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夢の合間に  作者: 朔羅
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朝の通勤ラッシュも学生時代から同じ電車を使用している為に、慣れたものだった。同じ時間時同じ車両にいつも乗る。どのくらいの時間に乗れば座席に座れるか完璧に把握しているほどだ。勤務地も実家から離れすぎないところで、毎日の生活には支障が出なかった。琉音の生活は平穏そのもの。周りと足並みを揃え、特に外れることも無い。そんな日々に特段不満を感じたことも無かった。こんなものかと少し残念な気持ちがしていたのは事実だが、現実を悲観することも無かった。ただ、何かがどこかで変わるような期待を少しだけしていたのは事実だ。

 最近の若者は、将来に夢を見る傾向が強い。ピーターパン症候群という病気が知れ渡り、少しでも夢を見ている者は、若いからだとか世間を知らないからだとか言われたりする。だが、夢を見る気持ちを忘れてしまっては、仕事にやる気が持てないだとか矛盾したことも言われてしまう。世間の常識とは、人それぞれの価値観が多く行き交い、どの情報が自分にとって一番有利か取捨選択していくことが常。つまり、これが正しいと言うような絶対的なものはどこにも存在していない。しかし、人はずれる事が何よりも非常識であるという事には、全てに共通していえる事。出る杭は打たれる。昔からあることわざ通り、何も変わっていない。その中でも個性を活かしきった人間が称えられる。


ま、自分には関係ない事か。


「おはよう。飛鳥さん。」

駅から数分歩いた会社近くの交差点で、同僚の飯島春香≪イイジマ ハルカ≫に話しかけられた。

「飯島さん、おはようございます。」

ぺこりと頭を下げる。この人少し苦手なんだよな。

「いつもこの時間に出社してるの?早いのね。」

にこりと微笑む姿は、同じ課の男性社員から羨望の眼差しを向けられるだけの事はある。朝から爽やか過ぎるその姿は、私にはとても輝いて見えた。

「ええ、まあ。通勤ラッシュを少しでも軽減させたいので…」

「この路線、とてもじゃないけど朝のラッシュ酷いものね。私はいつも2本後の電車で通勤してるけど、毎日大変。」

「そうですか。今日はどうしてこの時間に?」

「今日の会議で使うスライドをUSB事会社に忘れてしまって、完成してないの。あと少しで完成だから持ち帰ってやろうと思ってたんだけど…」

ぺろっと舌を出して照れ笑いしている姿が様になる。少しも厭らしさがない。不思議な人だ。

「それは大変ですね。」

「でも早く来てみてとっても得した気分。飛鳥さんともこうしてお話出来たし。嬉しいわ。前々からお話してみたかったの。」

「はあ…」

「同期なのに一度もお話したことなかったでしょう?だから、どんな人か興味あったの。」

「…えっと、ありがとうございます。」

こんな笑顔、自分には一生無理な気がするなと、明後日の方向に考えがワープする。無理もない。こんなに素敵を絵に描いたような女性と、真逆の自分が話しながら出勤しているのだから。平平凡凡を絵に描いたような自分とでは、とても釣り合わない組み合わせだ。

「そうだ。今日一緒にランチしない?近くにとっても美味しいパスタ屋さん見つけたの。」

「…折角ですが、お弁当なのでまた今度誘って頂けますか?」

「そうなの?残念ね。約束よ」

冗談じゃない。通勤だけでもこんなに冷や汗をかいているのに、その上昼間で一緒なんて耐えられる訳が無い。

最大限相手に失礼の無いよう断りを入れて、オフィスの自席に着く。彼女は同期の中でも特に優秀で、プレゼンなども誰よりも早くチャンスを貰い、それを自分の力に変えていった。まるで真似できないような芸当だ。それに比べ、琉音と言えば事務雑用ばかりを任されていた。コピー取りやお茶くみのような仕事は仕事ではなく、本来やる必要も無い事だったが、頼まれると断れない性格の琉音は先輩社員から格好の餌食となっていた。

 諸々の事情から給湯室は琉音にとって安息の地と化していた。そこに、琉音の平穏を乱す者が再び登場した。

「飛鳥さん。最近ここによくいない?」

「…飯島さん。今朝はどうも。」

「お茶くみなんか断ってしまえばいいのに…ガツンと言わないと。」

「これくらいしか出来なので良いんですよ。」

苦笑いがこんなにも似合うのは自分位だろう…。

「飛鳥君、飯島君。おはよう」

「原島先輩」

気障な感じで登場したのは、同じ課の原島卓也≪ハラシマ タクヤ≫だ。

「飛鳥君は今日もお茶くみかい?」

馬鹿にした顔…。むかつく。

「そんな言い方酷いですよ。原島さん。」

「飯島君は同期思いなんだね。僕は、君のような優しい女性の淹れた熱いコーヒーが是非飲みたいな。」

女性を口説くなら別の場所でやってほしい。

「ご自分でどうぞ。行きましょ、飛鳥さん。」

「…え。」

飯島に腕を引っ張られるように給湯室を後にする。視界の端で大袈裟に肩を竦める原島の姿がちらついた。彼にはなんのダメージも無い様だ。

「私、原島先輩って苦手なの。いつも人を小馬鹿にした態度で、おちょくってるんだもの。他にやる事たくさんあるのに…。」

この人でもこんな風に思う事あるんだ。

「まあ、それがキャラで成立してるならいいんじゃないですか。深く絡まなければ害は無いですよ。」

どっちつかずな返答。どちらの味方にも敵にもならない言い方。世渡りとはきっとこういうことだろう。

「そうかしら」

腑に落ちないと言うような表情を浮かべた彼女だったが、またといって持ち場に戻って行った。あまり引き留められず、琉音はほっとした。


昼休みは、会社の外に行こう。


人付き合いが得意とは言えない琉音は、学生時代から友人は少ない方だった。クラス内でも会話を交わすのは1人か2人程。それは社会に出ても変わらなかった。入社してからの一番の悩みは、昼休憩をどこでとるか。社員食堂は常に賑わっていてとても入る気にはなれず、社内のカフェも人で溢れ返っている為休息なんて取れそうにもなかった。ましてや母の作った弁当持参の自分には元より入り辛い以外の何物でも無かった。暫くの間は、自席で頂いていたのだが食堂もカフェも行かない自分が目立つらしく、段々と周りの視線が痛くなってきていた。思えば入社以来、会社近くを歩き回る事も無く、ただただ家と会社を往復している毎日だった為、散歩がてら出歩くのも悪くないと思った。

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