームの音。

それを止める自分の手。本当の手。現実世界はこんなにも悠然とそこにあって、私を失望させる。

また、あの夢を見た。

今日もまた、あの人の所まで辿り着けなかった。

寝起きの頭で、ぼうっと考える。いつか、辿り着けるのだろうか。

そんなことを考えていると、階下から初音の呼ぶ声が聞こえてきた。その声にはっと我に返る。時計を確かめると、6時を少しだけ過ぎていた。

「…おはよう。お母さん。」

「おはよう。珍しいのね。目覚ましだけで起きるなんて。」

いそいそと弁当の準備をしながら、初音はキッチンを行ったり来たりしている。

今日は少し寝坊気味のようだ。初音にもそういう日がたまにはあるのだろう。

「…あれ、お弁当…」

「ごめんね。琉音の分間に合いそうもないの。だからお父さんのだけにしちゃった。」

てへっと年甲斐も無く舌を出す初音は、若く見える。中でも童顔な方だが、こういった仕草が余計に彼女を幼くさせる。

その表情からすべてを悟った。

「分かった。今日は…どっか食べに行くよ。」

苦笑い気味に母がそうしてくださいなと言いながら再び背を向ける。…きっとこれも母の愛情というやつだ。切り出せない自分に代わって初音がいつも先回りしてくれる。いつ言おうかと考えている間に初音には伝わっている。不思議なようでいて、当たり前な光景。きっと明日以降も初音は寝坊するのだろう。






いつもの電車、いつもの座席、いつもの時間。

でも、今日はいつもあったはずの鞄の重みが無い。昨日とは少し変わった今日。なにかまた起こるのだろうか。昨日とは違う何かが。こうやって日々少しずつ変化していくのだろうか。変化はいつしか習慣になり、また慣習へと変貌を遂げる。そんな風にして、変わらない人生をずっと歩いて行くのだろうか。


今日の昼、どうするか。


琉音は少しだけ昼への懸念を考える。会社内は同僚や先輩、上司でごった返していて、ゆっくりと出来る空間では無いし、今更入り込めそうもない。かといって、自分の為だけに外食というのも気が引ける。結局コンビニという手段を選びそうだと、一人苦笑を漏らした。

満員電車変わらず、様々な人たちを乗せて今日も走る。毎日同じ風景の中、変わらない物は確かにそこにあるのだとまるで諭すかのように。


ああ…今日はとても天気がいい。


青い空に広がる入道雲。電車の窓から飛び飛びに見える、外の世界を見ながらなんだか心にふわふわとした感情を抱いた。


あれ。今って現実だよね?


普段ならば感じないこの感覚。満員電車に揺られながら、一瞬足元を掬われたような感覚になる。


お昼はあそこに行ってみようか。





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